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天国のような地獄行き
暗黒童話唄のジキハイでLonePi様の楽曲「ヘヴンリーユー」の曲パロです。三次創作かもしれません。
※スティーヴンソンの原作で、アタスンとプールがジキルの書斎に行く前、ハイドの体で薬を作っている状態のジキルとハイドを前提に書いています。原作未読の方は、そっちを先に読んだ方が楽しめるかもしれません。
一応、青空文庫で翻訳版を読めますので、あとがきにURLを貼っておきます。読みたい場合はどうぞ。
※暗黒童話唄要素ないかもしれません。ただのジキハイの可能性大。
※「ヘヴンリーユー」の要素も薄いかもしれません。歌詞の感情やストーリーをなぞってるだけなので。引用とか怖くてこれになってるので、お許しを。
※BLや腐要素は微妙なラインですが、作者が腐ってる側なので一応腐向けタグは入れておきます。でも原作寄りです。スティーヴンソンの原作の時点でわりと妙な関係してるので許してください。
※久々の執筆で、リハビリがてらに作ってます。クオリティについても一応ご注意くださいませ。
少し前まで、夜明けは彼に変身する、心地よい悪夢の終わりの合図だった。
見上げれば浮かんでくる空が、星々を飲み込むような深い濃紺色から、段々と薄く淡い東雲になるのが、彼になっていられる時間の終わりを告げていた。
そうなると私――彼は、全ての蛮行をやめて、一直線にあの書斎へと戻っていた。
誰かが起きたりする前に、この世界に私と彼だけが存在している間に、数秒も経たずに薬を飲み込んでいた。
人類が腹の中に入れられるとは到底思えない、毒々しい深緑色の液体を、私と彼は喉に流し込む。
どんなときも、それから少しの間、体の中から激しい痛みが走り、悪寒と吐き気が止まらなくなる。
ざわざわとした嫌な気持ちが、心の底から這うように出ることもある。
その間に体がみるみるうちに溶けて、ハイドはジキルへと戻っていくのだ。異常な方から、正常な方へと。
だがしかし、これはもう前の話だ。
ハイドという人間の制御が難しくなった現在、もう私は、自由自在な一夜限りの変身はできない。
それどころか、もう一日中ハイドへとなってしまっている。私が表面に出る方が、もはや困難になっている。
誰にも見せられない、禍々しく憎たらしい、そんな肉体のまま、引きこもり過ごすことを余儀なくされている。ときには、そのままで泣き腫らしてしまうこともあった。
書斎の奥で、どうしようもないこの状況に絶望しながら、ただただ全てが恐ろしく思えてきて、涙を流していた。私の体ではなく、ハイドの体で。
ああ、なぜ泣くときでさえ、お前の体でいなければいけないのだろうか。私はもはや、ヘンリー・ジキルとして存在することすら許されないのだろうか。
エドワード・ハイドという人間を作ったことを、私はずっとずっと、あのカルー卿を殺してしまったとき、いや、その前から、強く後悔していたのだ。
こんな悲しく苦しい存在を作ってしまったのは、紛れもない私だ。私がハイドを生まなければ、私以外の全ての人間が果てしなく素晴らしい人生を送れていたことだろう。絶望せず、悲観せず、苦しまず、健やかに生きていけたというのに。
全ては私のせいだったのだ。直接的な犯行を犯したのはハイドであり、そのハイドを作ったのは私。このヘンリー・ジキルだ。だから、なにもかも私が悪いのだ。
ハイドという悪魔のような存在ができてしまったのは、私のせいなのだ。
--- *** ---
ジキルの声が聞こえる。そうすると、いつだって頭が変な感覚になる。これが痛み、というものなんだろうか。私には分からない。
私は、人に痛みを与えるためだけに生まれた存在だから。与えられる側の気持ちは分からないし、慣れていない。これからきっと知っていくはずだったんだろうけど、もはやそれすら、今の状況では叶わないと思う。
こんな狭くて苦しい書斎に閉じ込められて、やることは薬の調合。ただひたすら、昼夜問わずそれだけを繰り返す。そんな状態で得られる体の痛みなんて、たかが知れているだろう。
体の痛みだけなら。
心はいつだって沈んでいた。もう私は、私たちは死んでしまうかもしれない。その瞬間が来るのが、ただひたすらに怖い。死がなによりも恐ろしく思えてきて、ジキルが泣いていたとき、私も体だけじゃない、心を通じ合わせて泣いていた。ジキルは、気づいてなさそうだったが。
でも、そうだ。ジキルが泣かせたんだ。あれもこれも、彼が作り彼が壊したんだ。
汚いことは全て私に任せて知らんぷりする、傲慢で強欲で、一番の悪である彼が、全部を破壊した。私はそれに加担するよう生まれてしまっただけなのだ。きっと、きっとそうに違いないだろう。
