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奇病患者が送る一ヶ月 十九日目
死ぬ程余談だけど、自分縦読み対応で書いてるんだよね。
…いや本当それだけ。
ふと目が覚めた。
香水の匂いが鼻をさす。
知らないうちに寝ていたのか…、それだけ思い、部屋を出る。
慣れた手付きで鍵を閉め、階段の反対方向へと足を進めた。
ここの廊下を左手に進めば風呂場がある。
香水の匂いを落とすため、シャワーを浴びてから医務室に向かおう。
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「おはよ。」
「あー、おはようござっす。」
俺は静かに扉を開けいつも通り挨拶をする。
菱沼は相変わらずラムネをこっそり頬張っているが、シエルと黶伊の姿は見当たらない。
もはや、今ではその事の方が多い。
彼らは俺の知らない所で忙しそうだ。
「なぁー、菱沼ぁー。」
俺は暇なので、新聞を読んでいる菱沼にダル絡みをする。
「なんすか…?」
「そんな嫌そうな顔をあからさまにすんなよ…。」
「元々こんな顔っすよ。」
そうだったかな?ここ来てすぐの菱沼はまだ初々しくて可愛らしかったけど。
「まぁいいや。菱沼ー、仕事禁止令解除してくんねー?」
そう、俺が話したかった本題はこっちだ。
いくらなんでも、いざ仕事をやらないと落ち着かない。何よりも暇。とにかく暇。
「駄目っすよ。まだ昨日の今日じゃないっすか。というか灰山さんは仕事してほしい時にしてくれないっすけどね。」
「頼む!もうサボんないからさ!な?」
「駄目っす。」
チッ、押しが効かねぇか…。
「ハァー…、マジかよぉ………。」
「一体何が嫌なんすか…。患者さんと話してたらいいじゃないっすか。」
「だぁってぇ…、お前ら全部やってんじゃん…!食事も洗濯も皿洗いも、本当に全部!!俺がやる隙も与えてくんねぇ!」
コイツらは仕事が早い。その上丁寧にこなす。
俺の病院のはずなのに、俺よりも院長やってる。
俺がいつも頼りない奴みたいじゃんか。
「そんな嫌っすか?」
困ったように菱沼はこっちを見る。
「なんか俺がいなくても、病院が続くって感じがして嫌だ!!」
菱沼は大きなため息をついて、頭を乱暴にガシガシと掻いた。
「………仕方ないっすね…。じゃあ1週間だけ我慢してくださいっす。」
「えぇー!1週間もあんのかよぉ!せ、せめてあと3日!!」
俺が手を合わせてお願いしていると、黶伊が医務室に入ってきた。
「おや、また駄々をこねてるのかい?」
「あぁー、仕事禁止令をあと3日で解除してくれって言ってくるんすよ。」
「黶伊ぃぃ!!!なぁ、良いだろぉ?」
俺はどうしようもなく黶伊に縋る。
きっと黶伊なら許してくれる、と信じて。
「3日…か。まぁ、それぐらいなら良いんじゃない?」
「マジ!?やったぁ!!!!!!」
思わず俺は拳をあげて喜んでしまう。
「当然、それまでは安静にすることが約束だね。」
「良かったんすか?この人約束守らないっすよ?」
サラッと菱沼が失礼な発言をするが、今の俺は気持ちが良いので見逃してやろう。
「良いんだよ。守らなかったら、それに見合う代償を払ってもらえば良い。」
黶伊はそうニヒルの笑みを見せ、彼の机の上に置いてあったファイルを取り、去っていった。
………え、こわ…。
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「やぁ、今日も1人なんだね?」
なんとか菱沼からもぎ取った仕事の花の水やりの最中、ふと春日居が声をかけてきた。
「あぁ…、まぁな。どうした?こんな所で。」
春日居から話しかけられる事は少ないが、春日居が一人で外にでている事が珍しい。
「いや?何個か質問がしたくってね。」
