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#6『episode Chris:彼女のためのマーチ』
この物語はフィクションです。また、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
--- 恐怖なんて微塵もなかったと言えば嘘になる ---
--- それでも、己の理想のために走り続けた ---
--- 鳴り止まない|行進曲《マーチ》に、背中を押されながら ---
---
ウィルダート家は、代々続く由緒正しき家系だと父が言った。私はそこの家に生まれた誉れ高い存在だと、母が言った。誰が言ったか知らぬが、私を幸福な娘だと宣った。
裕福な家庭に生まれ、容姿に恵まれ、魔法の才を持ち、地頭とて悪くはない。神から何物も賜ったような、恵まれた境遇だと幼い己でさえ自覚するほど。
そんな境遇に生まれれば必ず幸福であるのか?と問われれば、大抵の人間は頷き羨む。
「恵まれた子」「神童」「文武両道」「神に愛された少女」陳腐な称号は飽きるほど肩へとのし掛かり、いつしか私を表すものへと変貌していく。それが酷く憎たらしかった。
幼い頃から、ずっと虚しい日々を送るだけだ。何も心踊らず、全てがつまらない。下らないことをのたまう両親に失望したのは、齢6つの時だった。
きらびやかな服も、美しい宝石も、全てが私にとっては無価値なもので。そうしてあらゆる物に無関心を貫いていれば、いつしか両親も、兄達も、皆私を「不気味だ」「人形のようだ」と罵るようになっていく。
家が嫌いになったのは、食事に毒を盛られてから。茶会の時間に出されたキャロットクッキーは悪意の塊だったものだから、それ以来私はキャロットクッキーが食べられない。キャロットクッキーが、茶会において頻繁に出される顔ぶれでないことだけが救いだ。
毒を盛ったのは、結局私に仕えている侍女の一人だった。それでも、両親は彼女を解雇することはなく、あくまで謹慎処分程度。なぜ主人の娘を手にかけようとする愚者を、尚雇い続けるのか。理由は聞かずとも明らかで、それに気づいてからこの家も嫌いになった。
私が面白いと感じたものは、名家の娘には必要のない教養を除いた勉学と魔法の知識。変わり者だと兄二人に蔑まれても、それらは私のことを魅了して止まなかった。
知識をつけることで、世界がまた一つ理解できるようになる。私にとって不可解で気味の悪いそれが理解の範疇に収まることに、私は幼いながらに安心感を覚えていた。
要らぬ知恵をつけより反発するようになった娘のことを、両親は気味悪がり忌避するようになる。私から知恵を取り上げ、どうにかして家に縛り付けたかった二人の用意した婚約者は、結局私に魔法の才で負けていた。
あの時私の周りには、理解者と呼べるものも、友人すらもいない。それでも充実していたのだから、友人など必要ないと幼い私は学んだ。
「どうして貴女はそんなに本ばかり読むの?宝石にも、ドレスにも、婚約者にも興味が無いなんて、信じられない」
信じられないなら、信じなければ良い。人は信じたいものを信じる生き物だ。理解して欲しいとも、支えて欲しいとも思わない。あちらが距離を取るのだから、私も近づかないつもりだった。
今思えば、もう少し良いやり方があっただろうと呆れてしまう。
あの醜く退屈な家の中で生きていくためには、己だけが信じられたのだから無理はないと思うが。
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私の夢は、この家を出て自立することだった。それは他の者にとっては当たり前のことかもしれないが、貴族の娘として見れば異質な願いだ。
そのためには悟られぬよう過ごす必要がある。あの両親が私の夢を潰すために、何をするか予想がつかない。
「お嬢様は本当に変わり者ですね。自分で勝手に知識を得てしまうのですから、私の仕事が無くなってしまいますわ」
「そう。でも、どうせ下らない知識しか教えられないならその方がマシでしょう?」
「…礼儀は教えたはずなのですけどもね」
対面につき、困ったように茶を飲むのは私の家庭教師だ。両親に雇われたわりに、随分マシな感性を持つ彼女は多少であれば信用に足る人物だと思っている。
実際彼女は、雇われの身にも関わらず私の両親が嫌いだ。"共通の敵がいる"ということは団結にも非常に役立つ。彼女は私のことを同じ敵を持つ同族と信じているようだったし、非常にやりやすい。
私には、彼女を唆し家から逃げ出す手伝いをさせる企みがあった。彼女自身が元貴族の令嬢で家出をした過去もあるようで、非常に好都合。
だが、いきなり「連れ出して欲しい」と言うだけではきっと彼女の心には響かないだろう。同情こそすれど、彼女にとって私を連れ出すということに相応のリターンは無いはずだ。だからこそ私は今彼女と親しげに話している。
