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第2話:偽りの庭園
--- あれから数日 ---
ファントムから送られてきた住所は、街の郊外にある広大な敷地だった。高い塀に囲まれたその場所は、まるで別世界のようだ。雷牙を先頭に、4人は重厚な鉄門を押し開けた。
門の向こうに広がっていたのは、手入れの行き届いた、息をのむほど美しい庭園だった。色とりどりの花が咲き乱れ、中央には小さな噴水がある。彼らがこれまで生きてきた埃っぽい世界とはあまりにも違いすぎた。
「マジかよ……」
雷牙が呟く。
「入って」
振り返ると、そこにファントムが立っていた。年齢不詳、全身黒ずくめのスーツを着ているが、その顔は深い影に覆われて見えない。だが、その声は昨晩電話で聞いた、あの奇妙なほど穏やかな声だった。
「ようこそ、私の庭園へ」
ファントムは手招きをする。
「君たちの部屋を用意してある」
案内された洋館の中は、外観以上に豪華絢爛だった。大理石の床、高価そうな調度品、そして、望むものが全て揃っていた。ゲーム機、ブランド物の服、高級な食事。彼らがこれまで写真やテレビでしか見たことのないものが、そこには当たり前のように並んでいた。
「ここは……天国か?」
仄が震える声で尋ねる。
「ここは君たちの居場所だ」
ファントムは答える。
「社会は君たちを拒絶した。だが、私は違う。ここでは、君たちは誰にも邪魔されず、望む限りの快楽を享受できる。ルールは一つ。私からの連絡があるまで、ここから出てはならない」
ファントムはそれだけを言い残し、姿を消した。
残された4人は、恐る恐る、提供された「楽園」での生活を始めた。最初は警戒していたものの、目の前にある贅沢な生活は、これまでの孤独で貧しい日々とは比べ物にならなかった。
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「うっま……!」
雷牙は、テーブルに並べられた見たこともないような肉料理に目を輝かせる。
「これ、私が欲しかった最新のパソコンだわ」
玲華は早速、高性能なマシンに向かっていた。
仄と白藍は、静かな図書室で本を読んでいた。
「すごいね、白藍くん」
仄が笑みを浮かべる。「本当に何でもあるんだ」
「ああ。悪くない場所だ」
白藍は穏やかに答える。
彼らにとって、この場所は夢のような時間だった。社会の冷たさも、過去の罪悪感も、ここには存在しない。あるのは自分たち4人と、満たされる欲望だけ。この幸福な日々は、彼らの中にあった人間らしさを少しずつ呼び覚ますようだった。特に、お互いの存在は大きかった。この世で唯一、お互いの闇を知りながらも受け入れ合うことができる存在。彼らは、生まれて初めて「本当の居場所」を見つけたと思っていた。
4人はそれぞれ自室で眠りについた。
--- 数日---
仄が目を覚ますと、そこは埃っぽい、見慣れたアパートの自室だった。体が重い。慌てて飛び起き、鏡を見る。いつもの、疲れた顔がそこにあった。
「夢……だったの?」
慌ててスマートフォンを確認する。白藍からのメッセージが届いていた。
『僕も元の場所に戻されたらしい洋館にはもう入れない』
雷牙と玲華からも同様の連絡が入る。彼らは呆然とした。
その時、ファントムから一斉送信のメッセージが届く。
『あれは夢ではない。楽園は存在する。そして、永遠にそこに戻るための方法も存在する』
メッセージには、一つの音声ファイルが添付されていた。再生すると、ファントムの抑揚のない声が響く。
『この楽園に永遠に戻りたければ、私からの使命を果たせ。君たちにはその”才能“がある。今日から、君たちは私の駒だ。最初のターゲットの情報は、追って送信する』
彼らは、望む限りの快楽を知ってしまった。一度手に入れた天国を、手放したくはなかった。
4人は、再びあの洋館へ戻ることを狂信的に信じ込んだ。あの楽園こそが、自分たちがいるべき場所だと。
仄は、鏡の中の自分を見つめ、感情を殺した。
(戻るためなら、なんだってやるさ)
彼女の目に、もはや迷いはなかった。彼ら4人は、偽りの天国への帰還を条件に、自らの人間性を手放し、裏社会の闇へと足を踏み入れた。
🔚