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ウマ娘〜オンリーワン〜 14R
14R「たくさんの涙の上にあたしは」
マロン「―――いただきます……」
手を合わせ、箸を取ってハンバーグ定食を頬張る。
しかし、味はしない。
あのときから、あたしはずっとアスターちゃんのことばかり考えていた。
授業も上の空だった。
アスターちゃんのことばかり見つめていた。
どうして………?
何でアスターちゃんは秋華賞に出走しないの……??
考えれば考えるほど、ハンバーグの味は消えていく。
―――すると、
「―――前、いい?」
あたしは、顔を見上げる。黒髪のショートヘアー―――アスターちゃんだ。
あたしは口の中のハンバーグを、一気に飲み込んだ。
マロン「……あっ、うんいいよ……!」
アスター「……どうも。」
そう言いながら控えめなお辞儀をしたアスターちゃんは、あたしの目の前の席に座り、黙ったまま鯖の味噌煮定食を食べる。
幸か不幸か、タイミングが良いのか悪いのか………
このままモヤモヤするのも嫌だったので、あたしは思いきって聞くことにする。
マロン「……あのぅ、アスターちゃん。一つ聞いても良い?」
アスター「……何?」
アスターちゃんは、あたしに見向きもせず、鯖の味噌煮を食べながらそう話す。
マロン「あの、アスターちゃんって、秋華賞出走しないの?」
アスター「……そうだけど。」
再び、あたしは地の底に叩きつけられたような感じがした。
信じたくなかった。でも、本人が言うなら信じるしかない。
マロン「……何で、出走しないの?」
アスター「出走しようがしないが勝手でしょ。」
アスターちゃんに、勢い良く突き返される。
でも、あたしはそれでも怯まない。その理由を知りたかった。
マロン「ご、ごめん。でも、もし言えたら、教えて欲しいなー………」
恐る恐る、そう言ってみる。
ハァ、とアスターちゃんは軽くため息をこぼし、渋々とあたしに話しはじめた。
アスター「……新しい目標が出来たの。中距離でも最強になるって。」
マロン「……中距離?」
アスター「私は、正直マイルだけ最強になれればいいと思っていた。……だけど、オークスで負けたことが思ったよりも悔しかった。だから、決めたの。マイルはもちろん、中距離でも最強になって見せるって。そして、シニア級のウマ娘たちと勝負して、さらにそこで最強を示したい。だから、私は秋華賞に出走しない。」
マロン「……そうだったんだ…」
やっぱり、アスターちゃんはすごいな。
いつもあたしの数歩先を走っている。
もう、アスターちゃんには追い付けないのかな。
だって、まるで|格《せかい》が違うから………
アスター「……次走は、毎日王冠。そして目指すは秋の天皇賞。どこで走っても、私は最強になってみせる。」
そんなアスターちゃんの言葉には、覚悟も感じられた。
アスター「……ごちそうさま。」
いつの間に食べ終わったのか、アスターちゃんは手を合わせ、席を立つ。
あたしにくるりと背を向け、立ち去ろうとする。
すると、その去り際―――――
アスター「………この間のローズステークス、凄かった。秋華賞、頑張って。」
そう言い残し、アスターさんはあたしの前から姿を消した。
アスターちゃんが、あたしのレースを………
あたしは、嬉しすぎてたまらなかった。
あたしは、3分の2ほど残ったハンバーグ定食を再び食べはじめる。
ハンバーグ定食は、すっかり冷めきっていたが、今のあたしには、しっかりとデミグラスソースに肉汁がしみ込んだ美味しい味を感じた。
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「《―――今週末は、秋華賞。桜花賞ウマ娘のアスターウールーはまさかの天皇賞(秋)へ。本命不在の中、制するのはどのウマ娘なのか。注目は、秋華賞トライアルのローズステークスの勝者・マロンホワイト。桜花賞では2着、オークスでは3着。3度目の正直となるか。そして、オークスを人気薄ながら勝利した伏兵・マッシュリターンも人気の1人です。その他には、桜花賞3着の、ラウンズレイナ、そしてクイーンステークスでシニア級ウマ娘を相手に見事勝利した期待の新星・アヴァンティも注目です。待ちきれないですね!続いては……》」
「ブチッ」
リモコンのボタンを押し、テレビの電源を消す。
アタシは何をやっても注目されないのだろうか。
重賞であるフラワーカップを勝ってもオークスでは10番人気。
そのオークスで頑張って2着に食い込み、その後に秋華賞トライアル・|紫苑《しおん》ステークスでは、1番人気で1着になれた。
なのに、なのに、アタシは注目もされてない……??
