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遺書
私はただ、死にたかっただけなんだ。私は天界も親とそう変わらないのだと常々感じる。「モブ死ね」「
クソ陰キャ」神様は殺人鬼じゃないか。いろんな手段で人を追い詰めて殺してしまうなんて。小さい頃から不幸と常に隣り合わせの人生だった。神様だって天国じゃなく地獄に行くべき。私達は神様の道具じゃない――と信じていたい。日に日にエスカレートしていく嫌がらせも絶対に誰にも相談することはしなかった。ネットの中では私は偉人になることができた。「あらあら、そんなに急いで食べなくてもいいのよ。だぁれも取らないからゆっくり食べなさい。」「そうだぞ。ママの料理をもっと味わったほうが良いぞ。」「…うん…!ほんとに…ほんとに美味しいよ。」私に向けられる笑顔は時偶恐ろしく感じるようになってしまった。通報することは絶対にできないけど誰かに話を聞いてもらうことはできる。偉人にだってなれるのだから私が生きている意味、存在証明が出来た。少しでも機嫌を損ねると殴られ、ビンタされ、首を絞められ、思い切り髪を引っ張る。そうだとするのならどこでその愛は捨てられたのだろう。どうして捨てられてしまったのだろう。その大小として私は親のストレス発散道具となる事を余儀なくされた。神様は信じないくせにクリスマスは絶対に祝った。「物はいらないから、温かい家族をください」と叶うはずもない願いを毎年毎年いい続けた。都合よく神様を使った。みんなが学校に行きたくないのは家にいたいいから。なんて、贅沢なのだろう。それでも死にたいだなんて思ったことは一度もない。耐えられない暴力も私は恵まれている、私は恵まれているんだと毎日自分を言い聞かせて洗脳させた。ネットでは毎日のように「もう死にたい。」「生きるのが辛い」「死んだら楽になれる」とつぶやく人は一時間に一回は居た。誰もが待ちわび、誰もが恐れる死についてもっと知りたくなってしまう自分をなんとか抑えた。どのみち、この家で死について触れるのはタブーだ。パチンコして働かず育児放棄、人生をかなり謳歌している両親に憎しみが湧いた。私が今日を生きた証拠を誰かの思い出として生き続けたい。そんなふうに思ってる矢先、私は神様を信じることになった。「凰華…あなたが出なさい。私達は何も悪いことはしていないのだから堂々と話してくるのよ。」嘘をつけ。子供への暴力は虐待であって立派な犯罪だ。「あの、警察の方ですよね…?うちに何か用ですか…?」「ああ、ここの娘さん…佐藤凰華ちゃんかな?」「はい…そうですけど…」「隣の町田さんという方から話を聞いてね、今お母さんはいるかな?」「お母さんは居ません。」「そうなんだ。じゃあお父さんはいるかな。」「お父さんは居ません。」「どうして?」「仕事です。」「帰ってくる時間は知ってる?」「知りません。」「ご飯とかはどうするの?」「お母さんが作ってくれたご飯を食べます。」「なにかお家で困ってることとかはない?」「ありません。」「じゃあその腕と足の傷はどうしたのかな。髪も所々ごっそり抜けてるっぽいけど。」「この傷は学校で怪我したやつです。髪は昔患った病気でそこが治ってないだけです。もういいですか。いい加減しつこいです。帰ってください。」「そういうわけにも行かないんだよな。君はきっとお母さん火お父さんに虐待されてるだろう。きっと仕事なんて嘘で今もインターホン越しに僕たちの会話を聞いてるんじゃないかな。」「違います。親は居ません。仕事です。虐待なんてされるわけが有りません。」「ちょっと家の中失礼させていただくよ。」「ちょっとやめてください!」「この紙がなんだか知ってるかい。君の家を本人の許可なしに探ってもいいという許可証だ。法律で認められてるんだよ。