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16 騒
第16話です。
あの後警察が来て、スタジオはてんやわんやの大騒ぎとなった。
外から赤い非常ベルのような音を立ててぞろぞろと入ってくる。現場保存だから、とスタジオで身を凍らせたゲストやスタッフたちが廊下へ退散させられた。ぼくはというと、そのままポケーとして立っていた。
ぼくは人形。テーブルの上にぽつんと立っているだけの薄汚い人形。だから、人として扱われなかった。ぼくとしてもこのままでもいいのだが、ほんのちょっとだけ居心地が悪くなる。
近くにさっきまで生きていた人の死体がいるとなると、余計にどこかに行きたくなった。
でもこのままでもいいかな、となかば投げやりな気分に浸っていると、誰かの手によっておどろおどろしい発泡スチロール箱にしまわれ扉を閉められた。そのまま揺られ廊下辺りで声がして、一気にせわしない喧騒がどこかに消えてゆく。そして無造作に置かれた。
ここがどこなのか分からなかったがとりあえず血なまぐさい現場からさがることができたらしい。多分事情聴取のときに「これは小道具です」的な感じで誰かが説明したようだ。
多分ここは小道具などがある倉庫だ。ほんの三時間前までここでスタンバっていた、ここ直近の記憶ではなじみのある場所になる。
それから周囲の状況が分からず二週間くらいが経過した。
それまでぼくの存在が忘れられたかのように偽物の祠のなかに幽閉されていたたわけだが、ここを出入りする人の気配をうかがうに、あれから良くないことが連続殺人のように起きていたらしい。
簡単に言えば、ハイランドの不審死を皮切りにしてあの番組にかかわった者たちが次々と災難が降りかかっているとのこと。あくまで倉庫に出入りする人たちから盗み聞きした眉唾物ばかりで信ぴょう性はあまりないのだが。
まずはあの狼男に怯えて暴言の一つも出てこなかったMCのおっさん。彼の過去に発覚した不祥事のことがリークされた。内容的に歴の浅い芸能人に上から物を言う言葉の暴力をふるっていたらしい、という軽いもので、これだけなら「へぇ、そうなんだぁ」ですんだことなのだが、この次をきっかけに〝呪い〟が始まったと認識を強めていく。
心霊番組の関係者が次々と餌食になっていく。とあるADスタッフの不審死だった。ノイローゼによる自殺だと噂は流れていたが、遺書もないし自殺をする前日までその兆候が全くなかったのだという。
それからハイランドが手掛けていた企業関連から、政治とカネでおなじみの数千万にも及ぶ大量献金が発覚して、ハイランドの経営する会社の経営休止を匂わせていたところ、ハイランドのマネージャー兼秘書の小島紗耶――スタジオでぺこぺこと謝っていた小柄の女のことだろう――が、自宅のタワーマンションから飛び降り自殺を図ってしまった。
それはニュースで大いににぎわいを見せていた。なんと自殺間際までライブ配信、いわゆる「自殺配信」をしていたというのだ。自室から廊下に出て屋上へ。タワーマンション特有の、良好な眺望を撮しながら、懺悔の言葉を口にし――。
彼女が身を投げたあと、たまたま同じマンションの住民が下を通っていたためすぐに救急搬送されたものの、意識不明だったがのちに死亡が確認された。自宅には「耕一郎があのようになったのは、マネージャーである私がすべて悪いのです」という不気味な置手紙があったのだという。もちろん警察の見解によれば自殺だろうとのこと。
豪遊で有名な社長と女秘書ということで、たびたび夜の関係があるのではないかとネットでは噂されており、ある週刊誌では都内某駅近くのホテルに二人で入り込むところを撮られていた。そして死ぬ間際には「あの人がいない世界なんて」と口にしていたようだ。
ハイランドを皮切りにして相次ぐ不審死や不慮の事故。その大半が自殺か飛び降り。それ以外は原因不明の不審死ばかりで、あの番組にかかわる者たちにしか起こっていない。あの番組、そう。ぼくが出演したあの収録のことである。それがゲスト陣、スタッフ陣を中心にして湧き起こっている。もはやとどまることを知らない。
残っているのは少数のみだった。つまり、今倉庫で出入りしているスタッフたちだけだと倉庫に出入りする人たちは口々に呟いていた。
立て続けも立て続け。二日前にまたもその呪いの犠牲者が増えてしまったようだ。話の内容からすると「ヤラセの達人」らしい。「ヤラセの達人」まで餌食になってしまったのか……。逃げ足の速いウサギでも、なんか勝手に死んだ一匹狼くんには軽く逃げ切れるのに〝呪い〟からは逃れられなかった模様。
なぁ、どうするよ。今度は俺なんじゃないかって思ってるんだけど。そんなこと言わないでくれないか。いやになっちゃうよなぁ。俺の上司だってそうだよ、薬の量が増えて。夜逃げ当然でここから去るのも時間の問題だよなぁ。どうするよ、ただえさえ不景気で人手不足なのに。このままじゃ倒産しちまうよ、と口々に言い合う。
それもこれも原因は何なのか。十中八九、倉庫の隅の方にある「おどろおどろしい箱」に目線をくれているだろうその者は、溜息をつくようにもいった。
「こんなにも〝あの人形〟に呪われたってのに、あれオクラにならなかったの今でも信じられないんだけど」
オクラとは緑のあれのことかと一瞬思ったのだけれど、イントネーションから察するに「お蔵入り」のことを指していると思った。嘘だろとぼくも思った。お蔵入りにならなかったということは放送されたことになる。そんなことあるのかと。
だって、いけ好かない人間失格の最後の代表作だとはいえ、収録中に呪い殺された――結局誰に殺されたのかわからないのでまことに遺憾だが〝ぼくに呪い〟殺されたことにしよう――んだぞ。それを編集してとはいえ公開するとか、正気か?
どうやら上層部たちは、奇怪千万な不審死に興味を持ち、これは本物の呪いの人形であると太鼓判を押したらしい。
今までテレビはネット離れで低迷する視聴率を取り戻そうと躍起になっている。広告主の機嫌が悪いとかどうたらこうたらと悩んでいたのだが、その光明がこれであると思ったようだ。本物の呪いの人形であると押せば、視聴率間違いなしだ。――と思い、有言実行してしまった。
お蔵入りにせずディレクターカットという形で世の中に公開した結果、評判は上々とのこと。視聴率は十パーセント後半を叩きだして、稀に見る高視聴率が取れてご満悦だという顔をしたのだとか。
でも、さすがは上層部たち。呪いとかいう幾何学的なものに屈することなく立ち向かうとは……|懲りない《たくましい》な。
そういうことで縦社会であるテレビ業界は、上からの指示で第二弾を画策中とのことだといった。
要するに「本物の呪いの人形」であるぼくをもう一度使って番組をこしらえるよう通告した様子だ。たとえ犠牲者が出ようとも『少数』だ、呪い殺されようがこちらとしては痛くもかゆくもないと思っている。
近々第二弾の撮影を計画しており、案が通過したらすぐに撮影地に赴く予定でいると憮然につぶやいた。
下々の民であるスタッフ陣は、今もその呪いの支配下にあるというのに上からの指示に唯々諾々と従って、戦々恐々と倉庫を出入りしている。断れないのはそういった人間のサガなのだろうが、それでも準備をしなければならないと覚悟してのことなのだろう。
撮影場所は群馬らしかった。
群馬か。
群馬のことを思っていると、ぴんという効果音が頭の中で鳴る。
スタジオにて、ひと際異彩を放ったいわくつきの神主、『神宮寺』の出身地ではないかと思い至った。