「お嬢様のお兄様方も、貴方を見習ってくれれば楽なのですが……」
「あの愚兄が私を見習うなど、天から槍が降ったとしてもあり得ないわ」
「そうなんですよねぇ……お嬢様、なんとかしてくださいよぅ」
無理だ、と言ってしまえば楽だったが、それでは癪に障るので口をつぐんだ。どうせ言うなら「今は」と付け足したい。できないと決めつけてしまえば、私もあの愚かな家族と同じようになってしまう。
例え不可能だったとしても。私では力不足であったとしても。諦めずに努力すれば、なんて言わないから。
(一抹の可能性があるのなら、諦めたくない)
悪あがきを続ける気力だけはある。怠惰に満ちた家に食い潰されないためならば、警戒を解けないことだって苦ではなかった。
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「あら、クリス様。…またそんな本をお読みになっているの?」
「……ええ」
「本をお読みになるのも良いけれど…もっと淑女らしくしたらどうですの?そんなに本にかじりついて、みっともない」
クスクス、と歪な笑い声が響く。美しい花やドレスに囲まれることによって、醜悪さが逆に際立っている彼女と、その取り巻き。
出る杭は打たれるを表すように、一行は本ばかり読む私をよく嘲っては醜悪さを晒している。何故好き好んで己の品格を下げるような行動をするのか理解に苦しむが、そういう習性なのだと早くに理解を諦めた。
「あら。寄って集って一人を嘲っている貴女方のほうが、よっぽどみっともないと思うのだけれど?」
「…っ、ああ言えばこう言う。自分の弁解の時だけ饒舌なのね!」
「貴方みたいに、何もないときでもベラベラよく喋りはしないもの」
別に、相手を言い負かせたいわけじゃない。ただ、早めに会話を終わらせるのなら、相手の心を折るのがいちばんだった。
案の定言われた相手は顔を赤くし、こちらに背中を向ける。
「ふん、嫌味ばっかりね!顔に反して、性格は醜いようですこと!」
「人のことを言えるような性格かしら?」
「…~っ!!!」
たた、と小走りで彼女が反対側へと走り、それに続く形で取り巻き達も追従していった。取り巻きは、結局何のためにいたのだろう?ただ周りにいて喚くだけとは、まるで雛のようだ。いてもいなくても変わらない。
小鳥の啄みに遭ったものの、気にせず手元の本に視線を戻す。別に、彼女達も私と同じくらい本を読めというわけではないし、できないだろうとも思っている、が……
(物語を読むことで語彙力や言い回しが身に付くこともあるのに。勿体無い)
勿体無い、からといって教えようとは思わない。どうせ何を言っても無駄なのだ。あちらが私を拒否するのだから。
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転機が訪れたのは、何も気色ばんでいないような、いつもの日だった。予感も無く、ただ運命の巡る気配だけが、後になってやってきたのだ。
「この人と結婚しなさい。貴女の本への執着も気にしない素晴らしい方なのよ」
「お前のような気味の悪い娘を引き取ってくれるそうだ。世継ぎを生むくらい大したことはないだろう?」
耳から音がすり抜けて、まるで己が幽霊になったような気分だった。意思など無い、そこにいるだけの存在。
勝手に決めたことに反発できるほど、私は両親へ期待してはいない。強いて言うのであれば、隠しきれていない本音くらいどうにかしたらどうか、ということくらいだ。
年寄りの金持ち、どう考えても金目当ての政略結婚。ウィルダート家には充分な資産があるにも関わらずまだそれを望むのか、とうんざりする。
別に誰と結婚することになろうと構わないが、それでまたこの家の二の舞になるのは避けたかった。そうなれば、今までの苦労が水の泡だ。
とはいえ嫌だ、と言ってもこの両親には意味がない。私の意見が優先されたことなんて一度もなかったからだ。
両親がなんとか絞り出したか、もしくは美化したであろう相手の長所を連ねている間、私は仕方なく作戦を早めることにした。
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「お嬢様、逃げましょう」
「……貴方にそれを言われるなんてね」
どうやら、私が思っていた以上に家庭教師の女は私に肩入れしていたらしい。私が連れ出してくれ、と言うまでもなくあちらから切り出されるとは。
その方が都合は良いのか、と冷静な頭で考える。それであれば非の殆どはあちらにあり、何かあっても切り捨てるのが楽だ。読みが外れたのは少し残念だが、嬉しい誤算ということにしておく。