勝たなきゃいけないレースなのに、調子も万全なのに………
このままじゃ、お袋も不安になっちまう……
昔から、アタシの家系はとあるレースになかなか勝てなかった。
そう、それが秋華賞だ。
アタシのお袋は2着。祖母は3着。
秋華賞の前に、みんな敗れてきた。
だから、アタシで終わらせるんだ。
一族の無念は、アタシが晴らして見せる……!!
……なのに、こんなんじゃ駄目だ。
アタシを応援してくれているお袋を不安な気持ちにさせたくない。
だから、トライアルも勝って、秋華賞では期待の1番人気――――になりたかった。
だが、思わぬ刺客がいた。
同期のマロンホワイト。
かなり手強い。アタシと同じく重賞2勝。
しかし、GIでは全て2着か3着。
ましてやデビュー以来ずっと3着以内だ。
かなり手強くなる。
だが、心配しないでくれ。お袋。
絶対、勝ってみせるから。
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「タッタッタ………」
桂「ゴール!順調だね、マロン。」
走り終えたあたしは、トレーナーさんの元に駆け寄る。
マロン「はい!アスターちゃんもいないし、こんなチャンスないと思うから、秋華賞はマロンちゃんにとってチャンスだと思うんで!」
桂「あのメンバーの中で1番実力があるのは、マロン。あなたよ。マロンならきっと大丈夫!あたしも最後まで精一杯サポートするわ!」
マロン「はい!えへへ〜心強いな〜♪」
桂「……あ、そうだ!確か、枠順発表が今日だったのよ。今から、見ない?」
マロン「はい!」
桂「オッケー!……えーと、そうだ。確かタブレットトレーナー室に置きっぱなしなんだよなー……そうだ、一緒に行く?」
マロン「はい!」
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桂「ここ、ここ!」
あたしたちはトレーナー室の前まで来た。
トレーナーさんが扉を開ける。
マロン「失礼しまーす……」
中に入ると、結構広く、デスクが無数に並んでいた。
数人、自分の席に座ってレース新聞を読んでいるトレーナーさんや、なにやら本を読みながら熱心に書き込んでいるトレーナーさんがいたりと、各々の時間を過ごしていた。
しかし、今は大体のウマ娘がトレーニングをしているような時間なので、ほとんどの席は空席だった。
そして、トレーナーさんの席に案内される。
トレーナーさんは自分のタブレットを取り出し、テキパキと枠順のページを開く。
桂「……えーっと…これだ!……おっ、マロンはー、12番!……えっ!マロン!1番人気だよ!」
マロン「えっ!本当ですか!」
桂「うん。ほら!」
トレーナーさんは、あたしにタブレットを見せた。
マロン「すごい……こんなに強い人ばかりなのにあたしが1番人気……」
桂「当然よ!だって、マロン頑張ってるもの!よし、人気に応えられるように頑張らなきゃね!」
「すごいですねー!1番人気なんて。」
近くの席に座っていたトレーナーさんが、立ち上がって喜んでいるあたしたちに声を掛ける。
やや年配の優しい顔つきをした男の人だ。
トレーナーさん「秋華賞ですよね?すごいです。私のチームのウマ娘にも、今年の秋華賞出走する予定の子がいたんですが……やはり壁は大きくて、実力の関係で出走できなくなってしまったんですよ。18人は多いと思うかもしれませんが、出走したくても出走できない悔しい思いをした子がもっとたくさんいます。しかし、お嬢さんはその選ばれた18人の中で1番期待されているし、強い。その強さを誇ってくださいね。」
桂「ジョーさん。ありがとうございます!ジョーさんも、来週は富士ステークスですよね?頑張ってください!」
トレーナーさん「はい。どうもありがとうございます。……頑張ってくださいね。応援してますよ!――――」
