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    ガラスのような貴方 第3話
    
    
    
    「そろそろ体育祭の時期ですね」
「ああ、そういえば……」
運動部の3年生にとっては最後の大会にあたる学校総合体育大会(通称:学総)が近づいてきた5月末の朝、福田先生がどこか遠くを見つめながら言った。
「憂鬱なんですか?」
「まあ、暑いですし」
「それはそうですね」
昨年までは9月中旬に体育祭をやっていたが、暑さ対策と称して6月下旬にやるらしい。俺としては、6月下旬はほぼ7月だし9月中旬はほぼ8月だから大差ないだろ、というのが本音だ。
「全クラス分、テント用意することになったじゃないですか」
「谷口先生が言ってたやつですか」
谷口先生というのは3年生の体育の担当&学年主任をしている先生で、今回の体育祭の責任者的なポジションである。うちの学校の体育祭はクラス対抗で、縦割りでクラス席の位置が決まっている。簡単に言うと、あそこのゾーンは1〜3年生の1組、こっちは1〜3年生からの2組、って感じ。今までは3学年で1つのテントをクラス席からは少し離れた場所に置き、暑さに耐えられなくなったら一時的にそこに行く、という方法だった。が、今年は流石に暑すぎるため1クラス1つのテントで、生徒たちの椅子もそのテントの下に置くことになったのだ。だがしかし……
「テント、借りてこないとですよね……」
「それです」
うちの学校は1学年6クラス、それが3学年あるため全18クラス。それとは別で放送担当の生徒用のテントや救護テント、先生達の待機用テントなどかなりの数のテントが必要になる。そのため、別の学校からも借りる必要がある。貸してくれる学校が2つ決まっているので、あとは体育祭が近くなったら借りに行けばいいだけなのだが……
「遠いですよね」
「ですね」
片方は歩いて30分、車なら10分かかるかかからないかぐらい。もう片方は歩くと35分ちょい、車ならこちらも10分かかるかかからないか、といったところだ。
「暑い中テント持って歩くのは厳しいですし、やっぱ車ですよね」
「てことは、絶対俺必要ですね」
俺は車通勤、福田先生は電車通勤で駅から歩きだ。
「まあ俺の車シート倒せば結構荷物入りますし、構いませんけどね。テント運ぶために誰か手伝って欲しいところではありますけど」
「あ、じゃあ私手伝いましょうか?」
「え、マジすか?」
なんてリアクションをしているが、俺はさっきから心のどこかで福田先生一緒に来てくれないかなーと思っていたので、めちゃくちゃ嬉しい。
「助かります。頑張りましょ」
「ええ。お願いします。今度の会議の時は私から言いますね」
「本当にありがとうございます。その時はよろしくお願いします」
ああ、俺はこの人の、こういう優しいところが本当に好きだ。胸にじわりと温かさが広がり、口角が緩む。
「なんか、本間先生嬉しそうですね」
「手伝ってくれる人早めに決まってよかったなーって思ってただけですよ。ほら、手止まってますよ。プリントの評価つけなくていいんですか?」
「そうでした。じゃあ、一旦集中しましょうか」
そこで会話は終わり、お互い自分の作業に集中し始めた。
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「………あ、そういえばこの間先生に教えてもらったやり方で夕飯に鍋食べたんですけど、美味しかったです」
10分ほど経ち、俺の方から口を開いた。
「それはよかった。鍋のつゆの味によってどの麺が合うかとか違いあるので、色々試して見ると面白いですよ。どんなつゆでやりましたか?」
「焼きあご出汁?みたいなやつでやりました。まずうどん入れて、次の日の朝雑炊にするって感じで」
「1番シンプルで美味しいやつですね、それ」
うんうんと俺は頷く。朝ごはんに消化の良いものを食べるとお腹が空くのは早いものの胃もたれの心配がないため、胃の弱い俺には結構嬉しい。
「これから週一くらいの頻度で鍋やろうかな」
「いいですね。鍋なら野菜も肉もとれるし、つゆを変えたり具も時々変えれば飽きないですし」
「夏休みとか、お互い空いてる時俺の家で鍋パでもしますか?」
その場のノリでそう聞いてみると、
「いいんですか?ぜひ行かせてください」
と嬉しそうに言ってくれた。
「部活の予定とか出たら日にち決めましょ」
「ですね」
まだ5月だから2ヶ月ほど先の話だが、1つ楽しみができた。気分が上がったおかげか、授業で使うパワーポイントが無事完成した。