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ガーベラ。
僕の大好きな人は、僕が目覚めた時には死んでいた。
半年前に交通事故に遭った僕は、どうやら昏睡状態という物になっていたらしい。
しかも、昏睡の中でも中々珍しい状態だったようだ。
心臓が止まり、脳に酸素が行き渡らなくなることで意識を無くし、そのまま心停止状態が続いた。
そこにいたメンバーたちの頼みで、このケースではあまり使わないらしい人工心臓で生き延びていたというのだ。
人工心臓をつけてからも意識は戻らず、親も妹も、何度も泣いたと話していた。
そんなある日、僕は心臓移植をしたそうで。
事故からは時間が経っていたものの、自分の力で心臓を動かせるようになって…
数日後、突然ぱちっと目覚めたのだ。
お医者さんが言うことには、昏睡状態の時、人工心臓で生きるケースは極めて稀らしい。
また、目覚めるタイミングも不思議だったという。
今まで目覚めてこなかったのに、心臓を移植した途端に目覚めたような感じだったと。
心臓の持ち主が奇跡を起こしたのかもしれないですね、なんて言って笑っていた。
目覚めて3日経つと、メンバーたちがやってきた。
ガリさん、みずっこん、はしもっちゃん。
みんな、僕を見るとすぐに安堵の表情を浮かべていた。
ガリさんなんか涙ぐんじゃって、珍しいな、なんて僕も一緒に笑った。
「そういえば、優斗は?」
と聞くと、3人の表情が一気に硬くなった。
数十秒の沈黙の後、重い空気を代表するかのようにみずっこんが呟いた。
「優斗は、死んだよ」
泣きじゃくる俺に、みずっこんは言い聞かせた。
優斗は自殺したんだと。死んだんだと。
もう、戻ってくることも、会えることも無いんだと。
ガリさんはベッドに寝る俺に抱きついて、優斗が死んじゃった、なんて縋った。
はしもっちゃんは静かに涙を流して、その場に佇んでいた。
今日も僕は、1人で寝そべっている。退院はまだみたいだ。
早くローラーを履きたいな、と思う。
長い時間を空けると勘が鈍ってしまうから。早く滑りたい。
また5人で踊りたかった、なんて思うのはもうわがままなのかもしれない。
優斗の真相を知りたくて仕方がなかった。
ふと、花がずっと病室にあったことに気がついた。
いつからあったのかはわからない。きっと意識がない時から花瓶に入れられていた。
メンバーが来るたびに入れ替えてくれたけど、ずっと同じ花しか持ってこなかった。
白、ピンク、黄色のガーベラ。ずっと同じ色。
何か意味があるのかなぁ、なんて考えたけど、あいにくスマホはアップデート中。
数時間経ってアップデートが終わった頃には、覚えているわけもなかった。
ある日のお昼過ぎ、井ノ原さんが来た。
ジュニア解体の話だった。
HiHi Jetsを残すわけにはいかないと苦しそうに言われた。
もう他のメンバーには話が通っているらしい。
優斗がいないなら、5人組でいられないなら、というのは自分でも思っていたから、了承した。
新しいメンバーは、那須と浮所、龍我、それに深田。
美 少年路線ですか、と問うと頷かれた。
そんなの僕に出来るかな、とほんのり不安になった。
お前らはジュニアのエースなんだ、という重たい言葉と共に、井ノ原さんは席を立つ。
ドアを出る間際に、聞いた。
「優斗のこと、何か知ってますか」
「いつか分かる」
一言だけ残して、井ノ原さんは去っていった。
退院したので事務所に行った。
事前に事務所に行くことを伝えてあったので、その日レッスンや仕事に来ていたジュニアみんなから出迎えられた。
みんな喜んでくれたし、泣いてくれた。口を揃えて「おかえり」と言ってくれた。
無所属組なんかも飛びついてきてくれた。
特に千井野の泣き方が尋常じゃなくて、思わず笑った。
それを宥める阿達や茶化す竹村も泣いていて、本当に良かった、と何度も何度も呟いていた。
一頻り経つと、新しいメンバーが寄ってきた。
グループ名を聞くと、にこにこと笑いながらせーので教えてくれた。
ACEes。エース……ACEに、複数形のesで、ACEes。
井ノ原さんの言っていた言葉は本当だったんだな、と思った。
この看板を背負うからには誰にも負けられないと、1人で気を引き締めた。
新しいグループでの活動が始まった。
ネットでは阿鼻叫喚の嵐だったけど、少しずつ受け入れられるようにもなった。
僕たちからも、これはよくない転換じゃないことや、納得した上での再編であることを伝え続けてきた。
ちょっとずつ、ちょっとずつ「ACEes」が馴染んできて、テレビでも紹介されるようになって。
僕たちは、新しい夢を、それぞれで駆けていた。
休みの日は、他のグループのYouTubeを見たりしていた。