〈秋華賞当日・京都レース場〉
「キュッ」
桂「――よしっ、これで完璧!」
トレーナーさんが、あたしの勝負服のリボンを結ぶ。
GIレースのときはいつもそうだ。
桂「いよいよ最後だねぇ……まあ、第一は怪我なく楽しむこと!いいね?」
マロン「はい。あたし、今度こそ勝ちます!」
桂「うん。マロンなら絶対、ぜぇーったい、勝てる!」
マロン「よしっ、それじゃあ、行ってきまーす♪」
「バタン」
控室の扉を閉め、あたしは地下道へと向かった。
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地下道を歩いている途中、目の前に見覚えのある人がいた。
マロン「―――あっ……!!ガーネット!」
あたしは、大きな声でそう呼んだ。すると、ガーネットも振り向き、
ガーネット「おう、マロン。」
そう言った。
マロン「レース、お互い頑張ろうね!」
ガーネット「ああ。」
マロン「マロンちゃん、ずっとアスターちゃんに勝ちたいって思ってたんだけど……今回いないからな〜でも、マロンちゃん1番人気だから、今度こそ勝ちたい!お互い、頑張ろーね♪」
そう言って、あたしはガーネットの前に拳を突き出した。
しかし、
ガーネット「……ああ、そうだな。…お互い、頑張ろうな。……それじゃあ、アタシ先に行ってるから。」
ガーネットは、あたしの突き出した拳に一切反応することなく、スタスタと先に行ってしまった。
マロン(……どうしたんだろう…)
でも、こんなところで考えてちゃ駄目だ。レースに集中しないと。
あたしはすぐに気持ちを切り替えて、地下道をさらに進んだ。
実況「―――さあ、ついにこの日がやって参りました。ティアラ三冠最終レース・秋華賞。やはり、人気のウマ娘は、12番・マロンホワイト。桜花賞では2着、オークスでは3着と春のティアラ戦線で実力を発揮しております。さらに、前走の秋華賞トライアル・ローズステークスでは、見事一番人気に応え、勝利。三度目の正直となるか。
続いて2番人気です。4番・アヴァンティ。前走のクイーンステークスでは、シニア級ウマ娘を交えて見事勝利。勢いを増しております。
続く三番人気は、18番・ラウンズレイナ。桜花賞3着、そしてオークスでは4着と堅実な走りを見せています。今回は大外枠だが、実力を発揮できるのか。
そして4番人気です。9番・マッシュリターン。7番人気ながらオークスを制した伏兵です。
5番人気は、7番・ガーネットクイン。オークスでは10番人気ながら2着。前走の紫苑ステークスでは1番人気で見事1着。重賞2勝目を上げました。
桜の女王・アスターウールーはまさかの天皇賞(秋)へ。女王不在の中、いったいどのウマ娘が制するのか。最後に、大外枠のラウンズレイナがゲートにおさまりますと………体制が整いました。秋の女王は誰だ、秋華賞――――」
「ガシャン!」
実況「スタートしました!先行争い、14番のイヤーズメモリーが制しました。ぐんぐん伸び、単独トップに立ちます。夏は地方のダート重賞を勝利。芝でも実績は出せるか。」
あたしは、集団の前の方に位置を取った。
これで、もうティアラ戦線を走ることもなくなるのか。
そう思うと、少し寂しかった。それと同時に、絶対に勝たなければいけないんだという使命感も芽生えた。
あたしは選ばれた18人のウマ娘の中の1人。
そして、あたしは1番人気。
あのトレーナーさんも言ったように、|秋華賞《ここ》に出走したくてもできなくて涙を流したウマ娘がたくさんいる。
だから、あたしは今この場で走っているだけでもすごいんだ、多分。
だけど、あたしはもっと上を極めたい。
たくさんの涙や悔しさの上に、あたしは立っているんだ。
だから、その舞台にたった以上、あたしは勝つしかない。
主役は、今度こそ|あたし《マロンホワイト》なんだ――――!!
-To next 15R-