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碧が一つ
途中、性的な表現があります
(行為はありません)
〚NOside〛
辺りが闇に呑まれた頃。
町外れの一角にある倉庫のみが、慌ただしく動いていた。
「う、うそ、だろ‥っ」
「こ、こんなの聞いてねぇっ!聞いてなッ…」
情けなく叫んで逃げ惑う男たち。
そして、それを静かに追う“闇”
肉が断ち切られる音とともに、辺り一面に赤い花が咲く。
男達は、まだ微かに命が宿っているが、もう動けまい。
あと数分もすれば出血多量で死に至る。
自分が手にかけたモノに一切の興味も示さず、闇は去る。
その闇の正体は…
『こちら“|碧桐《あおぎり》”人身売買組織の殲滅。完了いたしました』
『うむ。ご苦労様。でもな、碧桐。
お前が道に迷った挙げ句、任務内容を忘れなければ、もっと早く終わっていたんだがなぁ?』
『…ありゃ?』
とてつもなくアホでドジなスパイでした。
『もー酷いなぁ。俺一応組織のエースですよ!?』
『確かにお前は諜報活動、変装、潜入、敵の殲滅まで、どんな任務も完璧にこなす。スパイとしての腕前は天下一品!
なんだけどなぁ…』
『なんですかぁ!その歯切れ悪い感じ!』
『だってお前、アホだしドジじゃねーか』
『え?どのへんが?』
『拳銃を渡せば手に拳銃握ってるの忘れて腕ぶん回すわ。
任務地まで天下のGo◯gle先生に案内させれば何故か真逆の方向に行くわ』
『うぐっ』
『敵の猫騙しに引っかかるわ。
ユーフォーなんていう子どもでも引っかからない嘘に引っかかるわ……
挙げだしたらキリがないぜ?』
『お前のせいでなんど死にかけたことか…』
『俺、思った以上にアホですね』
『今自覚したことが大きな成長だな』
『俺、そんなやばいっすか……』
『あぁ。それはもうな』
その会話を聞いた人は皆思うだろう。
とんでもなくアホでチャラいやつだ。
きっと仕事も真面目にやらないのだろう、と。
しかし、碧桐はそんなに甘い男ではない。
『ところで碧桐。この後もう一つ、頼みたい任務があるんだが……行けるか?』
『えぇ。勿論です』
その瞬間。
纏っている空気が変わる。
つい先程までおちゃらけていたその目は、深く青く、果てしなく冷めている。
『任務の内容は、情報収集及び対象の抹消。詳細はメールで送った。今回も頼むぞ』
『えぇ』
電話を終え、男は歩き出す。
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《対象》
久豆 座間雄(クズ ザマオ)
48歳
久豆財閥社長
《任務内容及びその理由》
・スナックに入り浸り店や他の客への迷惑行為
・スタッフに対するセクハラ
・金と権力で脅し、不当なサービスの要求を続け
る
・会社の金を横領
・部下に対するパワハラ及びセクハラ
・麻薬のバイヤー組織と繋がっている可能性有
以上の理由から、対象の情報収集及び抹消を命ずる
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「名が体を表すとは、まさにこの事ってか。潜入の仕方は…?」
「…女装してスナックに潜入。尚、スナックにはバレぬように。採用試験は合格済み」
「…はぁ。最初っから俺に任せる気満々ってか」
「それじゃあまっ…」
男が電柱に隠れ、出てきた次の瞬間。
「頑張りますかぁ!」
その場に碧桐の姿はなく、派手な格好をして甲高い声で喋る女の姿があった。
そう、碧桐というスパイは、どんな人間にも一瞬で変化し、味方までも騙す。
まさに、天下一品のスパイなのだ。
〚碧桐side〛
「新入りちゃん。カウンター回ってくれる?」
「えぇっ?」
「今来たお客さん。要注意人物でブラックリストに入ってるの。だから、ね?」
「いや、私は大丈夫ですよ?」
「ううん。新入りちゃんには、辛い思いしてほしくないから」
「むぅ‥それじゃあ代わりに!終わったら色んな話教えてくださいねっ!」
「分かったわよ。可愛い子ね」
潜入を始めてから2日。
対象である久豆が店にやってきた。
すると先輩は、新入りである俺を庇うように、こわばった顔を隠しながら接客に回った。
このお店のスタッフさんは、みんな良い人ばかりだ。
お客様第一で、後輩にも優しい。
そんな人達に漬け込んで、悪さするとか…
てめぇの息子ピーーッしてピーーッしてピーーッしてやろうか?
