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花びら、三枚目。
「…桜月、あれが日の出ずる国の都、まほろばだよ」
月読命王がふんわりと微笑みながら、道の先を手で示した。
「…っうゎあ...、!!」
思わず感嘆が声に出ていた。
そしてそれは三人の幼馴染も同じ様で__
「すっげー…!!」
あの未明が...言葉を失ってる…。
馬の上で呆然とする未明に、思わず小さく笑い声が漏れる。
「流石都...桜月、人多そうだから迷子にならないように!」
馬に乗る私の手をぎゅうと握りながら、同じく隣で馬に乗っている月狛。
バランス能力高いなぁ…。
「じゃあ...あの中央の大きい建物が…」
じっと冷静に大きな建物を見つめる琥珀。
鋭い様なその目線の意味は…測れない、気がした。
「そう、あれが私達の棲む場所だよ」
優しく穏やかに月読命王は呟く。
この世を支配する双子の御子の棲む場所で、私達が生活を送るなんて…誰が想像しただろう?
「…とりあえず、采女の生活場とその他の人々の場所は離れているから、それぞれをまずは案内するよ」
一度幼馴染三人とはここでお別れ。
既に三人の住居も用意されていると言われて、その行動の速さに驚く。
「…じゃあ、また後でね、桜月」
「じゃあなー!」
「頑張れよ、お勤め」
「うん!また後でね!皆も頑張って...!」
三人に手を振って振り返ると、じっとこちらを見る月読命王。
「ど、っどうかされましたか、!」
「いいや、素直で可愛らしいなぁと」
突然の言葉にシャットダウンする頭。
脳みそも体もフリーズする。
「ふふ、まぁとりあえず自室の案内とその他の采女の棟の場所を教えてもらっておいで」
彼女に、と指差した方を見ると、いつの間にそこに居たのか、一人の同い年、位の女の子が膝をついていた。
「え、っこ、この方は...?」
「桜月、君の傍使いだよ...身の回りの世話を任せられる人だ」
自己紹介をと言われて口を開くその女の子。
「僕は霧坂 朱莉__15歳です。これから身の回りの世話をさせていただきます」
ぺこり、ともう一度深く頭を下げる彼女に、思わず私が慌てて口を開いた。
「ゎ、お、同じ年だし敬語もなしでっ…よかったら仲良くしてください!」
ぽかん、とこちらを見る彼女に、何かやってしまったかと焦る。
もしかして、側使いの方とはそんな馴れ馴れしくしちゃ駄目かな…
もう一度考え直してみて焦って、ちらりと月読命王の方を見た。
「やっぱり面白いね、傍使いとそんな風に接する采女なんて初めて見たよ…皆、奴隷か召使いのように指図するのに__まぁそれが普通だから」
「へっ!?」
フリーズしかけた体をなんとか叩き起こす。
と、取り敢えず自己紹介しなきゃ...
「え、っえっと、名前…はもう知ってるかな…、!同じ15歳で好きな物は甘い物です!」
「甘い物いいよねぇ…」
ほっこりとそう返してくれて、思わず目を輝かせる。
「だよねだよねっ!!甘い物いいよね…」
やったぁ、意気投合。
仲良くなれてよかった…。
余所余所しい傍使いの方よりも、こうやってのほほんと雑談できるような関係の方が好きだし。
「それじゃあ...部屋を案内していくね」
「御願いします!」
ちなみに月読命王は仕事があるからと自室に戻られた。
ぜえ、はあ。
「ひ、広い...」
「大丈夫…?」
心配してくれる朱莉ちゃんに頷いて笑みを返す。
この建物、こんなに広いとは思わなかった。
途中ですれ違う数人の采女の人々は、誰も彼も煌びやかで、けれど少し刺々しく感じられた。
まぁ、仕方ないのかな…
ここの人々は良い生まれだったり身分が高かったりする人ばかり。
私のような地方の娘は、ましてや生まれが闇の人なんていない。
「やっぱり桜月ちゃん大丈夫!?」
フリーズしてる!とゆさゆさと揺らされてハッと意識を現実に戻す。
「う、うん、大丈夫だと思う!」
にしても私の部屋も広い。
こんなに一人一人の部屋も広いんだ。
