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距離のかたち
2025/08/17
なんでも話せる仲と、会話は少ないけれど一緒にいると居心地が良い仲、どちらが理想の友人関係なんだろうか。人間関係に優劣をつけるなんて不毛なことだとわかっているけれど、私は最近、どうもそんな考えが頭にへばりついて離れないのだ。
前を歩く絢香の背中に視線をやる。朝の冷たい空気は透き通っているけれど、その背中はやけに遠くにあるように見えた。
空が青い。鮮やかな青ではない。水色とも違う。少しくすんだ、薄い色。青と水色の中間の色。絢香が、空が綺麗だと言った。彼女は最近、違う。はつらつだったのが、少し落ち着いた雰囲気になった。生きているのだから変化するのは当たり前だが、幼稚園の頃からずっと一緒の幼馴染が、私を置いて変わっていくことということに違和感を覚えるのだ。ずっと同じように成長してきたけど、もう中学生だし、これからは別々ね。突然、そう突き放されたように感じてしまう。
「どうしたの?」数メートル前を歩いていたはずの絢香が、いつの間にか私の顔を覗き込んでいた。不思議そうな顔で私の瞳をまっすぐに見つめてくる。私はどうやら立ち止まって考え込んでしまっていたらしい。「いや、なんでもない。」私がそう答える時には、絢香は再び歩き出していた。
学校について、靴を履き替え、階段をのぼる。絢香が軽やかに歩くたびに、彼女の低い位置で結ばれた髪の毛が揺れる。それを眺めながらガヤガヤと騒がしい教室に入る。空気が少し暖かくなったように感じる。私の席は綾香の後ろだ。「日向さん、おはよー。」絢香が隣の席、つまりは私から見て斜め右の席に座っている、クラスメイトの山口日向に挨拶をする。
山口日向はあまり喋らない小柄な女子生徒である。長い前髪が目を隠しているのもあって表情が読み取れず、私は少し苦手だった。しかし絢香はどうしてかそんな山口日向に構っている。聞けば、所属している部活が同じらしい。単純に席が隣で話す回数が増えたというのもあるだろう。最近はよく2人で帰っていると言うので、絢香の雰囲気が変わったのは山口日向の影響なのかもしれない。
重く、低く、心臓に響くようなチャイムが校舎に響いた。それと同時に担任が教室に入ってきた。
お昼休み、絢香と昼食を食べようと彼女の姿を探したが見つからなかった。最近、こういうことがたまにある。山口日向の席に視線をやった。誰も座っていなかった。
絢香の姿が見えない時はいつも、山口日向もいなくなる。それらが意味することを、私は心のどこかで理解していた。理解したくなかった。
私は自分の席に座り、1人でお弁当を食べた。絢香のいない昼食は静かで、おかずの味がいつもより薄い気がした。
お昼休みが終わる5分ほど前に、絢香と山口日向が帰ってきた。絢香は私を見ると僅かに顔をこわばらせた。「ごめん、今日は他の子と食べるって言おうとしたんだけど、いなかったから。」多分、私がお手洗いに行っている間の話だろう。気まずそうに視線を左下に沈ませる絢香に、私は言った。「別にいいよ。」思ったよりそっけない口調になっていた。
山口日向が私のことを数秒だけ見つめていた。目が合うと、ふいと逸らされた。その表情からはやはり感情が読み取れなかった。
放課後、部活を終えた私は1人で帰路についていた。空が赤い。オレンジ色の夕日がよく映える、濃い赤。綺麗だと思いながら歩いていると、ぎーこ、ぎーこという錆びついた音が聞こえた。顔をあげた。公園が目に入った。誰かがブランコを漕いでいるのだろうとさほど気にしないまま、公園の横を通り過ぎようとした。けれども、そのまま通り過ぎることはできなかった。
ブランコに座っていたのは絢香と山口日向だった。2人の口はつぐまれていたけれど、その雰囲気は堅苦しくなくて、むしろどこか暖かい。絢香が足は地につけたまま、ブランコを軽く揺らした。錆びついた音。山口日向の口がかすかに動いて、絢香が首を縦に動かす。何を話しているのか、ここからは聞こえない。でも、なんだかとても、いいな、と思った。
私は2人には声をかけず、静かにその場を後にした。
その日から、私は絢香と少しだけ距離を置いた。と言っても、登校も昼食も一緒。時々、今日は1人で学校に行きたいとか、別の誰かと昼食を食べたいとか、そういう時はそうするだけだ。
私は絢香以外の友達を作って、絢香とはまた違う距離感、空気感を知った。
なんでも話せる仲と、会話は少ないけれど一緒にいると居心地が良い仲、どちらが理想か。私はようやく、その問いの答えを見つけた気がした。
終わり方のコレジャナイ感。
全体的に説明的すぎる。
テーマは良かった。私がダメだった。