「お嬢様のように聡明なお方が、あんなしょーもない成金ジジイに未来を潰されるなんてあってはならないことです!……不肖の身ですが、このメアリもできる限りの協力をするつもりですので、どうか…」
「………メアリ。頭を上げてちょうだいな」
そう言うと、彼女___メアリは、恐る恐るといったふうにこちらを見上げる。きっと、私が両親を恐れて断るかもしれないと考えているのだろうが……
(私の方が一枚上手だったということだ)
「貴方にそう言ってもらえて、嬉しいわ。……本当に、良いのね?メアリ」
「…!!勿論です、お嬢様!!このメアリ、どこまでもお供致します…!!」
「ふふ、心強いわね」
きらきらと目を輝かせるメアリの、あまりの純真さに内心驚く。賢い人間と思っていたが、情に流されてしまえば型落ちの側仕えか。微かな落胆こそあれど、その方が都合が良いため何も言うことはない。
それでもかつての聡明さは残っているのか、逃げるルートや逃亡先の候補、どうやって日銭を稼ぐのか、その後の生活についてまで緻密に考えられた計画が述べられていく。その用意周到さに、いつから考えていたのだと笑いそうになるのを堪えた。
人間は、信じたいものを信じやすい。私だって、今メアリが裏切るかもしれないなんて考えていないし、メアリだって私にここまで悪知恵があるとは思っていないはずだ。否、それすら私の思い込みかもしれない。
どうであれ、真の意味で人を信用する気にはさらさらなれないということだ。いざという時のための計画を考えながら、私はメアリとの逃亡前夜をつつがなく終えた。
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「お嬢様!士官学校に行きませんか!」
「……士官学校?」
時の流れにより容貌が変化し、少女から女性へと姿を変えたメアリが、こちらに興奮気味に話しかけてくる。
両親の元から家出し、追手も来なくなった頃。やっと安定した住居を見つけ、生活にも慣れてきてからもう……四年が経過していた。私は14歳、メアリは21歳になり、ここ……エレクトロシュタルツ国での暮らしも充実している。
雷と科学の国、エレクトロシュタルツ。私達のいた混乱的城市の隣国に位置し、ドルヒェ語を母国語としている。初めて来た時には、その技術の進み具合に二人して目を見張ることとなった。
初めは混乱的城市のどこかに暮らす案だったが、あまりにも治安が悪くマトモに住めるようなところが殆ど無かったため、急遽この国に来ることになったのだ。幸い私もメアリもドルヒェ語はある程度流暢に話すことができたので、日常生活で困ることは殆ど無かったと言えるだろう。
時折小さな___資金繰りや、食料不足などの問題に直面しつつ、本などの嗜好品に手が届くようになった2年目には、私もメアリも現地の人々と同じくらいに喋れるようになっていた。
そうして生活して知識をつけ、私が魔法だけでなく戦術方面にも手を出し始めた時だったのだ。メアリがその提案をしたのは。
「お嬢様、あの国を根幹から変えたい~って何度もおっしゃっていたじゃないですか!!ですので、士官学校に行って総統になるのがよろしいかと!」
「待て、話が急すぎるだろう。確かに私は常日頃からあの国に対し改善点などを述べてきていたが……」
「お嬢様。できると思っている限り、不可能なんてこの世にはないんですよ」
「やけに真理に迫ったことを言っているが、別に私は無理と言うつもりはないぞ?ただ、どこに進学するのかという話なのだ」
私がそう言うなり、彼女は自信ありげに一枚の紙を差し出す。そこには私も名を聞いたことがあるくらいには有名な、メーラサルペの士官学校だった。
メーラサルペは海と信仰の国だ。軍事的な強さは国々の中でも一番で、この世界に二つしかない海の一つ「リブス洋」のほぼ真上にある国。水の都と呼ばれるそこは、治安の良さから観光客も多かった。
その士官学校は、合格率がまずそもそも異常に低く、そして卒業率も低いと有名な所だ。まぁ、その殆どは入学希望者が多く、実習で学生が死ぬこともあるからだそうだが……
その分教育のレベルは高く、指導内容も実戦に使えるようなものばかり、かつ軍と連携している組織でもあるため、現役の軍人の話を聞けるという____まぁ、軍人を目指す者からすれば絶対に入学したい要素が詰め込まれているところである。
私だって、入学できるなら今すぐしたい。が、問題はそこではなく……
「お嬢様も知っている所ですし。何より、お嬢様なら入学できますよ!!」
「……メアリ、この募集要項にある推奨年齢っていくつなのか、読めるかしら?」
「……………まぁ、16歳ですね」
「私は今いくつだ?言ってみろ、ン?」
「…………………15、でしたっけ?」
「14だ」
がく、とメアリが項垂れる。そう、この募集要項にある推奨年齢___という名の対象年齢は16歳。……私では2歳足りないのだ。