今日はまほろばに着いて、数人の采女の人々と出会って、自室を少し自分の好きな調べにして、
___そして、素敵な側仕えの方と...友達になれた。
この日はこれで終わり。
真っ暗な外を見ながら、今まで触れた事も寝た事も勿論ない様な、ふわふわで肌触りの良い寝具で横になった。
「…寂しくて寝れない」
結局未明達と会えたのはあれが最後だったし…
「……隣にお母さんもお父さんもいない」
すると、ふわりと私の仰向けのお腹に、優しく置かれた手。
「寝れるまで、隣にいてあげるよ」
穏やかに、静かに微笑んでそう言ったのは朱莉ちゃん。
「ありがとう、...」
その優しい手の温もりを感じながら、この場所で初めて、眠りについた。
---
「桜月ちゃんっ!起きなきゃ、総司様に怒られちゃう…」
「ふゎぁ、、っおはよう、朱莉ちゃ__」
「早く!朝ごはんも食べ損ねちゃうからっ」
...問答無用で叩き起こされた。
衣装箪笥の中にある衣服に着替えながら、ふと気になって尋ねた。
「総司様って?」
「采女のまとめ役、みたいなもので…すっごく怖い」
成程、それは急ごう。
昨日教えてもらった道をもう一度教えてもらいながら、食堂へ向かった。
見ると、中には一人一人の名札と、お盆に乗せられた食事と、台が個々用意されていた。
...食事も豪華……
「頂きます、」
傍使いは傍使いで食事を取る部屋ややることもあるらしく、朱莉ちゃんは下がっていった。
...一人は心細いけれど、黙々と食事を続けるうちに気付いた。
......皆、どうして全然食事に手を付けていないのだろう。
つついているだけのもの、つついてすらいないもの。
真面に食事をしている人は一人も見当たらない。
だからそんなに皆細いんだ…不健康なくらいに。
思い返してみれば、皆美しくて華やかで、綺麗ではあるけれど…
村の人々のような明るさも、溌溂さも、真っ直ぐさもない。
不審に思いながらも、食事をする手は止めなかった。
今までで一番いい食事を食べている筈で、確かにとても美味しかったけれど、
何故か私には合わなくて。村で皆で食べた食事が、どうにも懐かしいと思ってしまうのだった。
「…ねぇ、何あの子…見ない顔ね」
「あら、新入りじゃない?田舎者は珍しいってだけよ」
「ふふ、物珍しいからなんて…流石田舎の娘ね、にしてもお誘いを馬鹿正直にお受けするなんて…」
「丁重にお断りするのが礼儀ってものなのにねぇ」
「ま、所詮は田舎者よ。物珍しがられている内が華だわ」
くすくすと、私の方を見ながら笑う年上の采女達。
私、何か悪意を買うような事したっけ...してない。
だって昨日来て今日初めて顔を合わせて、ぐらいだし…。
結局ここでも人の悪意という物はあるのか。
身分差はたしかに仕方ないけれど。
どう反応したらいいか困って、食堂を出てすぐの廊下であるこの場所に、ぼうっと立っていた。
「…みなさま、随分とお楽しみのようですけれど」
数歩前で話していた采女が顔を上げた。
こちらにはっきり向き直って、その顔を少し驚きに染めた。
私も__背後から聞こえたその声に、思わず振り向く。
「新入りの子を苛めるほど自分に自信がないなら、自分磨きに専念してくださる?」
|素《しろ》色と香色の間くらいの__白茶色、だろうか。
そんな優しい色味の髪に、私と似た淡い青の瞳。
藤色の着物を着たその出で立ちは、とても堂々としていた。
そして、私の事を噂していた采女達は逃げ帰るように素早く去って行った。
すごい...。
「っあ、ありがとうございました、!」
慌ててその人の方に向き直ってお礼を言う。
するとにこ、と微笑んだ後彼女は口を開いた。
「私は水無瀬 莉薇。莉薇って呼んでくださる?」
「ゎ、私は桜月と申します…!流石に呼び捨ては恐れ多いので…莉薇、さん...で!」
「桜月、、いい名前ね」
にこっ、と笑いながらそう言う莉薇さん。
わぁ…綺麗…流石采女...。
って言うか此処の人みんな綺麗なの!
