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第七話 有明、シンキング
不思議な人だなあ、と思う。
もっともこんなことを私が言ったら、周りから「お前の方が不思議だ」と言われてしまうのだけれど。
私ーー有明月菜は、そんなことを思いながら、雨夜さんが持久走する姿を見つめた。
雨夜さんの下の名前は知らない。
一度聞いたことがあるが、すごく嫌そうな顔をされた。光莉さんが聞いたらもっと嫌そうな顔をして逃げた。
まあ、無理に聞くことではないし。
いいか、別に。
「終了」
あ。持久走、終わったみたいだ。
持久走後、荒く息をつく雨夜さんと電池式のタイマーを一瞥して、師匠は言う。
目をきらきらとさせて。
「ふむ。まあ、わりとましになってきたねえ。……それじゃあ、戦おうじゃないか」
雨夜さんがばっと顔を上げた。あからさまな拒絶の表情だ。身体を引きずって後ろに下がっている。
「は!? なに考えてるんだお前! 戦いたいだけだろうが!」
「いいだろう? 別に」
「良くない!」
……師匠が楽しそうで何より。見なかったふりをしよう。
私は前を向き直って|短機関銃《サブマシンガン》を構え直す。
映画よりはずっと静かな、しかし十分大きい音が空気を切り裂いた。的である木材が木屑を散らす。
……うん、上出来。
しかし、これは練習だからできること。師匠との訓練になるととたんにわたわたして、うまくこれらが行えない。
……その点。
私はちらっと雨夜さんを見る。
結局師匠からの頼みを突っぱねきれなかった雨夜さんの動きは、驚くほどに練習と変わらない。いや、練習以上だ。
才能なんだと思う。
本番に強い人間。成長が速い人間。身体を思うままに動かせる人間。
それが雨夜さんだ。
決して以前からの努力ではないのだろう。
雨夜さんはいかにも引きこもりという出で立ちだ。本人は語らないが、絶対にそうだろう。
伸ばしっぱなしの髪。美容に無頓着な肌。うっすら隈の浮かぶ目元。適当に選んだであろう服。
両方の意味で、もったいない。
雨夜さんはかなりのべっぴんさんだ。あのぼさぼさ頭をすっきりさせて、肌の保湿をして、きれいにメイクして、よく寝て、コーディネートに気を遣えば、どれだけ見映えがいいことか。
そして。
何よりあの戦闘センス。私たちとは明らかにレベルが違う。まさに段違い、桁違いだ。
いいな。そう思う。
がきん、と音がした。雨夜さんのナイフが弾かれた音。
師匠の勝ちだ。
「うーん、まだ少しぎこちなさを感じるねえ。もっと本気でできないかい?」
「知るか」
雨夜さんはどうでもよさげに、しかしわずかに悔しさをにじませて言った。
そのまま素振りを始める。
不思議な人だなあ、と思う。
どこが不思議かは、はっきりと説明できない。 強いて言えば、人との関わりの少なさだ。
私はなぜか、よく不思議ちゃんだとかミステリアスだとか言われるけれども、それでも友達はいる。だって、その方がずっと楽しいから。
でもあの人は、人と関わりたがっていない。絶対に友達がいた方が楽しいのに、なんでだろう。
不思議な人だなあ、と思う。
私はひとつ息を吐いて、腕をまた振り上げた。
裏話
全然執筆が進みません。
ごめんなさい……で、でも、進んではいるんですよ!
今回はじめての雨夜以外のキャラ視点でした。
今回の目的は、雨夜を他のキャラがどう思っているかを示すことですね。
今後もたまにやっていくと思います。
今回改めて登場したのは、白兎だいふくさまの有明月菜ちゃん。前回は名前だけでしたね。
ありがとうございました!