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ニュートンは気づかずとも
帽子をかぶれば君も箱
善悪の判断は、結局のところ一人の主観に過ぎない。
平等の象徴とされる天秤でさえ、「重さ」という一つの観点から判断している。
そんな天秤の役割、厳密に言えば天秤の部品にすら過ぎない役割を、ルシフ・テーゼは行っていた。
空の上の上で。
頭に浮かぶ二重丸の様相を呈する円環。
長く伸びた白い髪。
蒼く、輝く瞳孔を隠し持つ目。
緩めの白いローブと穏やかな装飾。
そして、背中に黄金の装飾のついた木の枝の突起と、純白の翼。
まさしく、彼女は天使《アマノツカイ》だった。
リストを発行し、記名された人間の元へ赴き、殺害する。殺害された人間から異議が出れば、今までの人生を振り返り、また殺す。
そんなことを数百年繰り返し続け、彼女に向けられた要件は、
クビだった。
彼女は、罪が比較的軽い人間を上層部の許可なく見逃していた。
即座に裁判にかけられ、反論はすべて論理的に弾き飛ばされる。
今まで異議を示した人間(の霊魂)も同じような気持ちであっただろう。
成すすべなく、天使の責務を果たさぬ天使は空の上から突き落とされた。
体は焼け、力は失われてゆく。
地面に激突し、意識が遠のく。
かつての人間たちと同じ場所に、彼女も行くのだろう。
夕焼け。
目は覚めた。
彼女の体は、回復していた。
後遺症は残ったが。
翼は黒く変色し、片目は黒ずんで見えなくなっていた。
魔力は極限まで消費していたし、大半の力は封じられていた。
上層部は完全に彼女を殺すつもりだったのか、今のような弱った状態で地上に放り投げることを目的にしていたのかはわからないが、生き延びてしまったのだ。
墓場に不時着して。
大量の人間を殺し、殺す人間を選び追放された愚かな天使モドキは、墓場で生き延びてしまった。
自分の生命力に呆れを抱きながらもあたりを見回すと、りんごの木が生えた森の向こうに、ちいさな小屋が見えた。
まだ怠さと痛みの残る体で向かうと、小高い丘の中をくり抜いて作られたドーム状の木造建築だった。「ご自由にどうぞ」と書かれた張り紙を見るに、空き家らしい。
恐る恐る中に入ると、家具などはまだ残されていて、十分に暮らせそうだった。
適当に見つけた寝室で、ボロボロの毛布を被り、天使は眠りにつく。
朝。
起きてそのへんになっていたりんごをかじり、小屋を探索してみる。
おそらく一人暮らしで、狩猟生活のようなものをしていたと思われる穏やかな室内に、手紙包みが落ちていた。中にはこの小屋へ訪れたものへの簡単な挨拶と、小屋の間取り、道具の置き場所など、かなり丁寧に案内があった他、周辺の地図も記されていた。
ここら一体はそこそこ大きな山の麓にあるようで、あの墓場はりんごの墓と呼ばれるちいさな墓地らしい。ここに住んでいた人間は墓場の管理を行っていたようだが、近くの大きな町に巨大な墓地ができ、仕事がなくなり去ってしまったそうだ。
できれば管理を引き継いでほしいとのことで、切実な願いが綴られていた。
一人で地上に放り出されてやることもない。どうせ金もいらないのだし、罪滅ぼしがてらに管理を引き継ぐことにした。
早速一昨日墜落した墓場に足を伸ばすと、すぐに違和感を抱いた。
墓に掘られた名前に見覚えがあるのだ。
殺したか見逃したかは覚えていないが、空の上にいた時にたしかに取り持った人間だ。
他の墓石も調べてみると、全て知っている名前だった。
これは偶然だろうか。
自分が手にかけたものが、人が来ない辺境の地の同じ墓場に集められ、自分がそこに落ちてきた。
上層部はこれが目的だったのだろうか?
どうでもいい。
私はここで一生を終える。
かつての人間の屍を守り続けて、いずれ同じ場所で眠るのだ。
それが自分にできる最後の償いだから。
廃れた墓場を、守り続ける事が、今の私の存在意義なのだ。