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二
菊田目線
あいつが、着信を受けた来たとき、正直驚いた。
消したはずの番号。
なのに、声を聞いた瞬間、胸がざわついた。
「久しぶりですね」
一言で、全部が戻った。
距離を置いた数年なんて、まるで嘘みたいに、あの頃の色を取り戻した。
まだ、終わりじゃないんだ。
無意識にそう思ってしまった。
俺は、もう安全じゃなかった。
仕事も、立場も、全部、なくなった。
あいつを巻き込むつもりはなかったけど、
知らないうちに巻き込まれていた。
「会えない?」
俺の言った一言に、理由なんて必要なかった。
会わずに済ませることは、もうできなかった。
再会したあいつを見て、正直、胸が痛んだ。
逃げ腰のくせに、あいつはまだ俺に期待している。
それを壊すことが、怖くて、同時に嬉しかった。
「俺は、もう戻れない」
言った瞬間、あいつの目が微かに震えたのが見えた。
でも、後退りをしようとする素振りは見せなかった。
その勇気を見せるなら、俺はその分だけ、踏み込む。
夜。
いつもどおり、会った。
笑うでも、冗談を言うでもなく、ただ向き合った。
違うのは、逃げ道が消えていたこと。
俺も、彼女も、もう「将来」を語る余裕はない。
「一緒にいたら、ダメになる」
あいつが言ったことは、正しい。
でも俺は笑った。
「もうなってるだろ」
俺は、いや、俺達そう思っていた。
すでに、二人とも壊れかけているのだから。
破滅は派手ではなかった。
だが、確実に近づいている。
昼の世界から、静かに切り離されていく。
それでも、俺はあいつを離さない。
俺自身も、離れられない。
ある夜、あいつが聞いた。
「後悔してます?」
少し考えた。
考えるふりをした。
本当は、後悔なんてない。
それを残したくもなかった。
「後悔できる余裕を、残したくなかった」
これが、愛だとでも言うのか。
少なくとも、俺にとっては、そうだった。
最後の夜、俺たちは逃げなかった。
逃げる理由も、逃げ先も、
もう残っていなかった。
世界は、変わらず動いていた。
だけど俺たちは、止まったままだ。
これが、俺の選んだ破滅だ。
あいつを抱きしめながら、体を重ね合いながら俺は思った。
不誠実な俺たちが、誠実になろうとして、
結局、どこにも行けなくなった。
後悔も、救いも、もう、必要ない。