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〖嫌な因縁は惹かれ逢う〗
少々年季が入りつつも、どこか人を寄せつける不思議な雰囲気のお洒落な喫茶店。
からんと鐘の鳴る扉を閉じて、周囲を見渡す。一つのテーブル席に一人の女性と二人の男性が座っていた。その中の男性の一人は見知ったも同然、日村修である。
そのテーブル席へ足を進め、日村の知人だろうか。黒髪に端正な顔立ちをした女性、その隣に黒い髪はボサボサだが、決して不潔ではなく眉目秀麗な顔立ちをした男性がいた。
二人はラフな格好だが、何となく近寄りがたい雰囲気だった。
「...日村さん、そちらのお二人は?」
「ああ、|鴻ノ池詩音《こうのいけしおん》と|桐山亮《きりやまあきら》だよ。二人とも...」
そう言いかけた辺りで、女性が即座に口を開く。
「日村さん」
「あ~...悪いね、気にしないでくれ」
「は、はぁ...」
鴻ノ池詩音。先程の女性だろう...しかし、桐山亮...どこかで、聞いたような?
「...僕は和戸涼です、よろしくお願いします」
「「よろしくお願いします」」
二人の挨拶が被る。そして、少し気まずそうにして、先に鴻ノ池が桐山へ発言を譲った。
「どうも...。あの、和戸涼さんですよね?◆大学の時の...ああ、僕、桐山亮です。その、あの節は大丈夫でしたか?」
「あの節?何故、こちらの出身大学をご存じなんですか?」
「あ、えっと...その|宮本亜里沙《みやもとありさ》って女性、覚えてますか?」
宮本亜里沙。元カノだ。
「...その、宮本さんとどのようなご関係で?」
「あ~...その、何て言うか...」
少し横に目をやって、髪をかく。ああ、コイツなんだな。あの女がくっついたのって。
古い記憶の中で亜里沙が親しそうに電話で話す“亮くん”との会話が鮮明に甦った。
「だいたい、分かりました。それで?」
「えっ、いえいえいえ!違います!そうじゃないんです!僕も“元”なんです!」
「......は?」
その言葉を聞いて、頭が混乱しないはずがなかった。
「親密な友人に会って、話をするのは良いがそろそろ良いかい?」
その一言が一気に現象へ引き戻した。
夢から醒めたように声の主へ目をやると、不機嫌そうに頬を手で支える日村の姿があった。
桐山もそれに気づいたのか、「また後日、お話しますね」と言った。
そこで鴻ノ池がよく通る声で挨拶をする。
「鴻ノ池詩音です。よろしくお願いします、和戸さん」
「ああ、よろしくお願いします...」
そして、日村に向き直る。
「それで、日村さん。《《貴重なご意見》》をお聞きしてもよろしいですか?」
「う~ん...君の《《一つの物語》》の詳細をくれたらなぁ...」
「あら、用意していないとでも?」
「おや、してないように見えたけどね」
「失敬。では、メールにて《《一つの物語》》の一話を載せておきますね」
「ああ、助かるよ。なら私も《《私なりの意見》》を答えよう...あまり、期待しないでほしいがね」
「珍しいですね」
「情報がないのだから、しょうがない。それとも、涼くんの《《瞳の記憶》》でも提供しようか?」
「結構です。それでは、楽しみにしておきます。桐山、帰りますよ」
「あっ...はい!」
すっと立ち上がった鴻ノ池に対し、桐山が慌ただしく席を離れていく。
その二人と入れ替わるように一人の女性アルバイトが注文を取りに来た。
「...あ」
そんな掠れたような声の言葉が女性アルバイトから放たれる。
「涼くん、どうした?」
日村は二人の退出を見た後、メニューを見ていただけだった為、心配するような声を挙げている。
俺はと言えばその女性アルバイトの顔を見て、口をぽかんと開けていた。
女性は紛れもなく、宮本亜里沙だったからだ。