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影の中の光
家を出た。駅まで歩かなきゃ。駅に着いた。電車に乗らなきゃ。電車に乗った。降りるまで立ちっぱなしだ。電車を降りた。学校に行かなきゃ。2年生に進級してから、ずっとこの繰り返し。入学した頃は、全然こんな感じじゃなかった。義務教育から解放されてからの高校生活はすごく楽しみにしていたし、第一志望の高校でたくさんの友達を作って、みたいな。中学のときよりも広くなった世界で、自分も中学のときよりもたくさんのものを見て、大学生まで頑張ろうと決意をしていた。それなのに。2年生になって、理想は、俺の希望は、全部打ち砕かれた。
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始めは、ただのパシリだけだった。アイツらが忙しそうだったからまあいいか、と手伝うつもりでやった。でも段々要望が増えてきて、しんどくなった。俺にも俺の事情があるからそろそろもうパシリはやめて欲しい。そう伝えた。そうしたら、対応が一気に変わった。まず、物を隠されることが増えた。シャーペンとか、授業のノートとか。シャーペンはすぐに見つけたし、ノートは替えが利くからどうしても見つからない時は新しく買った。でも、見つからないと復習ができないし、親も怪しいと思うかもしれない。だからまた、やめて欲しいと伝えた。
「隠されんのが嫌ならまた購買行ってくんね?そしたらやめてやんよ」
「つーかさ、やめて欲しいとか言う前に理由考えたら?脳味噌あんだろ?ちゃんと使えよ」
ここまで面と向かって悪口を言われたのは生きてきて初めてで、その日の帰りは電車の中で泣きそうになりながら帰った。
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それからも、いじめがどんどん激しくなった。仲間外れとか、俺と話した子を無視したりとか。そんな様子を見ていられなくて、学校では先生以外と話さなくなった。机の中に悪口が書かれた紙が入っていたり、美術の時間に彫刻刀で傷つけられたり。体も心も、全部が痛かった。先生や親に相談するか迷った。でも相談することでいじめがエスカレートするかもしれない、いじめられるような弱い自分が嫌われてしまうかもしれない。そんな考えばかり頭に浮かんで、結局相談はできなかった。
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「久しぶりじゃん、|昴《すばる》。なんか痩せた?」
「|直兄《なおにい》………」
また学校で誰とも話さなかった日。家の最寄り駅から歩いていたら俺が生まれてから高校1年生まで家が隣だった2つ年上の大学生、|月岡直斗《つきおかなおと》に会った。血の繋がりはないけれど、昔からよく遊んでくれて、今でも会うと直兄と呼んでいる。今は大学生だけど、最寄り駅は同じまま引っ越したからたまに遭遇するんだよな。
「どう?学校は」
「………うん、楽しいよ」
「今なんか間あったんだけど?」
「なんでもないよ。疲れただけ」
直兄鋭いな。ちゃちゃっと受け流して帰ろう。
「手の甲の傷、どうした」
やばい、制服の袖から出ていた手の甲の傷が見えていたらしい。消毒だけして、保健室にも行ってないんだよな。痕残るかもしれない。
「別に、美術でちょっと失敗しちゃっただけ。俺そんな器用じゃないからさ」
「………そう。なんかあったらいつでも連絡していいからな。どうせ家近いんだし」
「………………うん」
そんな事言われたって、言える訳ない。
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「なあなあ、俺たち今日昼休みも部活あってさ。悪いけどこの金でパン買って体育館まで届けてくれない?」
「……わかった。どのパンがいいの?」
またか。いい加減にしてくれよ、と心の中で呟く。でも本当に言ったらもっとひどくなるから。我慢しなきゃ。
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昼休みになった。購買まで走って、言われた通りのパンを買って、体育館に直行する。でも、体育館は電気も消されていて、人はいなかった。おかしいな。
「そこ、2年か?今日の昼休みは体育館使えないぞ?」
驚いて固まっていると、その辺にいた先生に言われた。
「え、ああ、すみません……」
どういう事だろう。とりあえずまた走って、3階にある教室まで戻る。
「おい遅いぞ!!」
「教室で食べるって言っただろ?どこまで行ってんだよ」
………は?ふざけるな。お前らが言ったんだろ。体育館って。俺にイライラをぶつけるために………わざとか?
