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藤夢 其の弐
敦くんが目醒めなくなって今日で丸2日。健やかな人間がここまで眠り続けるのは困難だ。
その上、眠り始めてから一度も目醒めず、何も食していないのに見目はまったく変わらない。異能の類なのだろう。若しくは……あの噂か。
与謝野女医曰く、異能の類ならば不思議ではない事だそうだ。
異能無効化の異能を持つ私が触れても目覚めないと言うことは、この異能をかけた本人に触れないと解除されないのだろう。
異能ではない線も考えられはするが、今のところは異能の線が一番濃い。
「真逆、本当にあるなんて」
鏡花くんがふと呟いた。
鏡花くんはポート・マフィアに身を置いていた身だ。若しや、と思い話しかける。
「何のことだい?」
「『夢浮橋』。あなたも知っている。違う?」
「矢張り、そう思うかい?」
そう問うとコクリと頷いた。
夢浮橋……裏社会で度々起こる不可思議な現象。
人が突然にして眠りに落ち、全く目が醒めない。
これまで再びその目蓋を開いたものは居らず、正体も不明。
おそらくは異能だとされているが、主犯も、目的もわからない。
森さんも対処を諦めていた。幸いにも、ポート・マフィアからは出たことがなかったけれど。
ナオミくんが言っていた噂にそっくりだった。
鏡花くんは続ける。
「最近はルーシーに聞いたものだけど」
「ルーシー……それってうずまきの?」
「そう。眠り続けている人が何人も出ているらしい。噂にもなっていると。」
鏡花ちゃんはそこまで言うとちらりと敦くんの方を見た。
「私は、矢張りこれは『夢浮橋』だと思う。本物は初めてだから確信は無いけれど」
それに、と鏡花ちゃんは続けた。
「敦が逃してしまった女性。あの人が関係していると思う」
「矢張り、そうかなあ」
なんとなく予想はしていた。
藤の香りがするという、黒髪美人の女性。
敦くんは彼女とぶつかったそうだ。
(その時に異能に掛かったのだろうか)
「夢浮橋と幸せな夢の噂が同じなら、敦を目醒めさせる方法も見つかるかも知れない」
前向きに、けれど少し不安そうに話す鏡花くんを見ながら、ふと思った。
そう言えば、抑も依頼人はなぜ彼女を探していたのだろう。
確かまとめられたファイルがあった筈だ。
自身のデスクに向かうと、パソコンを開き、スクロールする。
(あった)
見つけた件名にカーソルを合わせる。
数十分後。
「大した事も書かれていなかったなあ」
依頼者は何処ぞのお偉方。
探して欲しい理由は自身の愛人だが、少々難のある出自だから、と書かれてはいるが本当か如何か判りやしない。
その人物自身が《《表には出来ない代者》》──つまりは裏社会の者や、依頼人にとっての都合の悪い何か──である可能性すらある。
それも見越して、引き受けているのだろうが。
大きく伸びをしていると、私用の携帯電話が鳴った。
「?」
この番号は限られた人物にしか教えていないのだが。
怪しみながら電話をとる。
「はい、もしもし」
『太宰かえ?』
「……え、姐さん?」
掛けてきたのは姐さんことポート・マフィア五大幹部、尾崎紅葉だった。
「姐さんに番号教えていましたっけ」
『此れは中也の携帯じゃ。掛けさせてもらっておる』
「嗚呼、成程」
中也には番号を確かに登録していた。
嫌がらせの意味を込めて、彼が酔い潰れているうちに携帯に設定しておいたのだ。
姐さんが中也の携帯を使い、私に電話をかけている。その状況に胸騒ぎを覚える。
「……如何したんですか」
電話の向こうで少し躊躇ったような間が空く。
『幸せな夢、の噂、若しくは『夢浮橋』を知っておるかね?』
