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The Comedy of X 3
「もう少しでいらっしゃるそうです」
「分かりました」
ドアの向こうからやってきたスーツの男性がマンフレッドに耳打ちした。
独特の緊張感のようなものがある故か、普段以上に興奮して噛みつこうとしてくるカールを宥めつつ、そっと周囲を眺める。
乱歩くんと別れ、大使館に着いた後通された部屋は、厚い壁や絨毯など防音性に優れた部屋だった。
恐らく警備員による警備も手厚いことが見受けられる。
現在中にいるのはスーツを着た日本人が一人。
一見私服警察に見えるものの、それ以上に隙のない動きから見て公安部の者か特務課のエージェントであろう。
乱歩くん繋がりで面識のある、丸眼鏡に|黒子《ほくろ》の男性でも、|土耳古《トルコ》石色の髪をした女性でもないが。
だとすると、フリデリック達が担当している事件は、注意を払うべきニホン人異能者に関係しているものなのだろうか。
其れを悟ったと同時に、先ほどから胸に広がる不安の霧がより強くなった。
何故かは解らないが、胸騒ぎを感じてしまう。
そう云えば、フリデリックは『解決すれば国の裏を暴くかもしれない』と言った。
盗んだ可能性のある者は、裏社会でも有名な闇組織なのだろうか。
そう考えながら壁時計に目をやる。
おおよそ12時半。
(今頃乱歩くん達は探偵社に戻った頃であるか?)
電車に一人で乗れない問題については、行きと同じく虫太郎くんが付いているから大丈夫だとは思うが。
そんなことを思いながら隣に目を向ける。
フリデリックはちらちらと腕時計を気にしており、マンフレッドは何やら紙束を捲っている。調査資料だろうか? 見たところ英語で書かれており、所々に写真が載っているようだが。
しかし、吾輩はどれくらい共に居れば良いのだろう。同行を頼み込まれたものの、渦中にいる人間でもない訳だし。
衣服に爪を立てて来るカールを撫でたその時だった。
「あの、本当にお辞めください!」
「何ー? 僕だって関係者だけど、居たらいけないの?」
「ちょ、乱歩くん……」
「ですから、本当に」
防音機能でかなりくぐもっている所為で聞き取り難いが、何やらドアの外で揉めているようだ。
どうやら二人にも聞こえたようで、近くにいたエージェントに何があったのか尋ねている。
危険性が高まったら止めに行くだろう。
それはさておき、聞こえてきた声のうち二つにとても聞き覚えがある。ありすぎる。というか先刻まで聞いていた。
乱歩くんと虫太郎くんである。
どうしたというのだろう。道中で何か問題に出会したか、それとも。
そう不審に感じていた所で、ドアの揉め事の声に新たな声が加わった。
「あれ、乱歩さん?」
「あ! やっときた!」
若い女性の声だ。
どこかで聞いたことのある、柔らかさと低さのあるその声に、はてと首を傾げる。
確か初めて聞いた時は、乱歩くんが近くにいたような……。
そこまで考えてから、やっと思い至る。
特徴的な蝶の髪飾りをした探偵社の女性、与謝野晶子の声だ。
小説の中で犠牲者となりかけた人物だと思い当たると、少し苦い気持ちが込み上げてくる。
そして、乱歩くんが“さん”付けで呼ぶ数少ない人物だ。乱歩くんなりに、親しみと敬意を持っているのだろう。
そんなことを思っている内にも、外の会話は続いていた。
「どうしたんだい、乱歩さんに小栗。今日は一日ポオの所にいるんじゃないのかい?」
「んー、一寸ね。虫太郎くんは僕が連れて来た」
「そうかい。妾は呼ばれて来たんだけど……。入っても宜しいでしょうか?」
与謝野殿の尋ねる声が聞こえた。どうやら彼女も関係しているらしい。
なるほど、と吾輩は手を打った。
乱歩くんも気になって戻って来る訳である。なにしろ与謝野殿は乱歩くんにとって大切な人の一人なのだから。
警備員はさぞ困っていることだろう。此処で彼女を中に入れると、乱歩くんは何故入れてくれないのかと言う。その為には、中で行われる事が、関係者以外が知ってはならぬ事で、関係者も最初から伝えられている事、与謝野殿が関係していることが相手に知られてしまう事を承知で説明しなければならない。そもそも与謝野殿の言動で、中で秘匿性のあることが行われることが分かってしまっている。