だから君に拒否権はない。」「でも…!」「もういいわ。この役立たず。」「お、お母様…!」「お前が佐藤利奈だな。旦那の佐藤理貴はどうした。」「すぐに来ますよ。あーあ、全部凰華のせい。最初から私が行けばよかった。最期までクソガキね」「逮捕状が出ている。お前だけじゃない。お前の旦那もだ。」「げ、俺もかよ。」「当然でしょ。あのときあんたがちゃんと避妊しないからこういう事になったのよ。」「お母様…お父様…ごめんなさい…」「あんたのお母様になったつもりはない。せいぜいここで野垂れ死ぬのね。」「凰華さんはこちらで保護します。」「だって。良かったじゃない。町田のクソババアに感謝しなさいよ。」両親は暴行罪で逮捕された。偶に出る優しさはもうなくなった。唯一の愛をくれる人を失った。初めて強く死にたいと思った。願った。「凰華ちゃん、これまでよく頑張ってきたわね。でも、もう大丈夫。警察の方が保護して新しいお母さんもお父さんも見つかるからね。」太い腕で私の体を抱きしめたマチダにはただ憎しみを向けることしか出来なかった。リアルではもう私の居場所
私はただ、死にたかっただけなんだ。
小さい頃から不幸と常に隣り合わせの人生だった。
親には、恵まれなかった。高齢の祖母をつきっきりで介護した。感謝はされなかった。
親の感謝も、私は一度も聞いたことがない。充分な食事も与えられなかった。
痩せ細っていく私を見ても両親は何もしてくれなかった。
「気持ち悪いカラダね。」
と罵ることだけは毎日のルーティーンのように口にした。
学校でも私は不幸だった。
もちろんガリガリに痩せた私のカラダをバカにしてくる人が居た。
すれ違いざまに「モブ死ね」「クソ陰キャ」と言ってくる人も居た。
日に日にエスカレートしていく嫌がらせも絶対に誰にも相談することはしなかった。
きっと私は可哀想なアニメの主人公のように誰からも見放される、つまり相談なんかしても事を荒らげたくないと話を聞くだけ聞いて、いや聞きもせずスルーされると知っていたから。
誰かを信頼して、その分愛される人生を送りたかった。
リアルで居場所がない私は逃げるようにネットの世界へのめり込んだ。
そこには私を肯定してくれる人が居た。
私の妄想を「面白い」「この話、私大好き」と言ってくれた。
ネットの中では私は偉人になることができた。
学校に行かなくなっても親は何も言わなかった。というかパチンコ三昧で私の存在などどうでもよかったのだろう。私はパチンコは否定しなかった。
パチンコがうまく行かなかったときは私にまで八つ当たりされるけど大成功すると大量の食材を買ってきてこの世のものとは思えないほど美味しい料理を作ってくれる。
「あらあら、そんなに急いで食べなくてもいいのよ。だぁれも取らないからゆっくり食べなさい。」
「そうだぞ。ママの料理をもっと味わったほうが良いぞ。」
「…うん…!ほんとに…ほんとに美味しいよ。」
私に向けられる笑顔は時偶恐ろしく感じるようになってしまった。
この笑顔の裏に一体何を隠しているのだろう。この家では決して調子に乗ることは出来なかった。
今日、機嫌が良かったからと言って明日機嫌がいいわけじゃない。
少しでも機嫌を損ねると殴られ、ビンタされ、首を絞められ、思い切り髪を引っ張る。
機嫌を損ねると言ってもかすかな足音を立てた、母より先に風呂に入ってしまったなどきっと小さな事。それでも私の家では禁止事項だった。
私が生まれたときは、どんなんだったんだろう。赤ちゃんなんてきっと育てるのに手間がかかって「産んでしまったから」という責任だけじゃ育てられない。たった1%でも愛が無いと。
そうだとするのならどこでその愛は捨てられたのだろう。どうして捨てられてしまったのだろう。
辛いことが合っても私は両の手を合わせることはしない。決して。