「へぇ…、お前が?珍しいな。」
質問…?どうにも腑に落ちない。
そして、彼の不自然なぎこちない笑顔にも、少し引っかかってしまう。
「君の隣の部屋、一体何があるんだい?」
「あの部屋か?」
「あぁ、よく入っている割には鍵が多いから、気になっちゃって。」
「……お前ってさ、馬鹿だよな?」
「うん、ばかだよ?」
「だよな、安心した…。」
「ハハハ、よく分からないけど良かったね?」
「…お前、もしかして綝に聞いて来いって言われた?」
春日居は酷く驚いたように目を丸くして、次第に楽しそうに笑った。
「さっすがだねぇッ!!これが…、なんだい?“いッとち”?ってやつかい?」
「…“一敗塗地”な。意味はまぁ合ってるけど、分からないなら使うな…。略してるみたいになってんぞ。」
やっぱりな…。春日居がそんな頭良さそうな質問なんてしてこないんだよ。
せいぜい春日居からの質問なんて、夕飯何?か、何してるの?とか、あれ何?なんだよ。
「全く、綝も油断ならねぇな…。」
俺は頭を抱える。すると、春日居は不思議そうな顔をした。
「んー…もしかして最近何かあったのかな?」
「あぁ…、まぁ最近多いんだよ。あいつらが、なんか探ってる事。」
「探る?」
「何を探してんのかはしらねぇけどな。
ただ好奇心か、俺の弱みでも握りてぇのか…。」
つい春日居相手だと、不満をこぼしてしまう。
事実、最近彼らの様子がおかしい。
やけに俺の書いたカルテを読むし、その上俺を仕事…いや仕事場所から遠ざける。
俺の疲れを心配してくれているのかもしれねぇが、だとしたら何かおかしい。
上手く言葉に直す事が出来ないが、彼らの不自然さは明らかだった。
「んーー………、ただの気のせいじゃないのかい?」
「…だったら良いんだけどなぁ……。」
思わずため息が漏れ出てしまうと同時に、持っていたジョウロを地面に落としてしまう。
幸い水は入っていなかった。ジョウロを正しく花壇の近くに置きなおして顔を上げる。
「さて、そろそろ中に戻るか。雲行きが怪しい。」
「そうだね。」
俺は春日居の同意の声を聞き、彼の車椅子を押してやる。
「てか、お前最近話すの上手くなったよな。」
「そうだろう?沢山お話してれんしゅーしているんだ。」
若干変な部分はあるが、誇らしげに言った。
「お前が近いうち、無事に社会復帰してくれる可能性が出てきて嬉しいよ。」
「うん。」
「………。」
「…………。」
「………。」
珍しく沈黙が流れる。
とはいえ、あまり変に口を滑らせたら、綝に言うかもしれないと思い、どうも会話が思いつかない。
こいつもこいつで、何を考えているのか分からない。
「ねぇ、灰山君。」
意外にも春日居が沈黙を破る。
「なんだ…?」
「もし自分が奇病なんて持たずに生まれてきていたら、もっと君と、対等にいれたんだろうか。」
「……、は?」
あんまりにも真面目な話すぎて、逆に俺の理解が追いつかなくなった。
「いいや?私もこればっかりは何も考えてないんだ。」
春日居は俺の顔を面白そうに見て笑ってくる。
でも次第に、ふと淋しそうに笑う。
本当にこいつは、何も考えてないのか?
心では全て分かっているのではないか?
どうしようもない疑問を押し殺して、ただ車椅子を押した。
「ところで君は質問に答えてくれないのかい?」
「…………。」
どう言えばいいのか、迷ってしまう。
「まぁー、無理して答えなくっても良いんだよ。」
「………俺は…、今のままでも、お前と対等だって思ってるよ。これでも四年の付き合いだし…。」
気付いた時には答えていた。素直で嘘偽りない言葉が口から出ていた。
でも本当にこれが患者にかける言葉なのか。失礼なんじゃないか。
そんな不安が徐々に募っていく中、春日居は驚きでなのか数秒固まった後、さっきよりも面白そうに笑った。
え、え…!?何か間違った事言ったか!?