当然、できないことはないだろうが……他の受験生のレベルも分からない以上、そこそこ値の張る受験費を捨てるわけにも行かない。行かない、が……
改めて、募集要項を見直してみる。そこには今年と前年度までの試験の変更点があり、私はそれを良く読んだ上で、もう一度メアリに向き直った。
「……メアリ、私ならたった2年の差などねじ伏せられると思うか?」
「もちろんです。お嬢様にお教えしてきた私が保証します」
「…ならば、2歳年下の私が、特待生制度で、入学することも可能か?」
「!!」
募集要項のある一点を指し、メアリにそれを見せる。その文を読むや否や、メアリは目を輝かせてこちらを見上げた。
そこにあったのは、いくつかの変更点。金持ちや力自慢にとっては一切関係の無いものばかりであるが……今はそれがありがたい。
[特待生制度の導入]
[実技試験を魔法と武具両方選択可に]
「魔法のみ選択可なのであれば、ひ弱な小娘の私でもできよう。それに……」
「特待生として入れば、学費が免除される…!!」
「当然、特待生制度を受けるためには入学試験で一位にならなければならない。が…」
「…いけます、いけますよお嬢様!!!」
私以上にぱぁ、と顔を輝かせたメアリがこちらの返答を待つように振り向く。その目には僅かに涙で潤んですらいて、私だけのことのはずなのに、どうしてこんなに喜ぶのだろうと不思議な気持ちになった。
返事の代わりに、微笑んで見せればメアリは喜びのあまりこちらに飛びかかって来る。運悪く避け損ねた私は、そのままメアリの体と腕で押し潰されることとなった。
「……試験を受ける前に圧死しそうね」
「はっ!も、申し訳ありません…!!感極まって、つい……」
「…何故、感極まって人を押し潰そうとするのだ…全く」
そう言うと、メアリは今度はきょとん、と良く分かっていないような顔をし、数秒の後に大笑いし出す。
今度唖然としたのはこちらで、しかも訳も分からないものだから、何だか落ち着かない気分になる。
「……何故私は今笑われているんだ」
「いえ、だって、お嬢様ったら…もう…!」
「…………」
「あ~、も~……」
ひとしきり笑い終えたあと、メアリは不意にくしゃりと泣きそうな子供の顔になり、その後また私のことを押し潰そうとしてきた。
今度は先ほどとは違い、感極まっているわけでは無かろうに、何故またこのようなことをするのか。分からない。
分からない。分からないのだ。メアリが泣いている理由も、私が押し潰されている理由も、何もかも。
____私の頬が、生ぬるい理由も。
「…お嬢様、良いことを教えてあげますね」
「…なんだ」
「この行為は、貴方を押し潰しているわけじゃないんです。…これは、」
初めて聞いたような響きが、鼓膜を揺らす。否、本当は昔から知っていた。知っていたが、あくまでそれは知識としてだった。
頭の中で、ゆるりと反芻する。私がされることは無い、そう思っていたものだ。元より求めていたわけじゃない。それなのに、どうしてこんなにも心は満ち足りているのだろう。
相手を抱き締めるという行為にどんな意味があるのか、何故行うのか、知識として分かっていても、納得ができなかった。愛する者に対して行うのであれば、私はメアリに愛されている、のだろうか?
分からない。私は神でも何でもない、一人称視点で生きる人間だ。人の気持ちも行動原理も分かりはしない。
分からないけれど、今はそれがただ心地よかった。
「……メアリ、ありがとう」
「…どうしたしまして、お嬢様」
ふ、と顔を合わせて笑い合う。寒さを交えた北風に交じって、春の香りがどこかから私達を包んだ。
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それから、私達は入学のために範囲内の復習をし、過去の問題を解き、合間合間に入学後のための体作りや魔法の練習を行って記憶の定着率などを底上げしていた。
……その過程で一つ、気がついたことがある。それは、私が《《能力持ち》》だと言うことだ。
気がついたきっかけは「最近ちょっと運動不足すぎて太ももが……」と、一緒に体作りに励んでいたメアリの一言だった。
「お嬢様、最近なんだか凄く調子が良いんです!」
「私よりも先に体作りの影響が出たのか」
「ええ!前までは重たくて少しも動かせなかった岩が、片手で運べるようになったんです!!」
「………それ、本当に大丈夫なやつなのか?」
一応メアリの言っていた岩を見に行ったが、明らかに片手で持てるような大きさではない。見た目に反して軽いのか?とも思ったが、確かに持ち上がる気配は無かった。
メアリが見ててください、と岩の側にいき、軽く片手を添える。そのままぐ、と腕に力が入ると、軽く砂を落としながら岩が用意に持ち上がった。
「………」
「ね?言ったでしょう?」