私はこの世界に、召喚された悪魔のように生まれてしまった。その責任は、おそらくあのヘンリー・ジキルにあるのだ。彼が薬を作って飲まなければ、私を封じ込めていれば、ここまでの事態にはならなかったというのに。
どれもこれも、あいつが悪いんだ。
そのはずなんだ。そのはずなのに。
私は、私として生きたくてしょうがない。ジキルに生み落とされた哀れな存在じゃないと、せめて少しでも口に出したい。誰に聞かれていない戯れ言だったとしても、ただこの部屋の空気たちに、書斎の本たちに、薬の材料たちに、実験の器具たちに、生活用品や家具たちに、そして頭の中の彼に、この言葉を伝えていきたい。
特に彼には、呪いのように伝えていきたい。認めてください、と。
私を私だと言ってくれる、きっともう訪れる可能性はないであろう、その瞬間まで。
--- *** ---
でも、もう私たちは終わりらしい。ドアの向こうから、激しい声と物音がする。アタスンとプールが、ドアをこじ開けようとしているのだ。
私たちは思わず叫びながら、どうしようと必死で頭を回した。どうしたらいいか分からない。正気はとうに失っているのだ。
バレたくない。知られたくない。その思いだけが、血液のように全身を駆け巡っていく。さっと血の気が引いているはずの顔や体が、やけに熱かった。
その感覚が、私たちにとっては不思議で、不快でたまらなかった。
たまらないけど、時間は刻一刻と過ぎていく。その感覚に吐き気を感じているうちに、あっという間に時計の針は進んでいた。アタスンとプールが、もうすぐそこまで近づいていた。
もう私たちに、猶予はないのだと思う。退路は閉ざされている。あの一枚の、心細く私たちと彼らを隔てるドアが破られてしまえば、悪行は全て白日の元へと晒されてしまう。
薬のこと、ハイドのこと、罪のこと。そして、それらを形作ったヘンリー・ジキルのことが。なにもかも、知られてしまう。
それだけは、どうしても嫌だった。私たちのうち、どちらかが嫌だと叫んでいた。どちらかなんて知らない。気にしている余裕だって、雀の涙ほどもなかったのだ。
私たちの、片割れの本能が警鐘を鳴らす。もうダメだ。生きていけない。この書斎で、私たちの人生は、いや、人生以上のなにもかもが終わってしまう。
終わってしまう。繰り返される呪いの言葉が強く、深く刺さっていた。
そうして得られた心の痛みは、私たちの体の脈に、激しく沈んだ。
沈んだから、気づけばどちらかが、薬の入った薬瓶を手にしていたんだろう。
生存本能の警告もむなしく、片割れはとっさに、アタスンとプールがドアを開ける前に、その薬、いや、毒を飲み込んだ。
喉元に、今までの薬でも感じたことのないような感覚がなだれ込んでいた。不快なんて言葉では表せない、言語化がままならないほどの、とにかく最悪な感覚だった。
人生最後の痛みがこれなのか。最悪だ。どちらかが、脳内でそう口にしていた。
でも、もう片方はそれどころじゃなかった。
お前が死んだら私はどうするんだ。私も死ぬのか。ただの心中じゃないか。
私を置いて逝かないでくれ。でも、こんな死に方も嫌だった。
私は私として死にたかった。
どうしてくれるんだ。
脳内は、私たちの悲痛な叫びと、毒に侵された体の痛みを受け止めることで、いっぱいいっぱいになっていた。
二人分の苦しみを知るんだ。大変に決まっていた。
だから意識の最期は、脳が泥のような眠りにつくように、ふっと訪れた。
唐突に歪む視界には、ドアを開けてこちらを見る、アタスンとプールらしき人間の影が見えていた。
でも、誰だったかは分からなかった。自分がどちらの誰なのかすら、分からなかった。
--- *** ---
私たちは、死んだらどこに行くのだろうか。
二人それぞれ、違うところに行くのだろうか。天国と地獄のような、遠い遠い場所まで離れて。
でも、そうでもない気がする。そもそも、ヘンリー・ジキルもエドワード・ハイドも、天国には行けないような気がした。
それならば、結局辿る道は同じだ。
ずっと二人で、どうしようもないままの、いたく歪んだ地獄に行くだけだ。
親愛なる楽曲の本家様
ヘヴンリーユー/LonePi https://youtu.be/tR15E2QD63U?
読みたい人向けの青空文庫様
ジーキル博士とハイド氏の怪事件
著:スティーブンソン ロバート・ルイス
訳:佐々木直次郎
https://www.aozora.gr.jp/cards/000888/files/33205_26197.html
敬称略です。
なぜか今年の書き納めはこれになりました。まあ今年最後の一ヶ月くらいは、怒涛の勢いでジキハイの沼に沈んでいたので、やむなしですかね。