「アッㇵハハハㇵㇵッ!!!うげぇぼ、ゲボッゲホッ!!!」
焦り散らかして、咳き込む春日居に声をかける余裕もなく、ただ懸命に背中をさする。
「ㇵーーーー……。いや、自分はね、その質問じゃなくて、君の部屋の隣の空き部屋みたいな部屋の質問の事でさ…。ん?空き部屋みたいな置き部屋?あれ?」
自分で言った事がややこしくなって、混乱してるぞこいつ…。
てかなんだよ、そっちの事かよ…。
「それは…、まぁ……、んんー………。
ガチで9.5割は物置きなんだよなぁ……。」
「なんだ、そうなのかい?」
「お恥ずかしい事ながら。階段だから降りれるかー?」
「あぁ、もちろん。」
先に車椅子を上の階に運び、その後に春日居に肩を貸して階段を上ってもらう。
やっぱ、もうそろそろキツいな…。主に腰が。
「君も歳なんだから、これ階段じゃなくて、エスヵベーターにすれば良いのに。」
エスカレータかエレベーターどっちだよ。いやどちらにせよ、中々無茶なお願いだけど。
「そういえば君は、どうしてこの病院をつくったの?」
階段を上っている最中、いつも通りの微笑みを浮かべながら聞いてきた。
「……お前、本当は全部分かってたりしない?」
彼の質問があまりにもアレだったのて、さっき思っていた疑問をつい投げかけるが、
彼は黙々と階段を上りながら、どうだろうとだけ言った。
肩を借りているとはいえ、ふらつきが少なくなっている。
患者の成長だ。嬉しい事だな。
なんとか上りきり、また車椅子で押してやる。
「それじゃ、ここまで来たらもう良いよな?」
そう、春日居を彼の部屋の前で止まって尋ねる。
「あぁ、助かったよ。階段はまだ一人じゃ上れないからね。」
「おう、それじゃ。」
俺はヒラヒラと手を振って、三階への階段に足を進めた時、
「…強いて言うなら、…私は君を分かったつもりではいるよ。」
春日居はこちらに顔を向けないまま、言った。
「でもあの人にそう言ったら、まだ全然君の事分かってないって言われちゃった。だから、君のそぉだん相手にぐらいにならなるよ。これでも四年の付き合い、なんだろ?」
最後に俺が言った言葉をそっくりそのまま返されて、何処か恥ずかしい気がする。
「…うん。」
そう返事をする事だけで、もう精一杯だった。
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また昨日と同じように、例の部屋の扉の前で足を止める。
……あれ?
そう思ったと同時にポケットから電話のコール音が響く。
あまり見覚えの無い電話番号だったが、特に躊躇はせず、電話に出る。
「あー、はい?………え、ァ…!あぁ…
そうですか!!…ぅす、分かりました。ありがとうございます…!」
具体的にどんな内容か、なんて事は改めて言う必要はないが、ニヤけが止まらない。
そっかぁー…、うん、良かったなぁ…、晃。
いやいや、今日はもう休もう。
そう思い、その部屋を後にして自分の部屋に入る。
こっちはあっちと比べて、鍵は普通の鍵一個だけ。
とはいえまぁ…、やっぱりこの部屋は好きじゃないな。
今更掃除をする気にはなれないが、埃っぽいにも程がある。
『そういえば君は、どうしてこの病院をつくったの?』
椅子に腰かけた途端、その言葉が脳裏にちらつく。
あー、駄目だ。やっぱりこの部屋は落ち着かない。
少しは感傷に浸れて、気が紛れると思ったが、まさに逆効果。
……何でだったっけ…。俺がここ造ったの。
ここは奇病病院。
人々を脅かす奇妙な病気である“奇病”というものを治す事を目的とした病院。
やることは普通の病院と同じで、症状を訴える人に治療薬を出したりするだけ。
俺が昔働いていた街の病院を参考にして試行錯誤をしながらこの病院をつくった。
しかし、奇病というものは様々で、中には危なっかしい奇病もあった。
そんな奇病を持っている人には、この病院で入院をしてもらう。
中には奇病を気味悪がられて行き場の失った人達を保護する事だってある。
患者のためなら何でもするような、そんな病院のはずだった。
患者を助けたい…、本当にそれが俺の願いなのだろうか。
そうだとすれば、もうこの病院に患者はいないはずだ。
患者を助けるだけが願いじゃない。
俺は何か探していたんだ。
確か……彼女の奇病の…、治療法を。
薬のせいだろうか、よく思い出せない。
思い出せない、思い出したくない。
思わぬ頭痛で、頭を強く抑える。
その時、急に人影を感じ顔を上げる。
気の…せいか…。
本当に俺疲れてんのかな…。
そこにある人影を横に、目を閉じる。
きっと明日には忘れているだろう。
█が██まで、
あと11日。
ただ春日居さんと仲良くしてほしいなーって。
ただこんな会話してほしいなーって。
もうホント、それだけっす。