自慢げにそう言い、メアリは岩を下ろす。……その様子を見て確信した。メアリのそれには《《能力》》が関わっているのだろうと。
まずそもそも、こんな短期間で岩を持ち上げられるほど人間の筋肉が成長するはずはない。もしかしたら隠れていただけ、という可能性もあるが……まぁ、大きめの花瓶を持つのにも苦労していた彼女には関係の無いことだろう。
というか大の男でもない限り、あの大きさの岩を持ち上げるのは無理だ。しかし、その「無理」を「できる」にする力が、潜在的かつ顕現には時間を要する力が宿る可能性はある。
それが《《能力》》、別名才能特権。魔法のような、それでいて魔法ではできないことを可能にする、特殊で希少な力だ。
別名に「才能」とつくのは、それが宿っている人間が非常に少なく、先天的なものであるから。まさに才能のように、本人が気づかない所でゆっくりと成長していく。
私やメアリのような10代から20代までが、一番能力の顕現が多い時期である。魔力器官の発達がある程度落ち着くからか、それとも何か別の要因があるのかは分かっていない。
そして、私達は二人とも能力検査を受けていないのだ。つまり、私達のどちらかが能力を持っていて、メアリの場合は自分の能力が、私の場合はメアリへと能力が影響していることになる。
その旨をメアリに話したところ、メアリは能力検査にかかるべきだと言った。
「私よりもお嬢様の方が可能性が高いですし…何より、入学の際に有利になるかも!」
検査は幸い25歳まで無料で(これは非常にありがたいことだ)、明日かかることまでトントン拍子で決まる。メアリは私に傾倒している気があるとは思うのだが、こういうときばかりは頼りになるのだ。
その前夜、少しメアリが出ていった時。私も着いていくと言ったのだが、メアリは大丈夫だと言い、一人で生活に必要な物資を買い足しに行った。
とん、と壁に背中をつける。家があって、自分の意思で食べるものも着るものも決められて、必要最低限度の、自由のある暮らし。私が願って止まなかったそれは、存外拍子抜けしてしまうほどつまらなく、同じ形をしていて。それでも、ひどく尊いものだと実感している。
窓から外を覗けば月が見えたが、興味が無くすぐに目を逸らした。私は、空を見て感傷に浸れるほど詩的な人間ではない。
それでも、心地よい温度が体を撫でて行ったことで、春がすぐそこまで訪れている気配は感じられる。
入学試験まで、あと残り1ヶ月。勉強も大詰め、範囲内は完璧と言えるほど仕上がり、今は入学後の内容にも少し手を出し始めているほど順調だ。体作りだって、メアリほどでは無いにしたって力はついている。……目に見えて筋肉量が増えたわけではないが。
順調、だからこそ気の抜けない時期。私もメアリも学校に入学したことなど無いため、どういった雰囲気なのか、どんなこと学ぶのか詳しくは分からない。それでも、私のやりたいことをやれる場所であることに変わりはなかった。
やりたいことをやるため。不可能ではないのなら、限りなく難しかろうが望んで見せる。貪欲に、どこまでも。
もう一度、空に浮かぶ満月を見やる。手を伸ばせど届かないそれが、なんだか私の夢のように感じられ、思わず手を伸ばした。
やはりと言うべきか、手は空振り月を掴むことはない。それでも私は、確かに夢の実現がすぐそこまで近づいてきているような気がしたのだ。
「クリス様.た だいま戻りました ~」
「ああ、おかえり」
帰ってきたメアリはそのままシャワーを浴びに行ったことで、私も何かしたい気分になる。…もう一度、範囲を勉強しておこうか。
月に背を向け、自室へと戻る。ふと、目にメアリの買ってきた生活物資が目に止まったが、特に変わったところも無いためすぐに目を逸らした。
その後、能力検査を受けたことで私に能力が発現していることが分かった。
己が仲間、若しくは部下であると認めた者の身体能力を底上げする能力らしく、効果範囲は不明だがとても広いらしい。常時発動型のそれは珍しいようで、是非研究に協力を、と言われたが断った。
メアリ自身には能力は無かったらしく、それでも彼女は落ち込まずにまた自分の事のように喜んだ。それが妙にむず痒く、不思議な感じがしたのは、きっと気のせいだろう。
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そうして迎えた試験当日。筆記試験の手応えは確かにあり……というより、簡単すぎてむしろ手応えは無かったのかもしれない。一応何度も見直し、できるところは検算をした。
その後簡単に学校の教師と、志望理由や実技試験で選択を希望する科目について話をし…そちらもつつがなく終え、私は入学試験初日を無事終えたのだ。
今、私は面接試験(実は存在を知らなかったのだが、どうやら受験生全員に秘密にされていたようだ)の後の結果待ちをしている。面接試験自体は特に難しくもなんともない普通の会話であったし、懸念点で言えば筆記試験のみ……だが、それもケアレスミスさえ無ければ満点だってありえるほどだ。
