公開中
暗い館の中であなたは
―――薄暗い部屋の中で、私は目覚めた。
横で寝ているのは、私の友達である優花。こんな状況にもかかわらず、ぐっすり寝ている。
「優花・・・! 起きて、知らない場所にいるの!」
肩を揺さぶると、彼女は目をこすりながら顔を上げた。
「・・・え? ここ、どこ?」
私たちの目の前に広がっていたのは、古びた木の壁と重そうな扉、天井からぶら下がるランプ。
まるで何十年も前の客室のようだった。ドアノブを回そうとしても、びくともしない。
「・・・わからない、でもきっと危険だよ。急いで逃げ道を探そう。」
不安を押し殺して部屋を調べると、壁に一枚の絵がかかっていた。
――豪華客船が海を渡る光景。
私と優花が顔を見合わせたその瞬間、ギィィィと音をたててドアが開いた。
そこに立っていたのは、背筋の伸びた男だった。
無表情のまま私たちを見つめ、やがて口角をわずかに上げる。
「・・・こちらへ」
(―――逃げないと。)
本能的な何かがそう感じたにもかかわらず、私達の足を勝手に動く。
声に逆らえず、私たちは導かれるままに広間へと足を運んだ。
そこは天井が高く、まるで館のように立派な建物の内部だった。
でも、この建物だけが歴史から切り離されたような不気味な感覚がした。
ここにはすでに十数人の男女が集まっている。
やがて私達を案内した男は一歩前に出て、低い声で言った。
彼の後ろには船と陸が描かれた絵が飾ってある。
「私はここの長、須田と申します。」
それだけ言って、どこか別の部屋に行ってしまった。
静寂を破ったのは、若い男の人。
「みなさん! なんとかしてここから抜け出しましょう!」
誰もがそう思っていたらしく、首を縦に振った。
もちろん、私もそのうちの一人だ。
そうして、2グループに別れての探索が始まった。
「こっちに地図があるぞー!」
しばらく進むと、建物の地図を発見した。
建物は横長の造りをしていたが、端の一部がかすれていてよく読めなかった。
「ねぇ、この部分を見に行ってみない?」
恐怖を好奇心と勘違いしたのか、そんなことを口走った私。
気になって数人で実際にその場所へ行くと、瓦礫が散乱している。
――まるで衝突の跡のように。
「・・・戻りましょうか。」
不吉な予感を抱きながら中央へ戻ると、一人の姿が消えていた。
「・・・え? さっきまで、確かに一緒にいたよね?」
誰かの震える声。
そのとき、床の隅に転がる“それ”を、誰かが指差した。
そこにあったのは――人間の形をした人形だった。
服も髪も、その人物のものと同じ。だが、目はガラス玉のように冷たく、もう二度と瞬きはしない。
「・・・嘘だろ。」
「さっき瓦礫のほうに近づいてた人じゃ・・・・!?」
(私のせいだ・・・・!)
優花のほうをちらりと見ると、大丈夫だよとでもいうような目をしていた。
(私が人形にしたようなものなんだよ? なんでそんな目をしてるの。)
(本当にそれは優しさなの? もしかして・・・・・。)
―――優花は|あっち《館長》側?
場の空気が一気に凍りつく。胸の奥に張りつめた恐怖が、肌を這いまわるようだった。
そのとき、叫び声が響いた。
「館長が・・・館長が仲間を人形にしたんだ!」
誰もが須田さんを見た。彼はただ静かに、首をかしげる。
「館長・・・ですか。」
その声音は、まるで自分には関係のない言葉を聞いたかのように、淡々としていた。
否定でもなく、肯定でもない。ただ、ひたすら曖昧に。
それがかえって恐ろしく、私たちの心をかき乱した。
――それでもここから出るために探索は続く。
壁一面に仮面が飾られた部屋では、目の前の仮面がふと笑ったように見え、背筋が冷えた。
円形の部屋では、無数の椅子がこちらを取り囲むように並んでいた。まるで見えない観客に凝視されているようだった。
進めば進むほど、空間は人を嘲笑うように不気味さを増していく。
気づけば誰かがいなくなり、そのたびに人形が残される。
やがて残ったのは、たった五人。
「・・・・もう、やめよう。出ようよ・・・・!」
「でも諦めたら出られないでしょう!?」
「いっそのこと、このまま人形になったほうが・・・・。」
ほかの3人は言い争いをしている。私も恐怖と疲労で体が動かない。
「大丈夫・・・? きっと出られるよ、だから頑張ろ?」
(優花はなんで冷静なの? こんなに前を向いているの?)