けれども、秘密のものが入った箱に『秘密』とでかでかと書いておく人間がいないように、其れを警備員は説明したくはない。
けれども警備員は与謝野殿を中に入れなければならない訳で。
そうなると、警備員が打つ手は限られて来る訳で。
暫くすると、ガチャリとドアが開かれ、苦々しい表情の警備員が顔を出した。
その後に、にこにこと笑う乱歩くん、与謝野殿、そして少し居心地悪さげな虫太郎くんが続く。
「な……!」
隣で二人が絶句しているのが気の毒に思えて来る。
だが、そんな様子など歯牙にもかけずに、乱歩くんは吾輩達の向かい側へ腰掛けた。
「で、何があったのか教えてー?」
「否、待て待て待て! 何故お前がいる?」
テーブルの上に置かれた資料にひょいと伸ばされた乱歩くんの手から、フリデリックが資料を掠め取って言った。
「だぁから、気が変わったんだって!」
そう言いながら、乱歩くんが両手で資料を挟み込もうと腕を振る。が、それは綺麗に空振りし、パチンと気持ちの良い音を響かせた。
「気が変わった云々で済ます話では無い! というか来るなと暗に伝えたつもりだったのだが?」
またしても襲ってくる両手を避けながらフリデリックが返しの言葉を放つ。
話すことに彼の気が取られたのか、乱歩くんは資料を指でつまみ取ることに成功した。
猫と猫じゃらしの攻防のような対決は、猫側の勝利に終わったらしい。
資料をカールの目が、もの欲しげにじいっと追ってので、早く終わってくれて助かった。
重なった紙をぺらりと捲りながら、何の気なしに乱歩くんが口を開く。
「ええー? そんなこと言ってたっけ? 都合が悪いとは伝えられたけど、来るななんて言われてないよ?」
「否、其れを暗に伝えたっていうンだよ」
心労で灰のようになっている虫太郎くんの代わりに、与謝野殿が突っ込んだ。
ただ、彼女もこうなった時の乱歩くんのことはよく知っているのであろう。止める気はさらさらなさそうだった──止めても無駄だと知っているが故のことだが。
「……抑も、どうやって此処が解ったのですか?」
「大使館に行くーって言ってたし、与謝野さんから連絡来たし。タクシー拾って急いで来たんだから。後は──まあいいや。分かるでしょ、大体」
心は、既に資料の内容とハンチング帽に隠された脳細胞の働きに向いているのだろう。
そっと尋ねたマンフレッドに、どこか投げやりな様子で乱歩くんは答えた。
そのとき、ある一枚で乱歩くんの手が止まった。
薄く開かれた緑の目は、静かにスライドして文面を追っている。
ちらりと横目で観察していた虫太郎くんも、自らの目に映ったものに驚愕しているような素振りを見せた。が、直ぐにそんな様相は消え、何時もの余裕ある風体を取り繕った。
雰囲気の変化した彼らの様子に、与謝野殿が何を見つけたのかと資料を覗き込もうとしたが、その前に乱歩くんは資料を閉じてしまう。
そのまま、ぽいとテーブル上に投げ出された紙束に、吾輩は手を伸ばした。
(何の頁に興味を惹かれたのであろう?)
そう思いながら紙を捲ろうとすると、人差し指が何やら違う感触を捉えた。
不審に思いながら指元に目を落とすと、ある一頁の端が折られているようだった。乱歩くんが折ったのだろう。
その頁に指を差し込んで開く。
「、 」
そうして目に入ってきた情報に、吾輩はぱちりと目を瞬かせた。
ようやっと目の前の情報を咀嚼して、調査資料の表紙へ急いで戻る。
事件概要を読んで、やっと理解した。
何故乱歩くんがこうも急いで蜻蛉返りしてきたのか。
何故今見た情報が載っているのか。
そして、何故、与謝野殿がこの場に呼ばれたのか。
消えた資料は、あの大戦の考察資料。
中でも、激戦地、常闇島の──ニホン軍の、“Angel of Death”についてのものだったのだから。
お久しぶりです、眠り姫です!
わあ、久しぶりだ。うん。
終わるかな……気概で何とかしたいな……
なんかね、疲れてね、やる気が起きない。うん。
何もする気にならないんだよね。
まあそれはいいんだ。
この作品で虫くんとフリデリックがとことん不憫な役回りになってしまう。ごめんね!
ツッコミ役って便利だからさ!
あと人数多い。
頑張ろう。
では、此処まで読んでくれたあなたに、心からの感謝と祝福を!