そうして待ち時間を退屈に過ごしていれば、何人かの入学希望者達がやって来る。その殆どは私より年上の体躯が立派な男が多く、私をちらと見ては少し驚いたような顔をして通りすぎて行った。
15人ほど入ってきた時だろうか。不意に、私の受験番号が呼ばれた。それは受付に来ることを知らせる合図であり、同時に私の筆記試験の合否が分かることを知らせるものでもある。
こんな時、緊張でもできれば可愛げはあるのだろうが……生憎、そこにあるのは確かな自信のみだった。
受付へと進み、受験番号や氏名の確認をされる。そして、その瞬間はなんとも呆気なく訪れた。
「筆記試験は合格です。次の魔法実技試験の日程は……」
さらりと何ともなく言ったような台詞に思わず心の中で苦笑する。心の中には喜びこそあれど、それよりも多く確信が事実へと変わったことによる充実感があった。
そのまま、言われた日程やその他試験の概要が書かれた紙を渡される。魔法試験は二日後、内容は適正属性の魔法をどのレベルまで扱えるか見る、とのことだ。
一先ずはメアリに伝えてやろうと帰路に着く。問題は、私が現時点で受験生達の中の何位にいるのか、そして魔法試験の結果によってはその順位がまた変動することだが……今は良いのだ、とイマジナリーメアリが言った。
改めて、今後の目標について考える。ifばかりの目標だが、それで良い。そのifを全て現実にするだけで達成できるのだから。
夕暮れ時、見知った道に入りそのまま家の扉を開ける。メアリがどんな顔をするのか想像しながら、私はただいま、と帰宅を知らせた。
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魔法。それは使用者を媒介とした、生物が元来持つエネルギー「魔力」を放出すること。個体によって持っている魔力の量や種類は異なり、またそれらは多ければ多いほど良いとされている。
この世には12の属性があり、それらはさらに7つの有在属性と5つの概念属性に分けることができる。
有在属性はそれぞれ「火」「水」「雷」「草」「氷」「地」「風」が、概念属性は「光」「闇」「神聖」「悪」「無」が確認されており、昔は新たな属性探求が行われていた。
魔法には、それぞれ魔法庁が定めたレベルが存在し、レベルが上がるほど再現性は下がり、魔法の威力は上がる。
基礎、生活、初級、中級、上級の五つのレベルに応じた称号を持つ魔法使いを名乗るには、魔法庁の行う魔法検定に合格する必要があった。
私は検定を受ける余裕がなく受けていないが、メアリは「初級ができれば十分」と言っている。実際どうかは知らないが、初級くらいなら扱えるので問題はないだろう。
そして今、私はそんな魔法の技能を見る実技試験に挑むところだ。見たところ、己の使う属性を述べ今扱える魔法を再現するらしい。……なぜ見たところ、なのかと言うと試験官の声が小さくあまりルールが聞こえなかったからである。
「では次……14番、オ__ル__……__ォ__…さん。何属性の魔法にしますか…」
「水属性です」
まぁ、どちらにせよ試験会場を破壊したり試験官を殺害でもしない限り棄権にはならないはずだ。そう高をくくりつつ、メアリに教わった魔力が出やすくなると言うマッサージをしていた時。目の前を、水の大群が通った。
「え、すげ……」「上級レベルなんじゃ」「今年のレベル高……」「てかアイツ、汗一つかいてないぞ…??」
そんな囁き達をかき分けるように水でできた魚の群れは旋回し、そうして魔法を使ったであろう男の周りへと収束する。
男は何でもないように水を自在に操り、ひとしきり見せ終わった後に飄々とした様子で礼をした。その額には、確かに汗一つなく息も上がっていない。
「結構……では、戻ってください」
「はい。ありがとうございました」
もう一度深く礼をし、元いたであろう席に着く。私は23番なので特に影響はないが、彼の次に試験を行う受験生には同情する。
上級とまでは行かずとも中の上ほどの難易度、そして繊細なコントロール、何より魔力量にものを言わせるような規模。確実にこの受験生達の中でも上澄み中の上澄みだ。
特待生制度を得るためには、当然ここで彼よりも良い成績を叩き出す必要がある。とは言え今からできることなどほぼ無いに等しいため、私は大人しくマッサージを続けた。
その後も試験はほんの少しの波紋を残しつつ、つつがなく行われていく。やはり基本的に皆が扱うのは初級、良くて中の下の程の魔法ばかりだ。メアリの言っていたことは、案外間違っていないのかもしれない。
そうして幾ばくか経ち、遂に私の番号が呼ばれる。マッサージのお陰か魔力の巡りが良く、体がぼんやりと暑い。
「何属性の魔法にしますか」
