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行方不明
親友の|板倉真帆《いたくらまほ》が明日行方不明になることは、わたしだけが知っている。
身体が縮こまるような寒い夜、わたしは通知の音を聞いた。スマホを手に取ると、また手が震えた。真帆からのメッセージが届いていた。mahoというユーザー名の上に、真帆が好きなキャラクターの公式イラストがあった。
【明日、私は行方不明になる】
【絶対探さないで。絶対言わないで】
狂気としか思えないそのメッセージに、わたしは愕然とした。
なんなんだ、この『行方不明宣言』。行方不明って、計画的にやるものじゃない。意図せずにやるから、行方不明になるのだ。
またスマホを持つ手が震えた。この震えはスマホだけじゃない気がする。
【なんにも言わないで。これは自分で決めたことだから】
【親から10万円盗む。中2だから、割と施設に入れてもらえそうだし。スマホとお金とコートとかをリュックに詰めて行く】
【私は明日から、飯田桐華として生きる】
飯田桐華。イイダキリカだろうが、確証は得られない。
【なんでその名前なの?】
と、聞かなくてもいいことを聞いてしまった。フリック入力する指が震えて、たくさん誤字をしてしまう。ごめん、間違った!といえるような状況じゃないので、慎重に入力してから、メッセージを送った。
【名前メーカーで適当に作った】
【何か意味はあるの?】
【いや。名前メーカーで1番最初に出てきたのがこれだったから】
そう言って、真帆は名前メーカーのリンクを送ってきた。べつにわたしは行方不明になる気はないし、名付けに困っているわけでもない。
真帆っていう名前は柔らかくて、言いやすい。いつも微笑んでにこにこしている彼女に似合う名前だ。桐華なんてキツそうな名前だし、言いにくい。
何を言ってるんだ、こいつは。何を計画的な逃亡を考えているのだ。
【この名前も言わないで】
【もうすぐこのメッセージも消すつもりだから、やりたいならスクショすれば】
そう言って、わたしは反射的にスクショをした。ちゃんと写真のフォルダにメッセージがあって、ほっとした。
数分後、予告どおりちゃんとメッセージは消えていた。わたしの【何か意味はあるの?】だけが残っていた。不自然なので、わたしもメッセージを消した。
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翌日学校に行くと、ちゃんときちんと制服に身をおさめた真帆がいた。いつも通りの笑顔で友達としゃべり、笑っていた。わたしが真帆をしばし見つめていた時も、ちゃんと気づいて挨拶してくれた。ちゃんと真面目に授業を受けて、しっかりご飯を食べて、部活をしていた。
特に変わったところもなかった。ただ、目の下に黒い何かがある。それだけだった。
帰宅部のわたしは電車に揺られる。すると、肩にかけていたカバンが震えた。震える要因を取り出すと、mahoという文字が目に入った。
え、もう部活…いや、休み時間なんだろう。
【わたしは、きりなとだけメッセージをやり取りするから】
【みんな着拒にした】
それだけ残して、またメッセージは消えた。
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自分がなくなった気がしたのは、いつからなんだろう。少なくとも、彼女と出会った時からのはずだ。
彼女はしっかりもので、少しだけおっちょこちょいで、優しくて、賢くて、運動もすこしできて、友達もいて、フットワークも軽くて、性格がよくてみんなに接していてそれからそれからそれから___
そんな|今田霧奈《いまだきりな》は、私の誇りだった。彼女と親友なだけで、自分もすごいように思えた。
でもそんなことなんてなかった。霧奈は霧奈であって、私は私。私が何にもしなかったら、霧奈といたって何かがすごくなるわけじゃなかった。
もう一度、過去を洗い流す。
霧奈みたいになる。
そう思って、私は飯田桐華として生きることにした。転生するつもりだった。
`あわよくば、桐華に転生したかった。`
なんか、こういう1個だけの名詞のタイトルってすでにありそうなんだよね