「いい加減にしろよ毎回毎回。こうやって、お前の価値を作ってやってんだよ。こんなのもできないとか、本当に何で学校来てんの?お前」
「っ、ごめんなさ」
「謝るぐらいなら最初からやんなよ。できないならもう来なくていい。いちいち謝罪聞くのももうウザいんだよ」
じゃあどうしろって言うんだよ………
「放課後、屋上来いよ。あ、でも屋上って入れねえよな……屋上まで行く階段上がって、扉の手前まで来い。来なくても遅刻しても殺すからな」
「……………はい」
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放課後。言われた時間より2分早く、階段のところに着いた。そして、杉田と米島_________俺をいじめている二人が来た。
「お前、もうパシられんの嫌だろ?」
「う、うん」
なんだ急に。
「もうそろそろ、お前をパシリにすんのやめようと思ってさ」
「ほ、本当か____」
「ただし、俺等が今からお前のこと2発ずつ殴るから、それに耐えたらな」
「そんな____何でそんな事」
「気に入らないから。お前のこと」
は?そんなことで?そんな簡単な理由で四発も殴られなきゃいけないのか?ふざけんなよ。でも、これに耐えれば、俺は、もう苦しまなくていいんだ。
「わかった。受ける」
親への言い訳は、後で考えよう。
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「まず一発目な」
杉田がそう言って、右頬にビンタが飛んでくる。痛い。でもこのぐらいなら全然平気だ。
「二発目!」
米島の腹パン。一瞬吐き気がせり上がって来たけど、まだ大丈夫。
「三発目。そろそろキツイんじゃね?」
左頬に杉田の拳。衝撃が大きく、視界が歪む。
「ラスト!これで終わりだ!良かったな!」
右足に思い切り蹴りが入る。バランスを崩して階段から落ちかけたが、手すりを掴んで踏みとどまった。ただ遠心力で階段の柵に背中を打ちつけたのと、着地の時に左足首をひねってしまった。
「マジで耐えるとはな」
「お疲れ。やっと安心して学校行けるな。ははっ」
そう言って笑う2人に|苛々《いらいら》し、無言で鞄を掴んで階段を降りた。
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「昴……だよな!?顔どうした!」
口の中の血の味や、いつまで経ってもジンジンしている背中に顔を顰めつつ、最寄り駅から家まで歩いていると、直兄に会った。
「別に、前見ずに歩いてたらうっかり電柱にぶつかっただけだよ」
「……………本当か?」
「嘘つく必要ないでしょ」
さ、バレないうちにさっさと帰ろう。足首に湿布貼りたい。
「なあ、今日俺の家泊まってかないか?」
「はあ?」
「どうせ同じ駅の範囲だし、そんな遠くないし。明日土曜だから、学校の心配もない。宿題とかわかんない所あったら教えるよ」
いや、突拍子もなさすぎる。よくそんな思いつくな。
「でも服とかさ……」
「じゃ、一旦持ち物の準備してから来なよ!1時間後ぐらいに俺の家集合ね!部屋、402だから!」
言うだけ言うと、直兄は爽やかに行ってしまった。………行かなくてもいいかな。
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とまあ魔が差しかけたものの、久しぶりに直兄とたくさん話せるのが嬉しくて、今は直兄に言われたマンションの番号の部屋の前まで来ている。インターホンを押すと、引くぐらいニッコニコな直兄が出迎えてくれた。うん、やっぱ帰ろうかな。
「いやちょっと、引くなよ!」
「………なんでそんなニコニコなの」
「久しぶりに昴とたくさん話せそうだからな!ほら、上がって上がって!」
「お邪魔します」
直兄が一人暮らししている部屋は、初めて入ったけど一人暮らしの大学生にしては広かった。だってリビングと寝室分かれてるんだもん。社会人でも最初の方はワンルームじゃないのかな。まいっか。
「荷物ここ置いといていいよ。そしたらまず、お風呂入ってきな」
「直兄は?」
「俺?昴が準備してうちに来るまでにもう入ったよ。昴が入ってるうちに夜ご飯作るよ。何食べたい?」
「うーん、スパゲッティがいい」
「味付けは?」
「和風のやつ」
俺は直兄が作ってくれる料理の中で、ベーコンとネギとしめじと舞茸が入ってて、醤油とニンニクで味付けしたスパゲッティが好き。直兄って料理上手なんだよね。
「じゃ、いってらっしゃい。ゆっくり浸かってね」
「うん。ありがと」
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「おかえり。あれ、お風呂上がりにそんな格好で暑くないの?」
風呂から上がって、パジャマに着替えてリビングに戻ると、直兄にそんなことを言われた。確かに10月に入ったとはいえまだ暑さが粘り強く残っている今の時期に、半袖長ズボンで上にはパーカーを羽織っている俺は直兄から見たら暑そうなんだろうな。でも足蹴られたところとか、今までに受けた傷とかは見えないようにしたいからな。
「とりあえず、ご飯食べようか。飲む物麦茶しかないけどいいよね?」
「うん、いいよ」
『いただきまーす』
ちゃんと手を合わせ、いただきますを言ってから食べる。うん、やっぱり直兄の料理は美味しい。夕方は大変だったけど、癒されるな〜。
「昴、学校楽しい?授業ついていけてる?友達ちゃんといる?」