「氷属性で」
改めて、魔力の巡りを意識する。本当なら中級クラスを披露すればそれで構わないだろうと思っていたが、あのレベルの水魔法を見せられればこちらも意地になるというもので。"ヒトの平均魔力を遥かに凌駕する"と、メアリの前にいた家庭教師に言われたことを改めて思い出す。
足と掌、その両方に6:4ほどの割合で魔力を流して行く。細かな造形の物はその分集中力やセンスが問われるが、生憎とそれは得意分野だ。
足元で氷を広げつつ掌中で大きな氷塊を生成し、それが砕けた際に雪の結晶と氷の花びらが舞うような細工を施す。その内に張り終えた氷に入れた、いくつかの種となる氷の粒を大胆に伸ばして花を形成した。
ただの花畑では案外退屈だったため、一応白鳥も作ってはみる。氷を砕き雪を舞わせ、簡易的な箱庭の完成だ。まぁ、すぐに壊すのだが。
張られた氷達を花ごと収束させ、大きな一輪の形にしてから消滅させた。魔力量を確認してみれば、まだ半分以上の余裕がある。どうせなら小さな城でも作っておくべきだったか。
「……結構。では、戻ってください」
「はい」
自分の席に戻れば、こちらもまた何か囁きが耳を揺らしていく。その殆どは称賛で、幾つかは先ほどの男とどちらが凄いかの議論だった。
腰を下ろし、そうして改めて先ほど展開した魔法の出来映えを反芻する。体感で言えば五分ほどかかっているのだが、実際は一分程度だろう。それほどまでにあの魔法は集中力と魔力を必要とし、そのくせ一瞬の美しさに全て賭けているのだ。
それからはまた退屈で、私の後に続く数人かの組が終わるまで待たされることとなった。ぼんやり、そうぼんやりと続ける意味の無いマッサージをしていた時。
どよめきが辺りに満ち、視線を上げれば一人の受験生の魔法が暴走しているようだった。属性は火、だがあの程度であれば不利属性である氷でも完封できそうだ。
他も戸惑いつつ防御魔法やらを展開しているのはさすがと言うべきか、士官学校の入試らしい。……《《あからさまなほどに》》。
そうして様子を見ていれば、こちらの方に火の粉が飛んでくる。…あの程度なら、こちらが被る前に消えそうなため、特に魔法を展開はしなかった。
しなかった、が、私の前で火の粉が即座に消える。それも、水の塊に呑まれるような形で。
「何しているんだ、危ないだろう…!」
確か14番のオル……なにがしか、あの水魔法を操る男である。そのなにがしかは血相を変えて、という表現が最適なほど狼狽しながら水の壁を展開していた。まるで、彼と私を火から遮るように。
「ありがとう、心優しきジョン・ドゥ。一応私の名誉のために言わせてもらうが、あの火の粉は私に降りかかる前に風で消えそうだったから避けなかっただけだぞ」
「私の名前はオルカ・オルクスだ、ジョン・ドゥ?とかいう男ではないし、もしも君の推測が外れて火の粉を被ったらどうするんだ」
「……はぁ、その時は治癒魔法でもかければ良い。どちらにせよ死にはしないだろう」
「なっ……」
つまらない奴に絡まれたな、と内心落胆する。まさか|ジョン・ドゥ《名無しの権兵衛》も知らないとは、随分ジョークの通じない男だ。
何か私を宥めんとしているようだが、生憎こちらとてわざわざ小言を聞いてやるほどの器の大きさを持ち合わせてはいない。
話を右から左に流していれば、後ろからまた少し大きめの火球が飛んできた。そして、その…オルキヌスだかはまだ気づいていない。随分と高尚ぶるのに必死なようで、と呆れつつそれを凍らせた。
「な」
「計算ミスで火の粉を被るより、ミスに気づかず火球にぶつかる方がよほど間抜けだと思うが……違うか?」
「っ………君って奴は……いや、ここは礼を言うべきか。ありがとう」
ば、と頭を下げたその男に大きなため息をつきながら、その頭に顔を近づける。
呼び掛けてもなかなか反応がなく、これは許しを乞うまで上げない気なのかとさらに面倒になった。仕方がないので、目についた尖った耳を指で軽くなぞる。
「ひっ…?!!な、なにをっ」
「静かに。……あの受験生、恐らく《《試験官とグルだ》》」
「、ああ……なるほど」
(…何故賢いのに妙なところで頑固なのだ)
どうやら言葉の意味を理解したらしく、男は掌上に水球を生成していく。
試験官とグル、というのはつまるところこれ自体が「試験」ということ。筆記試験には、魔法の訓練中に魔法が暴走する事例の対処法を述べさせる問題があった。
きっと、これはそれが実践できるのかという「実技」を見る試験ということだろう。何より、試験官がさっさと止めないのが一番白々しい。
ちなみにだが、魔法が暴走したときの対処法にはいくつか例がある。一般的なのは魔法による拘束だが……氷属性の私とでは相性が悪い。あれは草属性のような柔軟性のある魔法向けだ。
私が試験で解答したもの、それは「気絶させる」こと。正直これが一番手っ取り早い。
