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ひまわりの向こう側
いまごろ親父、電車乗ってんのかなー…。
今日の朝イチ、かーちゃんがオレを起こしてくれた時、
オレはまっすぐげんかんへと向かった。
いつもの家なのに、その時はうんとひろく思えて、しずかだった。
鳥のさえずりがチリチリなって、空はきれいな白色だった。
「じゃあ、元気でいろよ、アキ。」
そう言って親父はでっかい手を、オレの頭におしあて、わしゃわしゃとかいた。
「うん。オレ、チョー元気でいるから。」
そうか、と親父は笑って、体をゆっくり後ろに引きずっていた。
じゃあね、というと、おう、と親父は答えたけれど、
いつもより足はゆっくりで、なかなかすすんでいるようには見えなかった。
だけどオレは背中をおすように、ビシッと敬礼をした。
すると親父は、それよりも力強く、ズバッと敬礼を返してくれた。
親父の目の中はうるんでいた。
親父はそれから、ふり返ることもなくすすんでいった。
走るようにしてオレももどり、朝メシをかきこんだ。
その時はたしか、まだ5時をさしていた。
「かーちゃん、行ってくる。」
朝メシを食べ終え、虫とりあみとバケツ、そして水筒を持ち、ぼうしをかぶって、
いわばわんぱくこぞうのすがたのオレは、ふと何かをしようと出向こうとしていた。
「どこ行くん?いつ帰ってくる?」
「あっこの川。夕方までには帰ってくるわ。」
あの川____。それは、夏休みが始まってからすぐ、トウヤとナツと遊んだ場所だ。
もしかしたら、と思って、オレは行くことにしたのだ。
「わかった。いってらっしゃい。」
「うーす。」
げんかんからオレはとび出すように向かい、しゃりしゃり鳴いてるセミの暑さも気にしないほどだった。
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着いた先には、トウヤたちはいなかった。
まぁべつに、いなくてもしょーがないけど。
とりあえず、持って来たバケツの中に水を入れたりして、ひまをつぶした。イミはないけど。
それでも、トウヤたちは来なかった。まぁ、知ってたけど。
だけど、オレの中でなにかをハッと思い出す。
「はーっ!まんじゅう美味かったー!」
夏休みの初日、オレたちはトウヤのくれたまんじゅうを食べていた。
「トウヤー!マジでありがとな!」
ナツはそういい、トウヤにだきつき、頭をなでていた。
トウヤはてれくさそうにやめろと言っていたが、
オレも面白がって、
「トウヤ!オレからもありがとー!」
と言いながら、トウヤにかたをよせた。
するととつぜんナツは言ったのだ。
「そうだ、今度魚獲らね?オレいい場所知ってるし。」
あまりにいきなりだったので、トウヤも思わず、いきなりだなと言っていた。
「てか魚とるってもさ、どこでとるんだよ。」
トウヤはナツにそう聞いた。するとナツは、
「この川の上流。…つまりあの山だな。」
そう言ってナツは、あの川がのびている先の、近くの山を指さした。
見るかぎり、なだらかな坂を持っていた。
「あそこかー、じゃあ次はそこだな。」
「だな。」
そう言って、いつのまにか遊ぶ場所が決まっていた。
オレは思わず、目の中から光が出てくるのを感じた。
どんな大物がとれるのかなぁ…?
そう思っていると、ナツとアキが言って来た。
「「アキ、目がかがやいてんぞ。」」
たがいにクスッと笑い合った。
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「きっとトウヤたちは、あの山にいるんだ…!」
バケツの中の水をバシャっともどし、にもつを持ち、オレは山を目指すことにした。
白い空の下。にあわないセミの鳴き声がいつもよりひびいている。
あの山につながる道をたどって、オレはただ1人、歩き出した。
コンクリートでほそうされた道は歩きやすくて、コツコツと音を鳴らせた。
たまに道のわきにより、草をサクサクふみつけたりして、オレは向かった。
きっとトウヤたちに会える。そう思いこんで歩き続けた。
山に近づくほど、しだいにほそうはなくなって、土の道になっていた。
ジャクジャクと石ころをけとばし、木々の葉っぱにはだがすこしこすれる。
とても歩きづらくて、つかれたけど、オレは坂を登った。
そんなに道のりは長くなかったのに、ついたころには息が切れていた。
ふと見た空は、白くにごっていて、きたなくなっていた。
水の中に虫とりあみを入れ、ぎょえいをすくう。
なかなかの大きさの魚。これはトウヤおどろくだろうな。
真っ先にオレは、大物をとろうとフントウしていた。
ぜったい、でけぇ魚をとって、トウヤとナツをぎゃふんと言わすんだ。
たくさんとれば、きっとオレはほめられるはず……!