それをするのはこの世に神様がいると思っている人たちだけの特権なのだ。
もし、もし神様が居たら不幸な世界は生まれないはずだ。
飢餓に苦しむ子、親から虐待されてる子、いじめられている子、才能がない子。それによって自殺する子だっている。神様は殺人鬼じゃないか。いろんな手段で人を追い詰めて殺してしまうなんて。
だったら神様だって天国じゃなく地獄に行くべき。私達は神様の道具じゃない――と信じていたい。
だから手を合わせることもない。私は天界も親とそう変わらないのだと常々感じる。
こんな毎日でも一つ救いだと感じるのはネット環境を与えてくれたことだ。
それさえあればどんなことだってできる。通報することは絶対にできないけど誰かに話を聞いてもらうことはできる。偉人にだってなれるのだから私が生きている意味、存在証明が出来た。
私が紡ぐ文字に救われる人もいるんじゃないかと思いを馳せる毎日を過ごしていた。
「勉強しなさい」も「ゲームを辞めなさい」も一度も言われたことはない。その大小として私は親のストレス発散道具となる事を余儀なくされた。ネチネチ文句を言われるかわりに暴行をされないのなら喜んでそっちを選ぼう。痛いも辛いも悲しいもやめてほしいも全部飲み込んだ。
お腹が空いても、殴られた傷が疼いても、私は決して口に出すことはなかった。
愛がほしい。家族の温かみがほしい。神様は信じないくせにクリスマスは絶対に祝った。
「物はいらないから、温かい家族をください」と叶うはずもない願いを毎年毎年いい続けた。
親にバレないように枕の下に願い事を書いて毎日寝てる。喉から手が出るほど欲しかった。
サンタは親なのだと気づいてもそれは続けた。都合よく神様を使った。
みんなが学校に行きたくないのは家にいたいいから。なんて、贅沢なのだろう。
私は学校にも行けないというのに。家にだって場所はないけど亡霊のように生きていれば怒られることはなかったから仕方なく引きこもった。それでも死にたいだなんて思ったことは一度もない。
学校入ってなくても人並みに、勉強はできたし叶えたい夢だってそれなりにあった。
本当に辛くなったら警察に行って保護してもらおうとも強い意志が合ったから。
耐えられない暴力も私は恵まれている、私は恵まれているんだと毎日自分を言い聞かせて洗脳させた。
それに死んでしまったら私を不幸にさせた人たちに復讐ができない。それだけはしたくなかった。悔しかった。それでも私に甘い誘惑は合った。ネットでは毎日のように「もう死にたい。」「生きるのが辛い」「死んだら楽になれる」とつぶやく人は一時間に一回は居た。誰もが待ちわび、誰もが恐れる死についてもっと知りたくなってしまう自分をなんとか抑えた。私が親に死にたいなどと言ったらどんな反応をするのだろう。引き止めてくれるかな、それとも冗談だと思ってスルーかな。バカにするなと怒られ殴られるのかな。私はどれも嫌だと思った。引き止めるのキモいしスルーはつまんないし、殴られたくはなかった。どのみち、この家で死について触れるのはタブーだ。パチンコして働かず育児放棄、人生をかなり謳歌している両親に憎しみが湧いた。私にきょうだいが出来たらどんなに幸せだろう。こんな苦しみは一人だから辛いのだ。一緒の境遇で一緒に乗り越えようなんて言ってみたい。誰かを守りたい、誰かに守られたい。何よりも私が今日を生きた証拠を誰かの思い出として生き続けたい。
そんなふうに思ってる矢先、私は神様を信じることになった。
ピンポン
短く軽快な音がその時に家に居た全員の耳を揺らした。誰も、応答はしなかった。
インターホン越しに来客を眺めた。誰が見ても警察だと分かる格好をした男が神妙な顔つきで玄関を見つめていた。
「あなた、通報したんじゃないでしょうね。」
