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設計図を埋める。
夜桜
自分は、何でも理解しようとする癖がある。
理解できない、理解する必要のない事まで理解しようと努力してしまう。
例えば、友達から「お前嫌い」と言われたとしよう、
多くの人間は、悲しんだり、怒ったりするだろう。
自分は違う。
何故そうしたのか。目的は何か。
そう考えることが先に来る。
おそらく、自分の頭の中には、人間を理解するための設計図があるのだろう。
人と接するたびに、その設計図は書き足されていく。
もし、ロボットの説明で「ここはまだ分かっていません」と書いてあったら不安になるだろう。
自分にとって、理解できない物事や、人は、これとよく似ている。
設計図の空欄を埋めたい。
理由を書き込みたい。
その思いが、私を理解へと進ませる。
考えてみると、私の思考はある一種の性善説なのかもしれない。
人間は皆論理に基づいていて、
その人の中で確固たる考え方がある。
そう心から信じている。
だから、理由を求め、設計図を埋めるのだ。
ただ、この考え方はデメリットばかりではない。
哲学、数学などの学問。
そこでは粘り強く考えることが求められる。
分からない問題を丸一日ほっといたら分かるようになる。
なんて魔法はない訳で。
そこだと、私の諦めない癖や、理由を求める癖が生かされる。
実際、哲学は好きだ。
理由を追い求めるのを責められないから。
と、ここまで色々書いてきたが。
結局のところ、そういう考え方が今の自分を作っている。
無理に変えようとするのは違う。
だから、いい妥協点が見つかると良いのだが。
私はずっと追い続ける
何かの理由を。
何かの意味を。