B&ZAIのシェアハウスが楽しそうだった。でもあれはアウトドアな人がいるから出来るのかな。
残念ながら、ACEesにはがっつりアウトドアをしている人がいない。僕は旅好きだけど、アウトドアとは呼ばないし。
いろいろ考えていたら、ふとHiHiを見返してみたくなった。
ちょっと遡って5人のを眺める。すごく懐かしくて笑えた。
見終わってぼーっとしていると、オリ曲が流れてきた。
"TODAY"
そういえばあのタイトルを誰より気に入っていたのは優斗だった、と思い出した。
優斗は僕にとって、本当に大切な、パートナーみたいな存在だった。
いつでも横にいてくれるし、話も聞いてくれて、たくさん話してくれる。笑わせてくれる。
僕が悩み、迷う時も、いつもずっと、寄り添ってくれていたのが優斗だ。
「作間はそのままでいればいいんだよ」
優しい声が耳に蘇る。頭を優しく撫ぜてくれた感触も。
気づいたら泣いていた。
なんで僕に黙っていなくなっちゃったの?
僕のことなんか、もう、どうでもよかったの?
頭の中で反響する声を遮るように、投げかけ続けていた。
半年ほど経ち、僕は前メンバーと焼肉に来ていた。
焼肉は僕たちの中では定番で、すごくいろんな思い出が詰まっている。
ただ、いつもすごい量頼むんだけどね。
「はい!俺タン食いたい!!」
「ちょ、ガリさん、まず机の上のもの半分食べてからにして」
「ライス大?中?」
「みずっこんだけ中であとみんな大!!」
大惨事である。
ぎゃあぎゃあわあわあ、としているこの時間が僕はすごく好きなんだ。
新メンバーで行くと、、、なんだろう、きゃっきゃしている。
新メンバーも好きだけど、こっちもやっぱり落ち着くから、
こういうのをホームっていうのかもしれない。
「いつかみんなで高級焼肉行ったよな?」
「YouTubeの企画ね」
「胸キュンしりとりのやつだ笑」
「あの時のシャトブリは美味かったわ」
「……優斗もいたら、いいのになぁ」
空気が少し、硬くなった気がした。
ガリさんとはしもっちゃんがスローにみずっこんの方を向く。
え、なんかだめなこと言っちゃったかな。
ごめん、と謝ろうとしたら、みずっこんは静かに首を振って言った。
「そうだね」
一年が経った。
デビューもすぐそこ、という段階まで来ている気がする。
そう。ちょうど……BOOOOOST!!をやっている時ぐらいの、希望が見えてきた感じ。
でも、それはKEY TO LITも、B&ZAIも一緒で。
どこがデビューするのか、なんていう議論も世間ではあるらしい。
僕ももちろん一番でデビューしたいけど、スノストさんみたいなのにも憧れる。
「3組同時デビュー」
叶えられたらどれだけ素敵なことだろう。
いつか見たはずの夢を、僕はまた飽きずに見ていた。
ある日いきなり連絡が来た。久しぶりに、みずっこんからだ。
「今日の夜空いてる?」
「うん、大丈夫」
「話したいことある。この店来て」
いつか5人で語り合ったことがある、個室のある店。
懐かしい気分になって、少し浮かれて。
その日はバラエティの収録だったので、いつもより作ちゃんが喋ってた!!と、みんなに珍しがられた。
お店に着いたのは、僕が一番最後だったらしい。
いつかあの病室で見た顔が、今もちゃんと揃っている。
ガリさん、みずっこん、はしもっちゃん。
どこに座ろうかと思っていると、3人が1列に並んで、その前に座らされた。
3:1。まるで僕だけが何かを責められるかのような座り方に、思わずドキドキした。
「ごめん」
予想に反して、揃って頭を下げられた。
すぐにぴんときたけれど。
「俺ら、作間に隠してることあった。」
「……優斗?」
「うん。話しても、いい?」
「いいよ」
「あのさ」
「えっと」
「あいつは……いや」
「優斗はさ」
「自殺したんだよ、首吊りで」
気づいたら家にいた。
あのあと僕はかなりおかしくなっていて、みんな揃って店員に帰されたらしい。
少し迷って、ガリさんにLINEでごめんと入れておくと、
「いいってことよ、そうなるなんて最初っからわかってたし」
「許してやるからその代わりに、絶対優斗からの手紙読め」
「目、逸らすんじゃねぇぞ」
ガリさんらしい返答が返ってきた。
そう、みんなに連れられてタクシーに乗り、家に帰った僕は、降ろされる直前に手紙を渡されていたのだ。
手紙には付箋が貼ってある。
「優斗からの手紙です。ちょうど一年前、優斗の家で見つけました。絶対読んでね」
みずっこんの字だ。
みんな優しいんだな、としんみりする。はしもっちゃんもLINEをくれてたし。
と、そんなことを考えてる場合じゃない。
優斗の思惑は、何だったのか。
なんで、黙っていなくなったのか。
手紙を開けると、ふわりといい香りがした。
「作ちゃんへ」
突然……じゃ、ないな。もう事情は聞いてるでしょ?