「するわけがないだろう…第一、お前を通報して何の利点がある。」
「凰華…通報したんじゃないでしょうね。」
「違います。お母様。私では有りません。なんなら私の履歴を見てください。私がもしお母様を通報したのならどこかに通報した証拠が残っているはずです。」
「隣の町田とかいうばばあじゃないか?」「そうね。凰華は私達の子だもの。そんな姑息な真似はしない。」
本当に私じゃなかった。私の身は潔白だから落ち着いて対応することが出来た。
そんなふうに思ってる矢先、私は神様を信じることになった。
「凰華…あなたが出なさい。私達は何も悪いことはしていないのだから堂々と話してくるのよ。」
嘘をつけ。子供への暴力は虐待であって立派な犯罪だ。こんな事を口には出せず
「…はい。」
と返答することしか出来なかった。
「あの、警察の方ですよね…?うちに何か用ですか…?」
「ああ、ここの娘さん…佐藤凰華ちゃんかな?」
「はい…そうですけど…」
「隣の町田さんという方から話を聞いてね、今お母さんはいるかな?」
「お母さんは居ません。」
「そうなんだ。じゃあお父さんはいるかな。」
「お父さんは居ません。」
「どうして?」
「仕事です。」
「帰ってくる時間は知ってる?」
「知りません。」
「ご飯とかはどうするの?」
「お母さんが作ってくれたご飯を食べます。」
「なにかお家で困ってることとかはない?」
「ありません。」
「じゃあその腕と足の傷はどうしたのかな。髪も所々ごっそり抜けてるっぽいけど。」
「この傷は学校で怪我したやつです。髪は昔患った病気でそこが治ってないだけです。
もういいですか。いい加減しつこいです。帰ってください。」
「そういうわけにも行かないんだよな。君はきっとお母さんかお父さんに虐待されてるだろう。
きっと仕事なんて嘘で今もインターホン越しに僕たちの会話を聞いてるんじゃないかな。」
「違います。親は居ません。仕事です。虐待なんてされるわけが有りません。」
「ちょっと家の中失礼させていただくよ。」
「ちょっとやめてください!」
「この紙がなんだか知ってるかい。君の家を本人の許可なしに探ってもいいという許可証だ。
法律で認められてるんだよ。だから君に拒否権はない。」
「でも…!」
「もういいわ。この役立たず。」
「お、お母様…!」
「お前が佐藤利奈だな。旦那の佐藤理貴はどうした。」
「すぐに来ますよ。あーあ、全部凰華のせい。最初から私が行けばよかった。最期までクソガキね」
「逮捕状が出ている。お前だけじゃない。お前の旦那もだ。」
「げ、俺もかよ。」「当然でしょ。あのときあんたがちゃんと避妊しないからこういう事になったのよ。」
「お母様…お父様…ごめんなさい…」
「あんたのお母様になったつもりはない。せいぜいここで野垂れ死ぬのね。」
「凰華さんはこちらで保護します。」
「だって。良かったじゃない。町田のクソババアに感謝しなさいよ。」
両親は暴行罪で逮捕された。偶に出る優しさはもうなくなった。唯一の愛をくれる人を失った。
これを望んでいたはずなのに、私は町田のおばさんを殺したくなった。
別々のパトカーに連行される両親を見て虚無感に襲われた。初めて強く死にたいと思った。願った。
二人共糸のような細い目を釣らせて私と隣の町田おばさんの家を睨みつけていた。
私がこれからどうなるかも怖かったしもし無罪だったら私にどんな報復が返ってくるかわからない。
「凰華ちゃん、これまでよく頑張ってきたわね。でも、もう大丈夫。警察の方が保護して新しいお母さんもお父さんも見つかるからね。」
太い腕で私の体を抱きしめたマチダにはただ憎しみを向けることしか出来なかった。
警察が言ったように私は保護施設(孤児院)に入れられた。同じような境遇の子がいて新入りの私にみんなが優しくしてくれた。特にキラちゃんは毎日のように心を閉ざした私に声をかけてくれた。