「っ、うん。大丈夫だよ。心配しすぎだって」
できる限り動揺しているのを悟られないように、笑顔を作る。
「嘘………ついた?」
「え?」
「昴、今嘘ついたよね?」
なんで、わかったの。その感情が、俺の顔に出ていたんだろう。直兄は一度ため息をついて、俺の目をまっすぐに見て話し始めた。
「背中の痣、どうしたの?」
「!?」
「ごめんね。多分、隠したかったよね。昴がさっき着替えてる時、見えちゃったんだ」
「直………兄……」
直兄は、どこまで俺の事わかってるんだろう。
「電柱にぶつかっちゃったとか、美術の時間に失敗しちゃったとか、昴らしくないと思ったんだ。左足引きずって歩いてるのも気になったし。誰にやられたの?」
「クラスの……男子。杉田と、米島っていう……」
「いつから?」
俺は隠しても無駄だと悟り、全てを直兄に話した。
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「そんな事を……?半年間も耐えてたの……?」
俺から全てを聞いた直兄は、信じられない、というような顔をしていた。
「そんな事って、別にパシられてただけだよ。こんなに怪我させられたのも、たまにしかなかったし」
「馬鹿!!」
「えっ」
直兄は今までに見たことがないような、辛そうで泣きそうで、それでいて少し怒ったような顔をしていた。
「なんで、もっと早く言ってくれなかったの?もっと早く言ってくれれば、こんなに殴られることも無かったんだよ?…………もっと、自分のこと大切にしてよ、昴」
こんなに感情をむき出しにした直兄、初めてだ。それにつられて、俺もなんか涙が出てきた。
「俺……さ……」
泣きながら話し始める俺を、直兄が抱きしめてくれる。
「俺……いじめられてるって言うの……怖くて……誰かに言ったら……もっとひどくなるんじゃないかって、それで……」
「うん、うん」
頭を優しく撫でながら、直兄は俺の話を聞いてくれる。
「直兄とかに……俺が…いじめられるような弱い奴って思われたくなくて……失望されたりしたら……嫌だなって………だから…………言えなかった……」
「そっか。心配しなくても、弱いからとかそんな理由で昴に失望したりしないよ」
そう言って、直兄は微笑んだ。その優しい笑顔に、また泣きそうになる。
「あーもうそんな泣かないで〜」
「だって……直兄優しいからっ………」
「可愛いな〜昴は。いつまでも俺の弟だよ〜」
「うんっ………」
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「直兄……」
「何?」
「皿、俺が洗うよ」
たくさん話を聞いてもらって、泣いてた俺をなぐさめてくれたお詫びとお礼として夕飯の後そう言ってみた。
「マジで?ありがと。じゃあ俺コンビニ行ってアイスとかお菓子買ってこようかな。今まで昴が頑張ったご褒美だよ」
「やった。待ってるね」
「うん。行ってきまーす」
めっちゃ嬉しい。楽しみだな〜。
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「昴、そろそろ起きな。もう10時だよ」
「ん〜…‥.」
そっか、今日土曜日か。昨日の夜11時過ぎまで直兄とお菓子食べながら話してたんだった。直兄の家のベッド、一人暮らしのくせにセミダブルだから普通に俺も入って寝れた。あの後、俺の傷とか捻挫の手当ても直兄がしてくれた。直兄にはお世話になりっぱなしだ。
「学校の先生には言わなくていいのか?」
朝ごはんにおにぎりを食べながら、直兄が俺に聞いた。
「迷ってるとこ。でも、言ったほうがいいよね」
「そうだね〜。もう絶対にいじめられないっていう確証はない訳だし」
「よし、言ってみようかな」
「よく決断した。偉い偉い」
そう言うと、直兄は俺の頭をわしわし撫でる。ただでさえ寝癖でボサボサな髪がさらによく分からない方向にハネる。
「なんかあったら、昨日みたいにちゃんと教えてね。絶対にもう我慢しないこと。いい?」
「うん」
「頑張ってね」
直兄は俺の手を握って、笑顔でエールをくれた。
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月曜日。朝、先生に今まであったことを話した。証拠として、傷も見せた。先生は信じられないといった顔をして、それから俺にこう聞いた。
「お前はどうしたい?杉田と米島が俺に叱られれば満足するか?」
「いいえ。でも謝られたところで、なんかなーって感じです。謝罪とかはいらないので、反省だけして欲しいです」
「わかった。じゃあ必ず俺が2人にそうさせるからな。よく話してくれた。あとは先生に任せとけよ」
「ありがとうございます」
俺は一礼して、生徒指導室を出た。
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それからというもの、杉田と米島は2週間の停学になり、停学が明けてから俺には謝罪してきた。納得した………とは言えないけど、とりあえず安心。直兄も、たまに会うと色々話してくれるし、俺のことも色々話す。またちゃんと、楽しく学校に行けるようになって良かった。先生にも勿論感謝しているし、何よりも直兄。本当にありがとう。
どうも、花粉で鼻詰まり&喉腫れてるぱるしいです。鼻声ハスキーボイスになってます。この小説書き始めたのが5日ぐらい前なんですけど、文字数長い小説書くの久々過ぎて時間かかっちゃいました。良ければ感想とかファンレター待ってます。