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探偵部発足
「男子百m走9秒23。小鳥 渚。第一位。その栄光をたたえる。」
タ、タ、タ、タ
それは一人の少女の足音だった。今は証書授与の時間だ。その真っ最中に堂々と歩き出した少女にみんな注目している。
「今は立ち歩く時間ではありません。すぐに元の場所に戻りなさい。」
司会をしている先生が苛立った声で言った。だが、その少女は「急を要することなので。」と言って賞状を渡している先生と渡されている生徒の元へ歩いていった。生徒たちもざわざわと騒ぎ始める。他の先生達も動き出したが少女には追いつかない。
「そのタイム、違います。少し考えればわかることです。」
自分のタイムに「違う」と言われれば怒るのも当然だ。
「は?陸上のりの字も知らないやつがなに言うんだよ。」
でも少女は平然とした様子で言う。
「一介の中学生がウサイン・ボルトより走るのが速いって信じられると思います?ウサイン・ボルトの100m走の記録は最高で9秒58。君は9秒23。ありえません。なんなら調べればいいですよ。ついでに君の父親は今回の小鳥パン屋体育祭の最大スポンサー、小鳥パン屋の社長さんじゃないですか。そうなる要素は揃ってます。私の予想ですからこれは気にしなくていいんですけど、きっと息子さんを1位にしてあげたいからタイムをでっち上げたんじゃないですか。今回の小鳥パン屋体育祭は普通の100m走と違ってみんなばらばらに走ってタイムだけで競ったそうじゃないですか。こうすれば簡単に1位をでっちあげることができます。帰ったら聞いてみてくださいな。小鳥さん。」
すごい。すべて筋が通った説明だった。そして渚くんの心をおるにも十分だったようだ。
「君、名前なんて言うの?」
「私ですか?私は2年3部の翠 叶といいます。でも、もう少し情報がないとちゃんとしたことは言えません。というわけで聞いてみてください。後で教えてください。」
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翠 叶、翠さんは僕のクラスメイトで隣の席の子だ。
「おはようございます。竹内さん。」
ものすごくいい人だ。クラスでは第3軍の僕にも挨拶してくれる。でも少し変わってる。どういうところが変わっているかというと
「昨日08/12ですね、No.27のカエルくんを解剖したんですよ。そのことをレポートにまとめたんですけど見てくれませんか。」
と僕にお願いしてきたり、先生の授業で間違っているところがあったら
「先生、それは間違いです。」
なんて堂々と言うもんだから先生達からも嫌われていたりなんというか怖いもの知らずというか……でも、翠さんは面白くて一緒にいると心地よい。
「おはよう、翠さん。昨日はすごかったね。あの後、大丈夫だった?先生からのお怒りの言葉とか。」
「いえ、クラス担任の松本先生がかばってくれたそうで特には。ですが、今日08/13の昼休みに校長室に呼ばれています。」
怒られるシチュエーションじゃないか。校長室にお呼ばれなんて…
「それ絶対怒られるやつだよ、叶ちゃん。」
僕の言葉を代弁してくれたのは翠さんの前の席の杉本 天音《すぎもと あまね》さんだった。
「天音さん、おはようございます。そうなんですか?知りませんでした。」
知らなかったのね‥
「朝から目の保養だわ。叶ちゃん、そんだけ可愛くて世間知らずで可愛くて天然で可愛くて、変な人が今までくっついてこなかったことが不思議だよ。」
杉本さん「可愛い」連呼しすぎ。でも、翠さんの容姿は一般的な「可愛い」に入るのだろう。黒い髪に少し赤みがかった髪が混じっていて、色白な肌。
「私は全然可愛くありません。天音さんのほうが可愛いです。」
「それがお世辞とかじゃなくて本心なんだもんな〜。やばいって。」
「一億歩譲って私が可愛いとしましょう。」
「なんで一億歩譲るのさ。」
「でも、天音さんは私の百億倍可愛いし、きれいで、素敵で、大人っぽいです。」
ほぼいない存在にされました。(泣)今どきの子供はこういうの使うそうじゃないか。全くわからん。
「ねぇ、叶ちゃん。私の妹‥いや彼女になってください!」
「私で良ければお願いします。ものすごく嬉しいです。」
この二人は仲が良い。一緒の部屋に住んでるしね。翠さんは両親をなくされていて親戚もいないから、ご近所で元々仲良しの天音さん宅でお世話になってるから。
「翠 叶さんはいらっしゃいますか?」
「私はここですがどちら様でしょう。」
大きな物音を立てて2年3部に入ってきたのは渚くんだった。
「2年1部18番小鳥です。昨日はありがとね。」
「あぁ、小鳥さん。どうでしたか。」
「すべて翠さんの言う通りだったよ。ありがとう。でも結局タイムは11秒で1位だった。」
「おめでとうございます。こちらこそありがとうございました。とても楽しかったです。」
翠さん、やっぱり不思議だ。だけど面白い。
そして楽しい。
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「部の創設ってできるのでしょうか。」
この翠さんの言葉がことの発端だった。
「急にどうしたの?翠さん。部活を作りたいの?」
「はい。この間の小鳥くんのことがあって思ったのですが、ああいうことはそうそう起こらないじゃないですか。でも楽しいんですよ、おかしなことを解くの。」
「うん。」
あんまり起こってほしくないね。
「そうしたちょっとした不思議を片付けるために何かないかと思って。」
実際に作られることになるとは思いもよらなかった。
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「竹内さん、この学校にタンテイ部ってありましたっけ?」
タンテイ部?タンテイ部って端艇部のこと
かな?