「オウカちゃんも一緒に遊ぼうよ!」「オウカちゃんこれ食べる?」「オウカちゃんどんな曲聞くの?」
リアルではもう私の居場所はない。そう思っていたのにそれを否定するように私にヒカリを届けてくれた。引き取られてからの生活は結構楽しかった。朝早く起きる私は施設の中でみんなを起こす仕事を任された。ただ、「任される」事は少しだけ怖かった。私に仕事を与えるということはそれに責任が生じる。私が失敗したら施設の人はどんな顔をするだろう。
『もういいわ。この役立たず。』
『お、お母様…!』
『あーあ、全部凰華のせい。最初から私が行けばよかった。最期までクソガキね』
仕事を任されてから失敗が怖くなって一睡もできなかった。昼はみんなと遊ぶし、夜は明日の朝の仕事を思い出して失敗しちゃいけない。だから時間になるまで起きていようなんて思ってしまう。
そんな生活が一週間弱続いた頃、ついに体に限界が来た。
「オウカちゃん、今日元気ないね?どーしたの、?」
「あ…うん…大丈夫だよ。…」
「オウカちゃん!?」
私は倒れた。碌な睡眠もせずだったからそうなってしまうのも当然か。
今日は1日みんなとは遊ばず寝ていることになった。
「凰華さん。体調はどう?大丈夫?」
「はい…迷惑かけてしまって…ごめんなさい。」
「別にいいのよ。私は養護委員だからそういうことは私の専門なの。
ただ、最近凰華さん気負われてる気がするから何か言いたいことあったら言ってね。
今日みたいに倒れたらみんなが悲しいわ。」
「ほんとに…そうでしょうかね…私なんて余所者だから、なんでみんな優しくしてくれるのかわかんないです。私は無愛想だし。」
「…キラちゃん、今日泣いてたわ。凰華さんの不調に気づけず遊びに振り回しちゃったって。
あなた、隈が酷いから寝れてないんじゃないの?私はただの養護委員だからあなたがどんな生活を送ってそれでここに来たかなんて分からない。それでもここに来たら私達の手当を受ける義務があるの。
そして、みんなと関わることの幸せを感じてもらうこともあなたの義務なの。
だからもう少し自分の体を大切にしなさい。ここにあなたを批判する人はいないから。」
きっと前の私なら「綺麗事を吐きやがって」と切り捨てていたと思う。
でも今は違った。なぜだか人の温かさが分かり始めてきたのだ。
それは良いことなのか悪いことなのか区別をつけることは出来なかった。だけど私は反射的に
「はい。」と答えていた。
明日、キラちゃんにありがとうを言わないとなそんな事を考えながら私はまた眠りについた。
---
「みんなに少し寂しいお話があります。
1週間後に悠吾君がこの施設を離れることになりました。
悠吾君とはもう会えないけど残りの1週間楽しみましょう。」
悠吾君とはあまり関わりがなかった。まだ私はキラちゃんとしか話せなかったし少し怖い雰囲気があったから自分から話しかけに行くことはしなかった。
こういう話はたまに聞くようになった。この施設は里親が見つかるまでみんなで暮らすところだから引き取り手が見つかったら否が応でも出ていかないといけない。
引き取り手は施設の人がきちんと調査しているが私は絶対に戻りたくない。
大人が豹変することの怖さを私は誰よりも知っている。信じたらどうなるかということも。
「オウカちゃん!元気になったの!?」
「うん…キラちゃんありがとね…」
「いーえ!また体調戻ったら外で遊ぼうね!」
「うん…そだね。」
キラちゃんみたいな可愛くて素直なことかは普通に引き取り手が見つかるんだろうな。
別れだって早い。比べて私は根暗で、ネガティブで。引き取ったってきっと上手くいかなくなるんだろう。凰華だなんて御大層な名前つけられて完全に名前負けだ。