ちゃんと一年後に渡してって頼んだし。
そう、これを書いてるのは一年前の俺です。
正確に言うと、死のうとしてる、死ぬ直前の髙橋優斗なわけ。
今の作ちゃんは、まだずっと寝ています。何をしても、起きてくれません。
何回呼んでも。みんなで呼んでも。歌っても。
それから……いや、やっぱりこれは言わないけど。
本当に、何しても起きないんです。
こんな時にマイペース発揮すんなよ〜、みんな困るだろぉ?笑
お医者さんと作間家の面談の時、4人で話し合って俺だけ同席させてもらいました。
どうやらさ、もう自分の心臓を自分で動かすことは難しいんだって。
人工心臓を埋めて生きるか、ドナーか。
でもそのドナーもなかなか見つからなくてって、悲しそうにお医者さんが言ってた。
もうこのままでは、人工心臓を埋めるしかないですねって。
そしたら、お母様が反対してね?
「息子には生きた心臓で動いてて欲しい、それがあの子のためになる」って。
確かに埋めちゃうとアイドルは厳しいからさ。
作間のとこのお母様、すごい優しいなって感心したよ。
んでさ。
俺がドナーになろうと思ったんだよね。
俺はメンバーが大好きで、ジャニーさんが大好き。この仕事が好き、この事務所が好き。
もちろん作ちゃんのことだってすごく好き。
いつも信頼してるし、ずっとそばにいてくれるから。
だから、メンバーが今にも死にそうな状況なら、俺が体を張って助けようって思ってた。
前から、ずっとね。
今がまさに、その状況なわけ。
ここでかっこよく助けられたら、俺はスーパーヒーローになれるでしょ?
作ちゃんは何にも気に病む必要はないよってことだけ、言っておきます。
俺が好きでやってることだから、気にしないで。
でも、大切にしてください。
俺の思いは全部、作ちゃんに託します。
そういえば、もう一つみずっくんたちに頼んでたことあったわ。
俺が死んだ後もきっと続けてくれてたと思うんだけどね?
3色のガーベラ。病室に置いてたけど、覚えてる?
黄色と白とピンクのやつ。
俺のメンカラと、HiHiのグルカラと……っていう意味もあるけど。
実は、あれには花言葉があるから、ここで紹介しときます。
黄色は、究極美、究極の愛、親しみやすい、優しさ。
白は、希望、律儀、純潔。
ピンクは、感謝、神秘、熱愛、崇高美。
1本のガーベラは、一目惚れ、あなたが私の運命の人。
3本のガーベラは、愛しています。
俺は作ちゃんのこと愛してるよ。恋愛感情一切抜きでね?笑
作ちゃんも、俺の命を愛してあげてください。
「髙橋優斗」
気づいたら朝だった。
泣き疲れて眠っていたみたいで、変な格好で寝たから節々が痛い。
首をぐるんと回すと、ばきばきと音が鳴った。
胸に手を当てた。
いつものように、心臓がとくんとなる。
僕の心臓。でも、僕ではない人の心臓。
僕の大切な人の心臓。
温かいこの体温は、きっと君が作ってくれてるんだよね。
ありがとう。僕の命を救ってくれて。
礼を言うと、反応するようにまた、とくんと心臓が跳ねた。
俺はまた今日も、歩き出す。
大事な大事な、愛する心臓を抱えて。
終わり方わからんかった。