「なかったと思うよ。ここらへん湖ないし。」
「竹内さん、それは思い込みというものです。別に湖での溺死でなくてもいいのです。他にも密室殺人や、毒殺でもいいんです。でも、一発目に溺死が出てくるとは竹内さん意外とミステリー好きですか。それもマニアックな。」
もしかして、端艇部じゃなくて探偵部…ということですかね、翠さん。
「タンテイ部って謎を解く方のこと?」
「それ以外に探偵部ってありますか?」
「あるよ。端艇部。ボートの方。」
知らないのだろうか。あの無駄な知識ばかり持っている翠さんが。ウサイン・ボルトさんの100mの最高記録なんて知らなかったよ。
「あぁ、日本に輸入されたのが1866年、横浜市田町に外人ボートクラブが創設されたのが日本での始まりと言われているが、近代ボート競技の始まりは1716年にロンドンで行われたDoggett`s Coat and Badge Raceと言われていたり、14世紀にゴンドラを使ったレースがヴェネツィアで行われたという記録があったり・・・」
「翠さん、ストップ!知ってるのはわかったからストップ!」
「知ってるのはわかったからって知らないと思っていたでしょう。馬鹿にしないでください。」
「ごめんなさい。」
すみませんでした。
「で、探偵部があるかだっけ、ないよ。」
「ありがとうございます。あ、それで竹内さん。少し手伝っていただけないでしょうか。」
「いいけど。何を手伝えばいいの?」
翠さんは「ありがとうございます。」と言った後でこう言った。
「探偵部を創設するために部員を集めたいのですが手伝っていただきたいのです。」
この学校は色々なことにゆるい。別にピアスをつけてきてもいいし制服の改造をしたところで何も言われない。だから杉本さんはピアスをしていても何も言われない。髪を染め
てもいい。いい顔はされないけど。でも、不思議なことに下駄登校禁止とか、学校に出前を取ってはいけないとか、そういう言う変な規則だけはあるんだ。そんな学校だから当然部活動についてもゆるくて部を設立するルールは、部員が5人以上と顧問が1人いる状態で部活創設届を出すこと。それに満たなくても、同好会という形で活動できる。
「まず、創設者兼部長として私、翠 叶。天音さんも入ってくれるそうです。」
「それ、僕も入っていい?」
「ありがとうございます。こちらこそお願いします。」
これで3人は集まった。
「翠ちゃん、波留都、何してるの。」
「渚くん。」
「小鳥さん。」
僕は元々渚くんと仲が良いけど、翠さんはこないだの件で仲良くなったそうだ。すると翠さんが
「探偵部を設立しようとしているんだけど部員が後2人足りなくてそれについて話してたの。」
とハキハキと説明してくれた。小鳥くんは
しばらく考えてから
「その探偵部って運動系?それとも文化系?」
といった。
「そこまで考えてなかったわ。でも文化系だと思う。」
「じゃあさ、俺も入部するよ。」
「でも、渚くんは陸上部じゃないか。」
「運動系の部と文化系の部だったら掛け持ちができんだよ。」
「ありがとうございます。小鳥さん。」
「翠ちゃんが喜んでくれるなら安いもんだよ。」
渚くんが入ってくれるとなると残り1人。
「残りの1人、僕が探してみるよ。翠さんは顧問の先生を探してくれる?」
これは当てがある。
「お願いします。」
‐‐‐
「それでは第一回目の探偵部の活動を始めます。」
「お願いします。」
「おねしゃす。」
「お願いしまーす。」
「よろしくお願いします。」
全然合わない。ちなみに言った順は、僕→渚くん→杉本さん→水葵くん。水葵くんは1年生の男の子ですごく可愛い後輩だ。僕と仲が良いんだ。ナンプレとかが好きで登校時間によくやっている。
「まずは自己紹介ね。私から時計回りでいいかしら。学年、クラス、名前、後は趣味を言っていって。私は2年3部 翠 叶。趣味は読書よ。」
「僕も2年3部の竹内 波留都っていいます。趣味は料理かな。」
「私も2年3部の杉本 天音。趣味はネイルチップとかアクセサリー作り。」