勉強はできる。だけどそれをどこで発揮するのだ。今の御時世大切なのは人に気に入られることだろう。そう考えると身に染み付いたこの性格も直して上手くやっていかないといけない。
この施設にいると充実した時間を送れる。一人でいると話しかけてくれたり、遊びに誘ってくれる人がいる。それでも夜は一人になる。みんな素直だからはみ出た子が居ないから寝なさいと言われたらちゃんと寝ている。私は妙に目が冷めてしまう。
ここに来るまではネットに入り浸って寝落ちするケースが多かったから決められた時間に寝るというのはまだ慣れることが出来なかった。それに1つの部屋に2人で寝るからまだ緊張してしまう。
ちなみに一緒の部屋になっているのはキラちゃんだけどずっと一人ぼっちで寂しかったらしい。
「オウカちゃん…起きてる?」
二段ベッドの下から声をかけてきたキラちゃんは私が寝ている上に続く壁をコンコンと叩いた。
「…起きてるよ。…ごめん。起こしちゃった?」
「あ、ううん。私ね、実は毎回寝てなくて。オウカちゃんも寝てなさそうだからお話しようと思って。
もしまだ寝ないなら下降りてきてよ。」
「…まだ寝ないよ。いいよ…話そう。」「寒いから毛布持ってきなよ。」
「キラちゃんは…寝れないの?」
「うん。寝れない。前はずっと起きてたから。学校も行かなかったし睡眠時間短い生活送ってたらこんなんなっちゃった。それに寝たらなんだか壊されそうで怖かったの。」
「壊される?」
「あ、私の家の話。お母さんは普通なんだけど深夜に仕事から帰ってくると怒ってるの。
私は寝たフリをしていたんだけどね、一回バレちゃった時私の部屋に上がり込んで目につく物片っ端から投げてってそこで寝ちゃったの。」
「そうなんだ…」
「きちんと寝ないとまたやられる。寝ないと寝ないと寝ないと…そんなふうに思ってたら逆に寝れなくなっちゃって。ここへ来て結構経つけどやっぱりまだ生活習慣は染み付いて取れないね。」
そういって虚しく笑った。
「…私もだよ。」
なんだか返事をしなきゃまた一人になりそうで怖くなってそういった。
「やっぱりオウカちゃんも?ここは優等生ばっかだからちょっと息詰まるんだよね。
新しい子が来たって紹介されて運命かと思った。多分この子と私は仲良くなれるんだろうなって。」
「うん、ほんとに。初めてのオトモダチがキラちゃんでよかった。」
言い慣れていない言葉を使ったせいかカタコトになってしまった言葉を彼女はしっかり汲み取った。
「お友達…そうだね。私達、もう友達だね。」
「…」
「…」
「今日は…キラのベッドで寝ない?」
「…うん。」
1人用のベッドに2人は少し窮屈でお互いに笑った。これが最後の2人だった。
---
死ぬと決めたあの日からかなり年月が経った。
幸せだったけど死にたくないとは思えなかった。誰かに優しくされてもキラちゃんに優しくされても。
私には拭えない悪夢がある。それはべっとり付着ついて消すことが出来ない。
『気持ち悪いカラダね。』
『モブ死ね』『クソ陰キャ』
『あなた、通報したんじゃないでしょうね。』
『するわけがないだろう…第一、お前を通報して何の利点がある。」
『凰華…通報したんじゃないでしょうね。』
『違います。お母様。私では有りません。なんなら私の履歴を見てください。私がもしお母様を通報したのならどこかに通報した証拠が残っているはずです。』
『隣の町田とかいうばばあじゃないか?』
『そうね。凰華は私達の子だもの。そんな姑息な真似はしない。』
『凰華…あなたが出なさい。私達は何も悪いことはしていないのだから堂々と話してくるのよ。』
『…はい。』
『あの、警察の方ですよね…?うちに何か用ですか…?』
『ああ、ここの娘さん…佐藤凰華ちゃんかな?』
『はい…そうですけど…』
『隣の町田さんという方から話を聞いてね、今お母さんはいるかな?』
