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えがおのつくりかた
※ストブリ注意⚠️
その子は、暗殺の才能を持っていた。
日常生活では必要のない、才能を。
「──やぁ、レリアン。今日も辛気臭い顔をしてるね」
「用がないなら帰れ、暇人」
「例の《《新入り》》の調子はどうだい?」
地下訓練場。
休憩時間に入り、それぞれ息が上がっている暗殺者の卵たち。
壁に寄りかかったり、床に寝転んだり。
それぞれ休息を取る中、彼は軽い足取りで或る男──レリアンに話しかけた。
「……他と比べたら、異常な速度で基礎をみにつけている。下手したら一ヶ月もしないうちに異能の訓練に入るだろうな」
「あぁ、紅葉と同じ《《夜叉》》だっけ」
ピクッ、と遠くで一人の少女が反応する。
赤色の着物に黄色の帯。
後に、六月で35人殺すことになる暗殺者“泉鏡花”だ。
首に携帯電話を下げており、兎のキーホルダーは黒い服を着ている。
「“殺戮の権化”と呼ばれる夜叉使いが二人もいるなんて、この組織も安泰かな? まぁ、幹部一人抜けたけどさ」
あははっ、と大声で笑う男にレリアンは溜息を吐く。
「いやぁ、太宰くん見つからないねぇ。自分の首に刃が当たるのを恐れたのか、手放すには惜しい|駒《ポーン》じゃなかった?」
「……俺を五大幹部に入れるぐらいには、よく分からない考えの持ち主だからな」
「あーあー良いなー昇給いいなー」
「はぁ……仕事嫌いが何を云っているんだか」
「私に合ってる仕事を求める!」
「地下訓練場で求めるな」
最もな意見に頬を膨らませる男。
レリアンは何度目かの溜息を吐く。
「……おーい! ちょっといいー?」
ふと、男は手を上げた。
視線の先には少女──否、“泉鏡花”。
周りは何かを察したのか小さな声で話をしている。
「君、“泉鏡花”だよね。夜叉使いの」
「……。」
「レリアンから色々と聞いてるよ。と云っても、今さっきなんだけどさ」
「……あの人のこと?」
「ん?」
「あの人の名前は、レリアンじゃなかった気がする」
あー、と男はこめかみを掻く。
「俺のことを莫迦にしているんだ、この男は」
「てへっ♪」
「泉も関わらなくていい。暇だからと人で遊びたいだけだ」
「……マフィアは年中忙しいんじゃないの?」
「私はいつでも暇なのだ〜」
「コレの場合、仕事はほぼないといっても過言ではない。五大幹部になって初めて仕事を知ったが──」
「レリアン、それ以上はShh…」
兎に角、と男は人差し指を立てる。
「口の端を抑えて上に、そうすれば人は笑顔になれる」
「……笑顔?」
「そう。この暗くて陰湿な地下訓練場で、辛気臭い顔をしている師を相手に暗殺の基礎を叩き込まれる日々──ほんっとーに|信じられない!《Unbelievable!》」
「俺は君が信じられない」
「んー、少年少女が武器を手に取るよりは良いと思うけど」
完全に置いていかれた鏡花はポカン、と思わず口が開いたままになる。
それを見つけた男は口角を上げた。
「笑顔だよ、小さなLady。ツラいときは泣いてもいいし、嫌なことがあったら怒ってもいい。ただ、笑顔だけは忘れちゃいけないよ」
「……わ、かった」
「口の端を持ち上げる。それだけで笑顔になれる。一番簡単な“えがおのつくりかた”だ」
それじゃあ諸君、と頑張るように一言だけ残して男は階段へ向かう。
「君も笑顔を忘れるな、レリアン」
足音が遠退くと同時に、鏡花は問い掛ける。
「あの人は、どうしてレリアンと呼ぶの?」
「さっきも云った通り、莫迦にしてるだけだ。|Paul Verlaine《ポール・ヴェルレヱヌ》を組み替えて|Pauvre Lélian《ポーヴル・レリアン》と──“哀れなレリアン”と呼んでいるだけ」
「……哀れ、?」
「質問はそれだけか? 水分補給をしてこい。続きを始めるぞ」
場所は地上に変わり、高層階の廊下。
男は窓から入ってくる陽の光に目を細める。
「ポール・ヴェルレヱヌ。ふふっ、哀れなレリアン……♪」
相棒を失って、
地下に閉じ込められて、
暗殺者の育成に携わって、
ただ嵐を待つ。
「──私も、哀れだけど」
影が伸びる。
日が傾く。
「ヴィクトリアくん」
「……|首領《ボス》」
「どうやら地下へ行っていたみたいだけど、何か良いことはあったかい?」
「んー、“えがおのつくりかた”は教えてきたよ」
「そうかい」
さて、と雰囲気が変わる。
「君に仕事を頼みたい」
「……どれだけグチャグチャになったの?」
「実際に見たほうが早いと思うよ」
「それはそうだけど」
はぁ、とヴィクトリアは首領を抜かして歩いていく。
向かうは目的のものを乗せた車が停められているであろう裏口。
「あ、一ついいですか?」
「何かな」
「昇給してください」
「……ヨコハマの最低賃金が変わったら考えるよ」
「……。」
「嘘だから|手術刀《メス》を取り出そうとしないで。上げるように調整はしておくよ」
name:ヴィクトリア
age:不詳
job:エンバーマー(死体を専用の薬品を用いて消毒・殺菌し、必要に応じて損傷箇所を修復することで生前の姿に近い状態にする。どれだけ原型を留めていなくても、微笑みを浮かべる生前と変わらない姿に変わって遺族の元へ届けるところまでやる)