「俺は2年1部の小鳥 渚。趣味はゲームかな。くまとねこのレストランとかやってる。」
「僕は1年2部の海老名 水葵です。趣味はカフェ巡りです。」
「顧問の先生は養護教諭の櫻庭 汐里先生です。」
翠さんに顧問探しをお願いしたわけだがまだ誰に顧問をお願いしたか聞いていなかったから少し楽しみだったが保健室の先生とは想像もつかなかった。
「保健室の先生2年生櫻庭 汐里です。趣味は大好きなキャラを愛でることです。」
「保健室の先生って顧問になれるんですね。」
「えぇ、私はなぜか色々な先生から嫌われているから。櫻庭先生には嫌われてないと思うし。」
そうだね、翠さん。いい人なんだけど。
「翠ちゃん、汐里先生って呼んでね。」
「いえ、櫻庭先生と呼ばせていただきます。」
「翠ちゃん。汐里先生っていうだけでいいんだよ。」
「櫻庭先生。」
「・・・・・」
「汐里先生。」
無言の圧力って恐ろしいね。あの翠さんを
言いなりにするんだから。
「みんなも汐里先生って呼んでね。」
「はい。」
さっきのものを見て断れるはずもない。
「では、仕切り直して今後の探偵部についてですが、私としては持ち込まれた謎を解くというのを活動方針にしていきたいと思います。そのため探偵部部室、少人数1番教室の前にポストを設置しました。そのポストに入っている内容を確認してから部活動開始という流れですすめていきたいと思います。」
「はぁい。質問です。翠ちゃん。」
そう元気よく言ったのは渚くんだった。
「何でしょう、小鳥さん。」
「ポストに何も入ってないときはどうするの。」
「その時は各自が必要だと思うことを行ってください。テスト前に勉強したり、小説を読んだり、あるいは疲れを癒やすために遊んだりなんでもいいです。あ、でも完全下校時刻の6:00は守ってください。」
比較的自由な部活なんだな。
「では、なんか色々終わって時間余ってるので親睦を深めるためにもババ抜きをしましょう。」
そんなこんなで突如行われたババ抜き大会の勝利順は1位渚くん、2位杉本さん、3位水葵くん、4位汐里先生、5位僕、6位翠さんという結果になった。翠さんが負けるとは思わなかった。あんだけすごい翠さんにも弱点はあるんだな。
‐‐‐
いつも通り、手紙は来ない。そして翠さんは読書、渚くんはくまとねこのレストランをプレイ、海老名くんは飴を食べながらSNSを確認中、汐里先生は睡眠中。杉本さんはまだ来ていない。ちなみに僕はカメラのお手入れをしている。写真を撮るのも好きなんだ。
「みんな、みんな!手紙来てるよ!」
突然大きな物音を立てて入ってきたのは杉本さんだった。
「本当ですか⁉天音さん。」
翠さんが目をキラキラとさせている。今までずっと探偵ポスト(翠さんがそう呼んでいる)に手紙が入らないって落ち込んでいたから嬉しかったんだろう。
「読んでみようか。」
こんにちは。今回探偵ポストに手紙を投函させていただいた理由は学校の七不思議につ
いて調べてほしいからです。よろしくお願いします。
と書かれていた。
「では、まずみんな座って。そして七不思議を一から順に言っていってください。」
いつになく翠さんが興奮している。
「開かずの扉。3階にある部屋1つだけ開かないらしい。」
「女子トイレの花子さんと男子トイレの花岡さん。3階の3番目のトイレに出る。」
「夜中に学校に響き渡る赤ん坊の鳴き声。」
「夜中に階段が一段増える。」
「夜中にプールに引きずり込まれる。」
「給食室の生鮮食品がなくなっている。」
「コンピューター室のパソコンが何もしてないのに起動する。」
7つ出たからこれで終わりか。
「まって、もう一つあるの。」
そういったのは杉本さんだった。
「七不思議の原因をすべて解明すると不思議なことが起こるって。幻の八番目の七不思議。」
まって、これから僕たちがやることをやっ
たらなんかがあるってこと…
「手紙をくれたからには最後までやります。では調べられるものから知らべていきましょう。開かずの扉、夜中にプールに引き込まれるこれは調べるのが簡単です。でも、トイレの花子さんと花岡さんと夜中に学校に響き渡る赤ん坊の鳴き声と夜中に階段が一段増えるは実際に体験しないとわかりませんね。」