『お母さんは居ません。』
『そうなんだ。じゃあお父さんはいるかな。』
『お父さんは居ません。』
『どうして?』
『仕事です。」
『帰ってくる時間は知ってる?』
『知りません。』
『ご飯とかはどうするの?』
『お母さんが作ってくれたご飯を食べます。』
『なにかお家で困ってることとかはない?』
『ありません。』
『じゃあその腕と足の傷はどうしたのかな。髪も所々ごっそり抜けてるっぽいけど。』
『この傷は学校で怪我したやつです。髪は昔患った病気でそこが治ってないだけです。
もういいですか。いい加減しつこいです。帰ってください。』
『そういうわけにも行かないんだよな。君はきっとお母さんかお父さんに虐待されてるだろう。
きっと仕事なんて嘘で今もインターホン越しに僕たちの会話を聞いてるんじゃないかな。』
『違います。親は居ません。仕事です。虐待なんてされるわけが有りません。』
『ちょっと家の中失礼させていただくよ。』
『ちょっとやめてください!』
『この紙がなんだか知ってるかい。君の家を本人の許可なしに探ってもいいという許可証だ。
法律で認められてるんだよ。だから君に拒否権はない。』
『でも…!』
『もういいわ。この役立たず。』
『お、お母様…!』
『お前が佐藤利奈だな。旦那の佐藤理貴はどうした。 』
『すぐに来ますよ。あーあ、全部凰華のせい。最初から私が行けばよかった。最期までクソガキね」
『逮捕状が出ている。お前だけじゃない。お前の旦那もだ。』
『げ、俺もかよ。』『当然でしょ。あのときあんたがちゃんと避妊しないからこういう事になったのよ。」
『お母様…お父様…ごめんなさい…』
『あんたのお母様になったつもりはない。せいぜいここで野垂れ死ぬのね。』
『凰華さんはこちらで保護します。』
『だって。良かったじゃない。町田のクソババアに感謝しなさいよ。』
『凰華ちゃん、これまでよく頑張ってきたわね。でも、もう大丈夫。警察の方が保護して新しいお母さんもお父さんも見つかるからね。』
綺麗事は嫌いだ。情けも嫌いだ。私のあの生活に満足していた。それが苦しくても私は良かった。
どんなに心のきれいな人と関わってもそれは変わることはないと知った。
理由はない。だけど死にたい。
最後にお母様、お父様に会いたいなんて思いもあった。私が死んだらもしかしたら迎えに来てくれるかもなんて思いを馳せながら。私の御大層な名前を呼んでくれるかな。
私が死ぬことは周りに迷惑をかけるけど自分勝手は許してほしい。これは私が自分になるための儀式。
キラちゃんと一緒に寝るのも今日の夜で最後だ。別れは言わない。おやすみなさいを言ってそれで終わらせる。そう思ってた夜だった。私はきっとキラちゃんを知ったつもりで居た。
知ろうとは…思わなかった。
「オウカちゃん…下おいで。」「…ん。」
いつものように私の方にキラちゃんが凭れ掛かってお互いウトウトした頃首筋に冷たい何かが当たった。それはいつも温かいキラちゃんの手ではないということしか分からなかった。
「キラね、いつも思うの。死にたいって。でも好きな子がいるからそれは出来なかった。
その子を一人にしておけないし、キラみたいにみんながみんな強いわけじゃない。
だから、だからね頑張って生きてみることにしたんだ。だけど今日見ちゃったの。
その子が死ぬ準備してるとこ。置いてかれると思った。私はその子のためにここまで生きてきたんだから死ぬなら一緒だよってね。」
「そ、その好きな人って…」「オウカちゃんだよ。」
「私が施設に来た理由、分かる?こうやって愛が重くてみんなに見捨てられたんだよ。
おかーさんだってもう手に負えないって。私は今までずっと気を使って生きてきたひっそりと。
オウカちゃんは死にたいんでしょ?ってことはもうこの世の未練はないってことでしょう?