でもまぁ、あと2週間だ。
2週間、時間があれば十分に詮索はできる。
先輩たちには申し訳ないが、これも先輩達のため。
あと少しだけ、辛抱してもらう。
「ありがとうございましたぁ〜。また来てくださいねっ!」
最後の客が帰り、スタッフさんたちとの談笑が始まる。
まずは、久豆がやっているクズな行為の確認からだ。
「先輩!」
「ん〜?どうした〜?新入りちゃん」
「だぁーかぁーらぁー!私は|碧海《あおみ》だって!」
あ、碧海っていうのは、今回の俺の偽名ね。
「はいはい碧海ちゃん。どうしたの?」
「さっきの久豆さん?でしたっけ?なんでブラックリストなんですか?」
「ぁー…あの人はね、簡単に言うとキモオヤジなんだよね」
「スタッフの腰とかお尻触ったり、やたら外に連れ出そうとしたり。
断りきれなくて外に連れ出されちゃった子は、胸触られたり、キスされたり、無理矢理、させられかけた子もいるの…」
「うちはそういう店じゃ無いんだけどね、」
先輩はそう言うと、苦しそうな笑顔で笑った。
あぁ、何度この笑顔を見てきただろう。
俺は、この笑顔を無くすために……
「そんなっ…そんなやつ、警察にでも突き出せないんですか!?」
「んー……あの人、久豆財閥の社長さんでね。うちの店は、久豆財閥の系列店から融資をもらって始めたの。だから、権力を使ってきて……」
「このままじゃ駄目だって分かってるんだけどね……どうしても、怖くて……」
「この店にいる子は、親に捨てられたり、孤児だったりする子が殆どなの。だから、この店が家みたいな感じで……」
「そう、だったんですね……」
「辛いお話させちゃってすいません!」
「いいのよ。私も話したかったしね。もう上がる?」
「はいっ!お先に失礼します!お疲れ様でした!」
「おつかれ〜」
「またね〜碧海ちゃん」
流石に怒りが湧いてきた。
こんなに感情的になるのはいつぶりだ?
俺は、怒りに震えながら、店を後にした。
あれから数日。
俺が潜入を始めてから3週間が経った。
あれからもあの久豆とか言うキモオヤジに対する怒りは溜まっていっている。
そんな俺は今……
そのキモオヤジの隣に座っています。
あれから俺は徐々に久豆との距離を詰め、今やお気に入りにまでなっている。
恐らく、この潜入の終わりも近いだろう。
先輩が言ってた通り、こいつ腰は撫でるわ尻は揉むわで、まっじで気持ち悪い。
今すぐこいつ背負投げしてトイレに駆け込みたい。
でも、俺はスパイだ。
ハニトラなんて、何回仕掛けてきたかわからない。
セクハラだって、何回も耐えてきた。
キスも、体の関係も、何度も何度も……
でも、先輩たちのため。
このクズのせいで苦しむ人を無くすため。
そのためなら、なんだって頑張れるだろう?