「あ、ありがとうございます!」
ぺこり、ともう一度頭を下げた後、それではまた、と別れて自室へ戻る。
「桜月ちゃんっ!」
「ゎ、っあ、朱莉ちゃん!?」
部屋に戻った途端に血相を変えて飛び出てきたから驚く。
「よかった…一人で出歩くのは危ないから極力控えてね、」
「う、っうん、分かった...でも、」
この宮中で、危ない事があるのか。そう聞こうとした時、遮るように朱莉ちゃんは口を開いた。
「僕は、…桜月ちゃんを守るのが大事だから」
まるで、何か起きるかのように、その出来事を見通すかのように、小さく呟いた。
「そ、っその、朱莉ちゃん...?」
「…うぅん!何でもない!そろそろ教養時間だから総司様の所に行かなきゃ、」
「そうなの…!?怖そう…」
曰く、動きや姿勢、発言から態度まで。
全てを采女として相応しい様に叩き込まれるらしい。
ひえぇ。
「…背筋が曲がっています」
「…みっともない。胸を張って歩きなさい」
「それは熊の四足歩行ですか?何をしているのか理解できないのなら帰ってちょうだい」
...前の人達がビシバシと叩かれている。
こえぇ...。
「…次。桜月さん」
言われるがままに真っ直ぐと歩く。
前の人達が犯したミスを繰り返さないように。
「…正しい歩き方が身についているようですが、少々荒いです。新入りにしては上々だけれど、それで調子に乗らない様に」
......あれ?
案外大丈夫だった。
その後も私は授業をさらりさらりと突破していった。
どうやら、いい所の生まれの周囲とは違い、昔から自分達もしっかり働いてきた私達は姿勢や歩き方もしっかりしているらしい。
まぁ”少々荒い”のもそのおかげだけれど。
っていうか調子に乗るって何!
私そんな事ないからな!!
「でも頭にお盆を乗せてまっすぐ歩くのがこんなにしんどいとは思わなかった」
「桜月ちゃん大丈夫!?」
ぐったりと寝台に倒れ込んでいる私は見事にこの軍事訓練に疲れ切っていた。
...もうこれ軍事訓練でいいって。しんどい。
そんな風に毎日が陰口と噂と莉薇さんの優しさと朱莉ちゃんの笑顔と、采女としての心構えを叩きこまれる日々。
その中、私は段々と食事の量が減っていった。
訳は分かっている。
窮屈なんだ。
雨を身に浴びたい。
そう思って外に出たら、とんでもないと叱られてしまった。
裸足で川に浸かって、水飛沫を上げながら走りたい。
走るなんてそんな、はしたない事してはいけないと言われてしまった。
最近分かった事がある。
この都の人々はみんな、輝の一族の人々はみんな、自然との関わりを深く持とうと思っていないんだ。
育った里の人々や、闇の氏族の人々とは違い、繋がりを殆ど断ち切って。
ただ一つの信仰対象は、双子の御子と、その生みの親である大御神...。
光の神。
それに反して闇の氏族は闇の女神を信仰する。
双子の御子を生んだ、国生みの神...。
「…水が恋しい」
小さくそう呟いた。
「桜月ちゃん...!」
「あれ、朱莉ちゃん、!」
たしか彼女は傍使いには傍使いの勉強があると言ってぱたぱたと忙しそうにしていた...さっきまで。
「そ、っその、!|天照媛王《アマテラスのみこと》が...桜月ちゃんの事、呼んでっ」
その名を聞いた時、体が凍り付いたと思った。
私、何かしてしまっただろうか。
双子の御子のうちの、姉御子に呼ばれてしまうなんて。
「っわかった、ありがとう…」
急いで部屋を出て、漸く覚えた道順で、その御方の部屋へと向かう。
「…お呼びになられた者が到着いたしました」
部屋の前の門番が、そう部屋の中に声を掛けた。
「…そうか、通せ」
厳しい、烈火のような存在感のある、はっきりとした女性の声。
弟君である月読命王の、どこか憂いのある深謀遠慮に満ちた声とは、全く逆のもの。
静かに開かれた扉に、前に足を進め、そして、部屋の中に入ったところで、地面に平伏した。
「お呼びになられたとのことで、参らせていただきました。桜月と申します」
「面を上げることを許可する。苗字はどうしたのだ?」
顔を上げ、その目を真っすぐと見つめながら答えた。
その美しい、太陽の燃えるような赤い瞳を。
「私は拾い子の生まれですので、苗字は存在しません」
まぁそもそも、今の世の中苗字を持つ人は多くはないけれど。
「…やはりな、どう思う、月読」
誰かに何か問いかけるような物言いに疑問を感じると、天照媛王の座る椅子の後ろの柱から、月読命王が静かに出てきた。
驚いたけれど、表情には出さずにじっと耐えた。
「どう思うも何も、私は気付いていましたよ、姉上__彼女は花の乙女です」
花の乙女。
何処かで聞いたことがあると思ったら、楽人の人々と初めて出会った時に言っていたのを思い出した。
「そこではない。彼女は闇の一族だろう!」
「それがどうかされましたか?」
ぴりぴりとした二方の空気に怯みそうになるも、何とか今の姿勢を保ち続ける。
「このまほろばで暮らすならば|変若《おち》も受けることができる、それに彼女は望んで闇の一族に生まれたのではありません。何なら光に夢さえ見て、憧れを抱いています」
少し久しぶりに聞いたその声も、その姿も、私を案じてくれているのが折々と伝わってきた。
真っ直ぐに、嬉しい。
ただ、それだった。
「…ふん、そなたは変わらないな__」
変若を受ける事によって不老不死を保っているという輝の人々。
天照媛王も、月読命王も、それは同じ。
それを私が受けられる、?