じゃあさ、じゃあさ、私の夢を叶える手伝いしてくれないかなぁ?」
ようやく私はどういう立場にいるのかがよく分かった。首にはナイフ。このまま少しでもキラちゃんの方に傾けば頸動脈がブチ切れて即死だ。
「お互いに、殺し合うの。同時に前に飛び出して刺しあうの。オウカちゃんが嫌って言うなら私はそれに従うよ。さぁ、どうするの。」
私は死にたかっただけだ。理由もない無駄な人生に終止符を打ちたい。
キラちゃんは私のために来てきた。そして今日、私のために死んでくれる。
私が死んだらどうせキラちゃんだって後追いをするだろう。それならお互い、幸せなままで死のう――
私は梯子を登ってバッグからナイフを取り出した。バレないように折りたたみ式の小さめのナイフを。
カチッと音がすると、切っ先が出てきた。私はそれをキラちゃんの心臓に向けた。
「それが、オウカちゃんの答え?」
「どうせ死ぬだけだし。ここでやめたとして今も未来も変わらないでしょ。」
驚くほど饒舌になった。だけどそれが私の出した結論だ。
人を刺すことはすごく勇気がいることだけどお互い安楽死出来るならどーでも良かった。
「なんだか変な気分だね。好きな人と…これって心中ってことなのかな?」
「…調べてみる?」「いいよ。どうせ死ぬんだから。」
「それもそーだ。」
「じゃあ、来世の私達に幸あれ!」
私を殺してくれて、ありがとう。永遠の親友へ。
大好きだったお父様、お母様へ
拝啓
余寒厳しき折ではございますが いかがお過ごしですか。
私は、このひまわり孤児院に引き取られてから5年が経ちましたが、不便は何も有りません。
施設のスタッフも、同じ境遇の子もみんな私に優しくしてくれます。
昼はキラちゃんという友達と遊び、夜は同じ部屋のキラちゃんとこっそり夜更かしをしています。
時々体調をくずすときはありますが、それでもあの時よりかは健康でやっています。
あの家は私にとって楽園でした。あなた達に優しくされなくても、今ここにきてこんなに幸せを感じることが出来るのはきっとああいった厳しい環境で育ててくれたからだと思います。
私達を通報したマチダはどうなりましたか。警察官は気を使って私をあの街からなるべく遠い保護施設を選んでくれました。だからもうあの街とは関わりがなくなってしまったのです。
あなた達は大金を払って刑務所から出たそうですから分かるはずだと思いますが。
また新しい子供を産んで虐待をしていないことを願います。私みたいな犠牲者は私だけで良いのです。
それとも、2人は離婚してパチンカスになっているのでしょうか。
お母様も、お父様も親御様が資産家のようですからね。私が全世界にあなた達の罪を告白したら間違いなく失墜するでしょう。私の手にあなた達の命が懸っていると思うと、あのときのあなた達と立場が逆転したようでとても嬉しく感じます。私はこんな文面の手紙を書いていますが決して恨んでは居ません。
2人が優しかったときはあったし、無意味な人生だと思ったことは一切ありません。
そこそこ成長できたこともあったものです。短気なあなた方はこの文面すら読まずに破り捨てるでしょうか。私は施設の子と心中をしようと思います。元々私は死にたい願望があって、あちらが私に好意を抱いてくれたので一緒に死にます。一人で飛び降りて死ぬより、2人で最後を迎えようという話になったからです。ただ、私は何もしないままこの世を去るのは悔しくてたまりません。
私達子供はあなた達のエゴで生まれてきたのです。それなのに、「あんたのお母様になったつもりはない。」と言われてびっくりしました。私だって絶対幸せになれる親を選びたかった。暴行なんて日常茶飯事、そんな家庭に生まれたくは有りませんでした。それでも、死なない程度に食事を与えられて、ネット環境を整備してくれたことは感謝すべきで恵まれていると思っています。キラちゃんだってそういった自分勝手な理由で生まれてきた子です。あなた達の邪魔、迷惑にならないように私達で勝手に死にます。あなた達の責任にもさせないし、死体の処理だって施設の方にやってもらうことにしました。隣では必死にキラちゃんがたった一人のお母さんに手紙を書いています。最中泣いていますがそれでも死ぬ結論は変えないそうです。私もその意見に賛同します。
人生の最後にあなた達の優しいところをこの目でもう一度見てから死にたかったです。でも私の我儘でそれにキラちゃんを付き合わせてしまうのは申し訳ないのであれは幻だと思っておきます。
今までの18年間、お金をかけて私を育て、キラちゃんに出会わせてくれてありがとうございました。
もし運よく生きていたらお会いしたいですね。近いうちに施設を通して連絡いたします。
それではまだまだ肌寒い日もありますのでご自愛ください。
かしこ
佐藤凰華