(きっと、こいつは命の危険がないんだ。館長の仲間なんだ。)
「優花、もしかして―――」
恐怖と疑念が渦巻く中、ついに一人が須田さんを正面から問い詰める。
「あなたは一体、何者なんですか!」
須田は、静かに私たちを見渡した。
その目は底の見えない深海のように暗く、どこにも逃げ場を与えなかった。
そして、唇がわずかに動く。
「・・・あと三十分逃げ切れば、あなた方は解放されるでしょう」
告げられたその言葉は、不気味な約束であると同時に、冷酷な宣告でもあった。
残り五人になった私たちは、合図もなく一斉に駆け出した。
通路は枝分かれし、誰も振り返る余裕などない。
叫び声と靴音だけが重なり合い、やがてそれぞれの影は暗闇に吸い込まれていった。
「こっち!」
私は優花の手を握りしめ、瓦礫の方へ走った。背後で別の誰かが扉を乱暴に叩く音がする。
違う方向に逃げた二人の足音はすぐに遠ざかり、もう生きているのかどうかもわからない。
私と優花だけが、この通路に取り残された。
瓦礫の山は、鋭く崩れて刃のように突き出し、その奥は真っ暗な穴へと続いている。
まるで飲み込むために口を開けている怪物のようだった。
そのとき―――
「っ・・・・!」
優花が足をもつれさせ、崩れた石に膝をぶつけて倒れ込んだ。
私は振り返る。彼女の顔には、恐怖よりも「自分を置いていけ」という決意が強く浮かんでいた。
「行って! 私のことは――」
声は震えていたが、それでも私を突き放そうとする必死さがあった。
「バカ言わないで!」
私は叫び、彼女の腕を掴んで引き起こす。
埃が舞い、喉が焼ける。心臓が破裂しそうなくらい脈打っているのに、離すことなんてできなかった。
(私はなんでこの子を疑ったんだろう・・・!)
背後から足音が近づいてくる。重い、規則正しい足取り――須田だ。
「・・・友情などあっても、死の運命からは逃れられませんよ」
低い声が瓦礫の間に響き渡り、空気が凍りつく。
私は優花を抱き起こしながら、必死に耳を塞ぎたくなった。
(やめて・・・・、こないで・・・!!)
けれど、須田は歩みを止めず、さらに続ける。
「あなた方がどう足掻こうと、この場所は死の記憶でできている。救おうとしても、引きずり込まれるだけ。__私のようにね。__」
その言葉の最後は、かすれていて誰にも届かないほど小さかった。
けれど確かに、そこには人を呪う声ではなく、諦めと悔恨がにじんでいた。
須田の影が、私たちに覆いかぶさる。
やがて彼は口元を歪め、誰にともなく呟いた。
「死は救済なんていいますけど、私にとっては―――」
---
『続いてのニュースです。突如十四名の男女が行方不明となりました』
テレビの画面が変わり、スーツ姿のアナウンサーが続ける。
『今日は、あの大事故から十年が経ちました。船が陸に衝突したあの日――』
どこか須田に似た老人は涙ぐみながら、息子を返せと叫ぶ。
息子は悪くない、あいつらが悪いんだ、と言っている。
毎年九月一日、海には得体の知れない館が浮かぶという噂が、今も囁かれている。
ご閲覧感謝!
活動1周年記念小説となります!
色々伏線とか頑張って書いたので、
見てくれて嬉しいです!