「いやぁ〜碧海ちゃんは可愛いねぇ」
「えぇっ!?ありがとうございますぅっ!」
あぁ、我ながら気色悪い演技だなw
これのお陰で、職場の皆さんにも嫌われ始めている。
でも、それで良い。
その方が、後から苦しくない。
「ねぇ、碧海ちゃん。お店終わったらさ、時間あ
る?」
来た。
ついに、久豆が小声でそう言ってきた。
「!、もちろんっ!なにしてくれるんですかぁっ?」
「想像通り、キモチイコト、だよ?」
そう、太ももを撫でながら言ってくる。
あぁ、気色悪い
こいつも、俺も、
「きゃっ!欲求不満だったので嬉しいですぅっ! 楽しみにしておきますねっ♡」
「それじゃあ、店の東側に見える倉庫で待ち合わせね」
「はいっ♡」
約束を取り付けると久豆は嬉しそうに去っていった。
それから数分後、今日の営業が終了し、俺は倉庫へと向かった。
〚NOside〛
「おまたせしましたぁっ!」
「お疲れ様…って、君はその気みたいだね、」
「えへっ…久豆さんの言葉聞いてぇ、ちょっとおしゃれしちゃいましたぁっ♡」
そういいながら、ミニスカートの裾をひらりとさせ、その場でターンする女。
「それじゃあ早速……っ」
その姿を見た久豆は、そう舌舐めずりをしながらスカートに手を伸ばす。
すると、女が久豆の手を掴み……
「良いけどぉ……」
「後悔するんじゃねーぞ?」
と、男の姿に一瞬で変身……
否、女の変装をしていた男。
碧桐が、変装を解いたのだ。
碧桐は、ニヤリと不敵な笑顔を見せる。
混乱した久豆は大声をあげる。
「なッ、なんなんだね君はっ!?碧海ちゃんをどこへやった!?」
「どこって……酷いなぁ久豆さんっ!私はぁっ」
「ここですよ?」
碧桐は、まるで久豆をからかうかのように、コロコロと声色を変えて喋る。
「おっ、お前は、何者なんだっ…!」
「俺は…スパイ組織、“|鴉の目《クロウアイズ》”のエース」
「碧桐だ」
「んなっ!?な、んだとっ…!?」
「さぁーて…覚悟しろよ?クソ野郎が」
その瞬間。
辺りがピリつき、静かな冷気が流れ出す。
謎の圧を出す碧桐の目は、燃えているかのような、でも凍てついている、そんな目をしていた。
「今まででスタッフさんやお前の部下が耐えてきていた痛み。
たぁーっぷり味あわせてやんよ……♡」
狂ったように、楽しそうな声でそう言い放った碧桐は、次の瞬間。
「んなっ、消えッ…!?」
「此処だよ。ばぁーか」
凄まじい速度で移動し、久豆の背後に立っていた。
その後、倉庫には久豆の断末魔が響き渡った。
翌朝倉庫に残っていたのは…
大量の血飛沫と、久豆のものとみられる髪の毛数本のみ。
その後、久豆は連絡が取れなくなった。
〚碧桐side〛
『任務完了しました。詳しい報告は先程データで送りました』
『あぁ、確認したよ。ところで碧桐。スナックの人にはちゃんと挨拶したか?』
『えぇ、』
あの後俺は、スナックに手紙とこの3週間で頂いたお給料と酒代が入った封筒を置いてきた。
『お前、手紙に碧桐って書いてないだろうな?』
『…あ、』
やっべ…差出人のところ碧桐って書いた気がする…
んまっ!なんとかなるっしょ!
『はぁー……ったく、最後の最後でヘマしやがって』
『まぁまぁ。正体はバレませんよw』
『それはさておき、お前。また血飛沫の処理忘れたな?』
『……あ゙ぁ゙っ!?!?』
『ったく…お前ってやつは本当に…』
『まぁ、でも。今回も流石だったぜ。碧桐』
『ふふっw…えぇ、』
これは、他人の事を誰よりも思いやれて、どんな任務もこなす、冷たい一人のスパイの物語。
「あれ?ここどこだ?ったく、Go◯gle先生も役に立たねーなぁ?」
一つ訂正しよう。
これは、とてつもなくアホでドジでバカな、スパイの物語である。