「采女。そなたがここに留まるのなら、闇の振る舞いをするような事は無いよう...精々変若まで生き延びて見せたらいい」
そう強い口調で言い、そしてそのまま口を閉じた。
もう私に対する言葉は終わりにするらしい。
ちらりと此方を見ると、そのまま振り返らずに部屋を出て行ってしまった。
「次花手水の中に飛び落ちてみろ、承知せぬぞ...木の枝に髪を引っ掛けて引っ張り上げてくれるわ」
そう、気がかりな一言を残して。
「…桜月、変若というのは知っているね?」
「はい、勿論......|月読命王《ツクヨミノミコト》、___...っ一月経ちました」
話を遮る事になるとは分かっていても、そう言わずにはいられなかった。
此処に来て、ひと月経って、何も変わらない。
変わらないどころか、自分の出過ぎた真似を恨むようにすらなっていた。
「私は…っ出過ぎた真似を致しました、。あのままただの村娘の儘、居ればよかったのです」
そうすれば、今私は自由に解き放たれて、雨に打たれながら走って、あの澄んだ川で友と仕事をしていたのだろうか。
そして私には気がかりがもう一つ。
「ずっと...皆に会えてない、月狛達は、っ!」
「采女は采女の宮から出る事を基本禁じられているからね…逆もしかり。采女の宮に入れるのは一部の人間だけなんだ」
なら、皆は何故私と一緒に来てしまったのだろう、。
私のせいで、故郷から離れてしまって。
「もう、...帰りたいです」
いままで、朱莉ちゃんと莉薇さんにしか、話せなかった。
同じ采女で莉薇さん以外の人は皆私を避けていた。
「…桜月。私の目を見てごらん」
「っ、はい、__。」
優しい体温に包まれたことに驚きつ、顔を上げた。
月読命王は、今日も綺麗な顔立ちで。
勿論天照媛王も、美しく太陽を人に模したような姿だった。
お二人は真逆の様です。
そう言いかけた言葉を飲み込んだ。
「…何故、それ程悲しそうな瞳をされるのですか」
「それが理由だよ」
言われたことを読み込めなかった。
「ほとんどの人々は私の目を真っすぐ見つめることは出来ないんだ。恐れ多いと、ね。だから、これがその印だよ___君に采女たる資格はあるという、その証拠がね」
どうして。
そんな顔をされたら、私は一瞬でその傍で支えたいと思ってしまう。
その憂いが、私にどうにかできる様な物ではないと分かっていても、尚。
...それでも。
やっぱり都はどこか、息苦しいと感じるようになっていた。
みんなは、無事なのだろうか。
元気かな。都で窮屈な思いはしていないかな。
気がかりばかりがどんどん増えて行って。
それでも、月読命王の部屋を出て行った私の傍で、優しく支えてくれるのは…。
朱莉ちゃんと、莉薇さん。
その二人、だけだった。
次回、今回初登場のお二人(参加者様)大活躍!?
そして今何が起きているか不明の方々、一気に判明していきます!
え、マジか!ってなるその顔が楽しみだ...(
...やっぱり文章量おかしい気がする。
あとこの物語構成にも意味あります!
あんまり台詞ないなぁってなったらごめんなさい!