たまジャリの上で、オレは手のひらサイズの魚をとりつづけた。
バケツの中には、4、5匹ほど入っていた。
「ふぅーっ、これは大漁だー…。」
ふとひと息をついた時、なんだかしけったような、じめっとした空気を感じた。
「まだまだとるぞー!」
でもそんなことは気にしてられないから、オレは魚をとり続けようとした。
だけどふとしたひょうしにバケツをけってしまい、バケツはひっくり返り、流されてしまった。
「あーっ!」
バケツはどんどん流れてゆく…
「まずいっ…!」
オレはバケツを追いかけて、手をのばした。
「あっ…!」
だけど足場が悪かったのか、オレは川にバシャンと落ちてしまった。
だけど、思ったより浅く、流れはゆるやかだった。
立ち上がった時には、服はびしょびしょで、かみもぬれてしまった。
だけどオレには関係なかった。魚が心配だ。
「あっ…、魚が…。」
やっぱり、さっきのショウゲキで魚を全てにがしてしまった。
「またイチからかぁー…。」
そう思い、オレはまた虫とりあみを川の中に入れた。
さっきよりも流れが早く感じた。
すると突然、雨がふって来た。
「あーっ、サイアク…。」
雨はシトシトからザァーっと音を立てて、だんだん強くなっていった。
服はいっそうぬれて、重くなっていた。
「でも、オレもぬれてるし…関係ないねー!」
いきようようとあみを川に入れたその時…。
オレは完全に体を持っていかれ、川の中にひきずりこまれてしまった。
息ができない。
上がろうとしても、ただ逆にしぶきが上がり、しずんでしまう。
なみだが出ているはずなのに、くるしくてそれどころじゃなかった。
ゴポゴポ…そんな音がただ聞こえるだけだった。
---
「ごめんください、アキくんいますか?」
あそこの川に行った時、ぼくとナツは、アキをさがした。
だけどそこにはいなくて、今、アキの家の前にいる。
「アキなら、出かけましたよ。たしかあそこの川に。」
「えぇっ?あそこにはアキいなかったよな?」
「あら?そうなの?」
「まーどうせアキのことだし、だかしやでもいったんじゃねーの?」
ぼくがそういうと、ナツはいきなり形相を変えて、こう言った。
「いや、今すぐ探すぞ。」
せっぱつまったような声でいきなり言われ、ぼくは少しこわくなった。
「天気も悪いし…怖いわね…。アキ、大丈夫かしら…?」
アキのお母さんは、心配そうに空模様をうかがっていた。
だけどそんなことも気にせず、ナツはぼくのうでをひっぱって、なぜかあの山に向かっていた。
「おいナツ、なんであの山に向かってんだよ。」
「忘れたのか?前話したじゃねーか。次はあそこで遊ぼうってさ。」
はっと思い出した。
「もしかして…。」
「先にいるかもってことだ。今は雨も降って来てる。そんな中で川にいたらどうだ?」
「増水して…危ないな…。」
「だろ!?だから早くいかねぇと、アキが死んじまうかも知れねぇんだ…。」
山のでこぼこ道をものともせず、ナツはかけあがってゆく。
だけど…、だけど、あまりにも大げさな気がする。
そんな気持ちもあったが、それはイッシュンで消えた。
ナツの顔は、いつにも増して力強く、雨の中でもわかるほどあせをかいていた。
「うぁっ!?」
いきなり、坂道を登るとちゅうの石ころに足が引っかかり、転んでしまった。
すねの皮がはげて、あかくなって、ひざも血がこくにじんでいた。
「あっ…ナツっ…!まって…!」
そんなぼくの声も気にせず、ナツは消えてしまった。
「いってぇ…。」
受け身をとった手のひらも、地面とこすれたせいで皮がはげて、真っ赤に染まっていた。
ぼくは、どうすることもできず、ただ待っていた。
---
「アキっ…!アキ…!」
バケツの中の水をひっくり返したような雨の中、オレはアキを探していた。
いつもは静かな川…。だけど今は、灰色の空の中で、ただげきりゅうに似た勢いを持った川になっていた。
そんな川の河川敷に、誰かのバケツが引っかかっていた。
中には何も入っていなかったが、かろうじて水をせきとめていた。
