第４１話　嫉妬〜前編〜

「おいっ！リオルっ！しっかりしろーっ！」 リオルはクリアモンスターの伸ばすツタのような触手に引き摺られかけながら、やっとの思いで伸ばされたシェイの右腕の袖に捕まる。 その華奢な腕をシェイも強く掴んでクリアモンスターと逆方向に引っ張る。 「シェシェシェ、シェイくんーっ！ぜぜ、ぜったいはなさないでーっ！」 リオルは今にも泣き出しそうな顔でシェイの腕につかみながら声を上げる。 「あったりめーだぁっ！」 シェイもクリアモンスターに負けじとリオルの腕を引っ張る。 「ひっ…！い、痛いっ！やっぱり離してーっ！」 「離すかバカッ！！」 リオルが涙目で訴えたその時だった。 シェイの後ろからクリアモンスターの触手が伸びてきて、彼の腕を強くはたいた。 その拍子に力強く握られていた二人の腕は離されてしまった。 「リオル…っ！！」 引っ張られていくリオルはあっという間にクリアモンスターの口の中に取り込まれていく。 シェイは手を伸ばしたが、後の祭りだった。 体内に取り込まれたリオルを何とか助けようと、シェイは触手のクリアモンスターに駆け寄る。 動きが止まったかと思うと、またウゴウゴと動き出したクリアモンスターは、みるみるうちにリオルの形に沿って、変形していく。 そして鯨のような強靭なヒレやワニのような鋭い牙が生えてきた。 「なに…？どういうことだ…？」 シェイが混乱していると、 「`あ、あれ…シェイくんがいる`」 リオルはつい先程まで一緒にいたことを忘れているかのような表情でシェイを見つめ、何度もまばたきをした。 「…リオル？どうした？へーきなのか！？」 その様子を見てシェイは困惑する。 するとシェイの後ろから２つの影が駆けてきた。 ２つの影、レイとミオはシェイのもとに着くと肩で息をしながらリオルの方を見て目を丸くする。 「リオル…だ、大丈夫か？」 レイはおぞましいほど赤い目をらんらんと光らせるリオルを見て、息を切らしながら問いかけた。どうやらレイもミオもリオルがクリアモンスターに飲まれる一部始終を見ていたらしい。 「`だ、だれ、ですか、アナタ…`」 リオルはキョトンとした後、突如不安に駆られたような表情に打って変わり、さらに瞳を赤く光らせた。 「`あああ、アナタがた…シェイくんの…ごご、ご友人ですか…？`」 その目は親の敵でも見るかのように、鋭くこちらを睨んでいた。 レイとミオはその瞳に見定められ、足がすくんでしまう。 「おい、リオル！二人のこと忘れたのか！？」 シェイがリオルに向かって声を張り上げると、彼の瞳は少し穏やかになって声色も落ち着く。 「`シェイくんはこの二人のこと知ってるの？も、もしかして…友だち？`」 「あ？あぁ、友だちだけど…」 シェイがその言葉を放った瞬間だった。 リオルの顔は氷よりも冷たい形相に変貌し、シェイの元に音もなく歩み寄り腕を掴んだ。 「`…そうなんだ。シェイくんはそれで幸せ？友達が多くて幸せ？`」 そう言った後のリオルの顔はみるみる歪んでいき、激しい憎悪と嫌悪と深い嫉妬が混ざり合ったような表情になる。 そして拳にだんだんと力が入っていき、掴んでいるシェイの腕は血がせき止められ次第に青白くなっていった。 「ちょっと！リオル！いったんシェイの手を離し…」 ミオがそういった時 「`ボクにはっ、何もないんだよ！`」 突如リオルの目に涙がたまり出し、号泣し始める。 その慟哭に共鳴するように、リオルの背中からクリアモンスターの触手が三人に向かって凄まじい勢いで伸びてきた。 「うぁあっ！」 三人はかろうじて避けたがリオルの猛攻は止まらない。 緋色の火の玉が飛んでくる。水色の光のトラップが地面に張り巡らされる。 「ちょっと！？琴線に触れちゃった！？」 「ミオ姉、逆鱗に触れたって言いたいの？使い方間違ってるよ…って、うわぁっ！？」 ミオとレイはリオルから放たれる凄まじい覇気に気圧されながらも、なんとかマカロンそして一口チョコを取り出す。 「これ、相当まずいんじゃない？確かリオルの能力ってさ…」 「1日６回が限界のはずだ…このままじゃ、リオルは…！」 「やっばいじゃん！」 その間にもリオルはラムネを口内に流し込み、荒々しく噛み砕いている。 やけ食いのようだ。 「`全部、全部っ…！`」 「とりあえず、私の能力で眠らせれば無傷で即解決！」 ミオはマカロンを口に放り込むと、レイに向かってアイコンタクトで合図した。 「オッケー」 レイも一口チョコレートを頬張り、リオルに向かって狙いを定める。 「『スワンプチョコ』！」 「『スリープマカロン』！」 レイの能力により数メートル先にチョコレートの沼ができる。 リオルはそこに足を取られて身動きができない様子だ。 「`足が…う、動かない…`」 立て続けにミオの力でリオルを強制的に睡眠状態に引き込む。 「`うぐ…！頭が、重いっ…`」 「よしいけそうだ！」 三人が優勢になったと思い、息を弾ませたその時だった。 リオルが口の中で何かを噛み砕いた。 「`『Happy Ramune』`」 先程までふらふらとしていたリオルは途端に元の状態に戻っていく。 「まさか…紫ラムネが残っていたのか！？」 シェイがしてやられた、という顔で目を細める。 「紫ラムネは自己回復ができるんだよ。はぁ〜…すっかり頭から抜け落ちてた…ごめん！」 シェイが謝ると、レイもミオも仕方がないと言って頷く。 「私の力は今回は役に立たなそうだね〜残念！」 レイはこの状況でも明るく舌を出して笑う姉を見て、少し呆れた。 この間に完全に目を覚ましたリオルは、触手を使って今にもチョコの沼から抜け出そうとしている。 どうにかしてリオルを元に戻す方法を再度考え始めた時だった。 「俺は…この能力じゃ、リオルには勝てない。…でも！」 そういうとシェイはリオルの元へと一目散に駆け出した。 攻撃を喰らってよろめきながらも前だけ見て目標に向かって手を伸ばす。 「リオル！思い出せっ！」 リオルがチョコの沼から片足を抜いた瞬間、 シェイはリオルの左頬を握り拳で勢いよくぶん殴った。 レイもミオも、そしてリオルも全員が目を丸くして唖然として、時が止まったようにその場は静まり返った。 リオルは殴られた頬の痛みを感じるよりも先に、持っていたラムネを一粒落としてしまう。 「`ラムネ…が…`」 パステルカラーのほんのり甘い香りを纏ったラムネがチョコの沼の上を転がっていく。 やがてじわりじわりと沼に呑まれていく。 二人が孤児院で暮らしていた、あの時の光景が脳裏に蘇った。