|現実的《リアル》で幸せな夢を見、藤色の痕がつく。と姐さんは続けた。
「ええ」
今、丁度後輩が目醒めなくなっているところです、とは口が裂けても言えない。
『……中也が目醒めなくなった』
「ッ!?」
ガタリとデスクが大きな音を立てる。
可笑しい。何故こんなに動揺しているのだろう。
中也が目醒めなくなった。あの蛞蝓が五大幹部もかたなしの滑稽な状況である筈なのに、何故、この心臓は跳ねたのだろう。
自分でも不思議に感じながら、何事かと此方を伺う同僚に、外に出ると合図をする。
階段を下り、ビル裏まで来てから再び口を開いた。
「……本当ですか」
『嘘を吐く必要がなかろうて』
声をやや抑えて問う私に、姐さんは溜息を吐く。
「そんなことを敵対組織に話しても良いんですか?」
『今は停戦協定中じゃ。今の所其れが破られる予定は無い故の』
「……そうですか」
姐さんは事務的な注意を続ける。
『此の事は余計な所に話すでないぞ? マフィアの幹部が目醒めぬとなれば一大事。何より、此の子が他人に知られる事を望んではおるまいて』
マフィアの幹部の弱点が知れることは、それだけで大きな損害を被る。
本人もだが、森さんも許さないだろう。
しかし……
「何故それを私に?」
訝しげに問う私に姐さんは何が可笑しかったのかころころと笑って答えた。
『私用の携帯に態々裏切り者の番号が入っておるのじゃ。何かあると考えるのは容易い事ぞ』
にやにやと笑う姿が見えるようだ。だが、言っている意味がわからない。
「何か、って……何のことですか?」
訊き返すと、間に沈黙が流れた。
気まずくなり、話題を変えようかとしたとき、姐さんが再び口を開いた。
『お主……真逆、何も? ……わかっておらぬのかえ?』
「はい?」
意味が分からない、と言うこちらの声に、姐さんが呆れ果てた溜息を吐く。
『……まあ、良い。では、此れにて……』
「あ、待ってください」
電話を切ろうとした姐さんを引き止める。
「此れは森さんも知っている事ですか?」
『そうじゃが。それが如何した?』
「少し待っていてください」
電話を保留状態にし、社内に入る。
社長室の前迄行き、断ってから入室する。
「太宰? 如何かしたか?」
社長が机の前に座り、僅かな疑問を目に浮かべて此方を見ていた。
私は其れを真っ直ぐ見つめ返す。
「突然すみません……敦君のことです。
今入った情報ですが、ポート・マフィアにも彼と同じ状況のものがいるようです」
「敦くんのことも伝え、協力する方が良いのでは無いでしょうか」
社長は黙ったままだ。続けて良い、と捉えて再び口を開く。
「今は停戦中ですし、先程、破る意思、予定は現段階では無いと言われました。一般人にも被害が出ているようですし、此度も|組合《ギルド》戦と同様に組んでみては如何でしょうか」
社長は思案するような表情を見せた後、口を開いた。
「それは確かな情報と言えるのか?」
肯定の言葉を返し、決定を待つ。
緊張した沈黙が流れる。
「……敦のことは未だ伝えるな。代わりに、一度話し合いの場を開こう」
「わかりました」
拒否されなかったことに僅かな安堵を覚えながら部屋を下がる。
社内から出てから再び電話を繋ぐ。
「お待たせしました、姐さん」
『大丈夫じゃ。如何したのかえ?』
「すみません。此方の電話は切ります。代わりに、森さんに伝えてくださいませんか」
「近々探偵社で会談の場を設け、『幸せな夢』についての対応を話し合いませんか、と」
大人の会話が書けない眠り姫です。
太中を投下しました。
上手く書けない……
前回から一ヶ月ですって!? 嘘……
もしかしたらちょこちょこ加筆修正してるかもです。
では、ここまで読んでくれたあなたに、心からの感謝と祝福を!