すると、どこかで虫とりあみが引っかかっているのを見つけた。
「もしかして…。」
オレは川に飛び込み、虫とりあみの下をさわった。
げきりゅうのせいで目は開けられなかったが、すぐに人だとわかった。
力づくで持ち上げ、なんとか川から引きずり出した。
アキだった。
赤毛をびたりと玉じゃりにつけ、ぜぇーぜぇーと息を上げていた。
「おぃ…アキ…!」
呼びかけると、アキはこちらを見た。
「この…このクソバカッ…!!」
思いっきり悪口をいった。するとアキはこう言った。
「ナツ…ありがとう…。」
無性に腹が立って、オレは思いっきり言いたいことをぶつけた。
「テメェ…なんだよありがとうって!?ふざけんなよ!?死ぬとこだったんだぞっ…!?この大馬鹿野郎が…!こんな天気の中川に行くなよ…!!もぅっ…まじでさ…。」
ドカドカと降る雨の中で、オレはウッてなって、アキをぎゅっと抱きしめた。
アキはずっとごめんとつぶやいていた。
川があふれる前に、オレはアキを引きずって、家に送ることにした。
途中、トウヤが、何かハッとした顔をしたが、何も言っては来なかった。
アキはちゃんと温かかった。
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「こんっの大馬鹿ッ!!雨の中で川で遊ぶやつがどこにいるものですか!」
ぼくは、ナツといっしょにアキを家まで送って、アキを受け渡した。
ぬれたままでは風邪をひくと、アキのお母さんに言われ、風呂を貸してもらった。
そして風呂から上がった時、アキはケガを治されながらこっぴどくしかられていた。
アキはぼたぼたないて、ただ下を見ていた。
「ほんまありがとねぇ、アキを助けてくれて…。」
「いえ…。ただオレ…いや、オレたちの友だちなので、当たり前ですよ。」
「まぁっ、アキ、あんたいい友だち持ったね。」
ナツはちょっと照れくさそうに、かぁっとほを赤くそめた。
「ささっ、雨が止むまでゆっくりするといいよ。」
ぼくたちは、アキの家でしばらくゆっくりすることにした。
「あ、そうだ、トウヤくん。今日うち泊まるか?」
アキのお母さんさんは、いきなりそう言って来た。
アキのとっぱつ的なところは、お母さんゆずりなのかも知れないとふと思った。
「うーん、泊まろうかな。」
「それやったら、親御さんに連絡するわ。そうだ、ナツくんも泊まるかい?」
ナツはこう言った。
「はい、てか是非、泊まりたいっす。」
「わかった。じゃあ電話番号教えて…。」
「…あ、ごめんなさい、うち電話なくて…。」
「…あぁそうなん?てか大丈夫か?心配かけるんちゃうん?」
「大丈夫っす、うちの親、共働きなので…。」
「そう、それならええけど…。」
何気に、ナツと泊まることは初めてかも知れない。
だけど、今のご時世電話もないとなると、やっぱりナツは不思議だと思うようになった。
とりあえず、ソファーのうえでブランケットにくるまっているアキのとなりにいった。
ところどころ、ばんそうこうがはってあった。
「…ぅうぅ…トウヤぁ…。」
弱々しい声で、アキはぼくに言った。
「アキが弱ってる。めずらしいなぁ。」
「面白がるな…!」
青白い顔だったが、今もアキはケンザイだった。
しばらくして、ナツもアキのとなりにすわってきた。
アキはだんだん暖かくなっていった。
「わっ、スゲーッ!中に人がいる!」
ナツはコウフンしたようにカラーテレビを見つめ、指をさしていた。
「ほらほらっ、スゲー動いてる!」
そんなナツがおかしくて、オレとトウヤは思わず笑ってしまった。
ナツは、きょとんとしていた。
「お前らはすごいとおもわねーの?」
「すごいけど。見なれたってゆーか…。」
トウヤがそういうと、ナツはこう言った。
「やっぱ、慣れが一番こえーんだなー。」
そう言い、ナツはまた変わらず、コウフンした様子でテレビを見た。
いたってオレもレイセイをギリギリ保っている。
だって…
オレもオレんちのテレビを初めて見るから……。