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〖郷に入れば郷に抗え〗
跳び跳ねキノコの小道を赤い髪にポニーテールをした緑の瞳のモデルのような男性と赤い瞳に赤味がかった黒のぼさついたロン毛を無造作にゴムで縛った小学生高学年くらいの男子が歩いている。
その二人の目の前によく手入れされた艶やかな毛並みにふくよかな体型をした小綺麗な猫が通る。
猫は二人を見て、聞こえないように
「年齢差の激しいコンビだことで」
そう呟いた。そして、
「何か、聞こえなかったか?」 (ミチル)
「さぁ....気のせいじゃないです?」 (イト)
しっかりと耳に入っていた。
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何十枚とも資料が積み上げられた薄暗い部屋でふと、顔をあげた。
時刻は午前2時をまわっている。窓の外もいつしか闇に包まれて、灯りだけが景色を描いている。
その窓の一つの中にぽっかりと穴の空いた丸い空間ができていた。
吸い寄せられるようにして男性_桐山亮はその空間へ手を入れてみる。その手がぶつかるような感触はない。しっかりとした空洞ができているようだ。
壁に吊られた黒いモノを取って、その空間へ入ったと共に身体が落ちていく不思議な感覚に包まれた。
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手入れがされ、太陽に照らされ、輝くように咲き誇る薔薇園。その奥にて薔薇に負けんばかりの豪華な装飾をされたお城のような建物。何もかもが美しく彩られていた。
「何があっても、おかしくはない...ですか」 (結衣)
一度、言い聞かせるような結衣の声。
無理もないだろう。ここへ移動する前に飲んだ『あったか~いカカオの滝ココア』。
文字通り、滝のように金属製の支えに支えられた二つのコップを行き来するココアを見たのだから。
余談だが、『バチバチ蜂のハニーパンケーキ』は確かにバチバチと火花の散る花に雷模様の入った蜜蜂が蜂蜜のかかった、ふっくらとしたパンケーキを飛び回るスイーツだった。
それをリリがどう食べたのかは、定かではない。そして、リリが最後に話した帽子屋は「貴婦人の相手は長くなりそうだから」と言って、そこで別れてしまった。さて、話を戻そう。
しかし、結衣の言葉を諭すように、リリが応える。
「おかしくはないだろうけれど、現実的ではないですよ」 (リリ)
「...まぁ...そう、ですよね...」 (結衣)
「現実か否かはどうだって良いけど、本当にティーの誘いにのるつもりかい?」
二人の結論を否定するように薄汚れた猫のダイナがティーと呼ぶ、頭が花柄のティーポッドの貴婦人をやや横目にして見る。
「何か、気にすることでも?」 (リリ)
「...君は、君らは気づかないの?何か、ほら...いやに強調するものがあるじゃない?」
「...君の汚さ?」 (リリ)
「えっ」 (結衣)
「.........君さぁ......冷たいよね」
少し低くめの声に大きい瞳を細めて、尻尾を揺らすダイナにすぐさま結衣が顎を撫でる。その途端、ゴロゴロと鳴いて尻尾が立ったままになった為、気分は良くなったようだ。
その少々気まずい雰囲気を壊すように貴婦人の声がした。
「さぁ、お入りになって」
その貴婦人が指す先には煌びやかな空間が広がっていた。
まず、玄関扉は格式の高い装飾に装飾され、そこから世界の境目のように賛美な空間、椅子、燭台、階段、机、絵画...極めつけは貴婦人の巨大な油絵。全てが閑麗で〖美しさ〗のオンパレードのようだった。
「...これは...!」 (結衣)
「...見事なものですね」 (リリ)
「............」
二人がその空間に入っていく中、ダイナだけがそこから黙ったまま、離れていった。
飾られた絵画の女王やダイヤの兵士、花などの絵の中で白兎の絵だけが笑ったような気がした。
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二人の前に胸元にぽっかりと小さな穴の空いたところから赤い血が流れ、身体が軽く痙攣している小さなカエルが無造作に横たわっている。
「なに、してるの?」 (光流)
光流が凪に訊いた。
「......刃物...持ってた、から......それで...」 (凪)
「.........」 (光流)
その返答に暫く、静寂が包まれる。
やがて、光流が口を開いた。
「......そう。じゃあ、次はどこに行く?それ、片付けないと、危ないかも、だけど」 (光流)
「別に危なくはないよ?」
光流の声から後ろ手に声がした。
「チャシャ猫?」 (凪)
「そうだよ、〖アリス〗。俺だよ」
「...!...これは...これは、違う!た、ただ...」 (凪)
「ああ、知ってるよ。でも、光流の方が似合ったかもしれないね」
「......かもね~...」 (光流)
「そのカエルさ、時期にその匂い嗅いで“蛇”が来るだろうから、そのままでいいよ」
「蛇...?」 (凪)
「いいから、もう出よう?〖アリス〗、まだ行くところがあるんだ」
そう言って、尻尾を揺らしながら歩くよう促したチャシャ猫に続けて二人が貧相な家を出ていく。
遠くからは仲間の死を知らないカエルの歌声が聞こえてくる。
|ああ、ほら、〖アリス〗が来るよ!《ゲコゲコ、ゲコゲコ、ゲコゲコ》
|ああ、ほら、〖アリス〗が来るよ!《ゲコゲコ、ゲコゲコ、ゲコゲコ》
|我等の美しい歌声に誘われて!《ゲコゲコ、ゲコゲコ、ゲコゲコ》
|女王様だって褒め称える!木聞だって口を開く!《ゲコゲコ、ゲコゲコ、ゲコゲコ、ゲコゲコ》
|我等の美しい歌声に心打たれて《ゲコゲコ、ゲコゲコ、ゲコゲコ》
|国中が涙を流す、我等の歌声!《ゲコゲコ、ゲコゲコ、ゲコゲコ》
|ああ、ほら、〖アリス〗が来るよ!《ゲコゲコ、ゲコゲコ、ゲコゲコ》
|ああ、ほら、〖アリス〗が来るよ!《ゲコゲコ、ゲコゲコ、ゲコゲコ》
|我等、カエルの合唱隊!我等、カエルの合唱隊!《ゲコゲコ、ゲコゲコ、ゲコゲコ、ゲコゲコ》
| 《ズリズリズリ...》| 《ズリズリズリ...》
| 《ズリ、ズリ...》
その跳び跳ねキノコの道の先に真っ暗なペンキを被った細長く巨大なものが向かいから蠢き向かってくる。
見たところ、蛇のようである。
「“蛇”、ね。確かに蛇だね」 (光流)
「そうね...」 (凪)
遠くで蛇が建物を壊すような音がする。蛇が暴れまわっているようだった。
やがて、何かを見つけたのか蛇がそれを、掴み...死んだカエルの身体が宙に舞った。
そして自分の目と鼻の先に来た瞬間、真っ暗な口を大きく開けて飲み込んだ。
その光景を見ながら、二人と一匹は立ち尽くす。
凪の持つ銃器はまだ、暖かった。