ということで、早速小さめの氷塊を生成し対象の鳩尾を狙う。幸い対象自体は動かず火魔法だけが動いているため狙いやすかった。
氷を鳩尾へと当てれば、容易に気絶する。それにより新たに火が生み出されなくなり、《《今ある火魔法が暴走するようになった》》。
「大規模な水魔法を展開する余裕があるのなら、受験生皆を守ることくらい造作もないだろう?」
「っっ…!!!君、なんて無茶振り…!!」
ば、と水が勢いよく展開され火を包み込む。火が消火される音が重なり、辺りには水蒸気が大量に充満した。思わずけほ、と咳をしては見るものの、特に喉に突っかかる感じはしない。
水煙が晴れてくれば、恨みがましそうにこちらを睨む男がいる。良い表情をするじゃないか、なんて意味を込めて笑い返してやれば、何故か驚いた顔をしてすぐに反対方向を向いた。……変な奴だ。
「……14番、そして23番。…合格だ」
声のするほうを向けば、先ほどの声の小さい試験官がいる。私が気絶させた男を担ぎながらこちらを見据える様子に、あの頼りなさは演技だったのかと素直に感心した。
話を聞けばやはりと言うべきか、これは魔力暴走の対応を見る試験だったらしい。真っ先に趣旨を理解し的確な判断をした私と、繊細なコントロールから、かの男は特にお眼鏡に叶ったようだ。
「その他の受験生諸君、君らにも後々合否を伝える。待合室で待っているように」
もう一度男……オルカ・オルクスの方をみやる。と、こちらを驚いたような、嬉しいような、不思議な表情で覗いていて、思わずくすりと笑ってしまった。
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「……君は、最初から分かっていたのか?」
「そうだな」
「…そうか。どうやら、愚か者は私のようだね」
がく、と分かりやすく項垂れながら隣に座る男にため息をつく。私とオルカは、今現在他の受験生達とは違う方の待合室にいた。
試験が終わり、私と男の二人のみがこの待合室に通されてはや数分。私たちはぽつぽつと小さく会話を交わしながら、打ち解けるわけでもなく待っている。
「愚かなのは人間の性だろう。私も、お前も、高尚な人間など存在しない」
「…君は、人間が嫌いなのか?」
「嫌いだった時期もあった。が、それでも高尚であろうと足掻く姿は幾分か面白い」
「………良い性格だね」
「よく言われるよ」
小気味良い会話が続き、相手の被っていた皮が一枚、また一枚と剥がれていくのを感じた。……それは、私も同じだろう。
この男は実技試験に進めるほどの頭脳を持ちながら、性格は人間臭さに溢れている。それも、気味が悪いほど。まるで《《人間を模倣しようとする怪異》》のような態度は、彼の尖った耳のせいでさらに増長されている気がする。
そうして会話を続け、いつしか試験官が私達二人の合格を知らせた。
「おめでとうございます。こちら今後の予定になりますので、ご帰宅後、よく確認を」
「「はい」」
「それと、ウィルダート様は少々お時間いただきますが…構いませんね?」
「はい」
オルカが先に部屋を出る。去り際、ドアの奥で小さく"|Bis bald《また会おう》"と呟いたため、こちらも笑い返してやった。試験官には変な顔をされたが、気にしないことにする。
さて、と試験官はこちらを向き、先ほどオルカが座っていた椅子を私の正面まで持ってきた。恐らく、特待生制度の話だろうが……それにしては、やけに雰囲気が固いような気もする。
「では、改めまして…クリス・ウィルダート様で違いありませんね?」
「ええ」
「まずは、希望されていた特待生制度についてですが……」
私は今まで生きていて、特に緊張をすることはなかった。だが、今初めて緊張している気がする。
心臓が早鐘を…打っているような気がしないでもないし、手汗も……恐らく出ているかもしれない。……否、認めよう。正直なところ、緊張したことがないのでよく分からないのだ。
「受験生中一位のため、希望通り適用させていただきます」
「……そうですか。ありがとうございます」
その言葉を聞き、ほんの少しの喜びと、目的を達成したことによる安堵が訪れる。やはり緊張していたようで、肩の力が抜けるとはこのことか、と実感した。
が、それでも話は終わらないらしい。試験官がむしろますます気合いをいれるような仕草をしたためだ。
この時、私は油断をしていた。それはある種の現実逃避でもあり、理想ばかり手を伸ばし足下を見ることを疎かにしていたからでもある。
ずっと、予感はしていた。見て見ぬふりをしてはいけないと分かっていたのに、初めて味わう安堵を、安寧を手放すのが惜しかったのだ。
「貴方のお父様が、お話があるそうです」
____見て見ぬふりをした火種は、いつの間にか私の身を焦がすほどに近づいていた。
◇To be continued…