「給食室の生鮮食品がなくなっているとコンピューター室のパソコンが何もしてないのに起動するのは?」
「少し考えればわかるからです。この学校もそれ以外も生鮮食品はその日の朝に配送してもら
うんです。パソコンは先生が勝手に別の場所から起動させたからでしょう。」
聞いて即推理できるとは、恐るべし翠さん。
「開かずの扉は汐里先生と小鳥さん、プールについてはそれ以外の人で調べましょう。」
‐‐‐
現在午後7時の学校にいる。なぜかというと
「トイレの花子さんと花岡さんと夜中に学校に響き渡る赤ん坊の鳴き声と夜中に階段が一段増えるを検証しに行きましょう。」
って翠さんが言ったから。汐里先生に許可を取って探偵部員全員集合状態。
「ではまず階段ですね。」
1,2,3,4,5,6,7,8,9,10,11,12。よし大丈夫。
「13段だった人いますか?」
いない。よかった。確認が取れると翠さんはサクサクと3階に行ってしまった。
「男子と女子に分かれての活動です。前から3番目の扉をノックして遊びましょう、と言ってください。」
「渚くん、よろしく。」
「先輩、お願いします。」
僕と水葵くんで渚くんに圧をかける。
「へぃへぃ。花岡くん、あそびましょ。」
渚くんは3番目の扉をノックした後そういった。
「何も出ないね。」
「よかったです。」
次は最後の赤ちゃんの鳴き声なんだけど。今は8時。一時間経ってもならないってことは大丈夫。
「すべて嘘だったんですね。この学校に水難事故の記録はありませんでしたし、学校の扉はすべて問題なくあいたそうです。」
「帰ろう。」
「そうですね。この結果を後日新聞部にお願いして記事にしてもらいましょうか。」
‐‐‐
すべて謎を解き、新聞部にこの結果を伝え記事にしてもらった。そのおかげで探偵部の
知名度も上がりいいことづくしなのだが翠の心の中は晴れない。天音さんの言った「七不思議の原因をすべて解明すると不思議なことが起こる。」という言葉が頭から離れないのだ。
「失礼します。」
探偵ポストに何も入っていないことを確認すると探偵部部室の扉を開ける。
「誰もいない。」
翠は電気をつけようとスイッチを押すが一向に電気はつかない。翠がこれが不思議なことなのだろうかと混乱していると一気に部室が明るくなった。
「ハッピバースデー!」
どこに隠れていたのかみんながひょこっと顔を出す。
「ハッピーバースデー?」
「今日、叶ちゃん誕生日じゃない。」
あぁ、と翠は思った。そうだった。今日は私の誕生日だった。両親がいなくなってから誕生日を祝うなんて考えたことがなかったから忘れていた。親の命日にパーティーをするなんていいとは思えなかったからだ。
「翠さん、どうしたの⁉」
竹内さんの焦った声が聞こえる。なぜだろう。
「ほら、翠先輩。ハンカチです。」
海老名さんがハンカチを渡してくれたが何に使えと言うんだろう。
「翠ちゃん、涙。」
そういうことか。私は泣いていたんだ。そう気づくと留めなく涙が溢れてきた。泣き止まなきゃ。みっともない。そう思っていたのに。
「翠さん、泣きたいときは泣いていいの。特にこういうときは。」
汐里先生がそう言ってくれてとても嬉しかった。
「ありがとう。竹内くん、天音ちゃん、小鳥くん、海老名くん、汐里先生!」
「ハッピーバースデートゥーユー、ハッピーバースデートゥーユー、ハッピーバースデーディア叶ちゃーん。ハッピバースデートゥーユー。」
歌い終えると汐里先生が羊羹を持ってきた。
「ほら、虎屋の羊羹だよー。」
「また来年もみんなで祝いたいです。」
思わず本音が漏れてしまった。でもみんなは
「来年もずっと一緒にね。」
と言ってくれた。
「ありがとうございます。」
お父さん、お母さん。私は周りにいる仲間のおかげで幸せです。二人の命日にこんなことを思うのはいけないかもしれません。でも、きっと二人は幸せになりなさいって言ってくれると思うから。精一杯楽しむよ。