公開中
怨恨ノ京 #6 哀愁の我妻・しづ
私の名は綾子左夜宇。平安朝廷ではあまり目立つことのない綾子氏の長男です。
私にとって腹違いの義姉・かづらは唯一の兄弟です。
しかし父は見栄っ張りで傲慢、嫌われ者の大納言四隅。
本当の親子かと疑われるほど、性格が真逆な父上と私なのです…。
そして、私には今一人、妻がいました。
名前はしづ。
しづは何者かに殺され、今はもう生きてはいません。
姉上なとは仲がよかったそうですが、私とは不仲のままでした。
今日はそんなしづを紹介しようと思います。
私がしづと出会ったのは、八つの頃。
しづも同い年で、昔は仲がよかったのです。
「ねえ、左夜宇様。大きくなったら、私をお嫁にしてくださいね」
「は、はい」
しづは幼い頃から美しくて、しかもこの怨恨ノ京という浮世で唯一信頼し合える仲間でした。
私ももちろん、可愛くて芯の強いしづの事が好きでした。
そして私としづは周囲も当然のように夫婦に収まりました。
それからは幸せな日々がやってくる。そう思ったのですがー
結婚してから間も無く、私はしづの本性を知ってしまいました。
「左夜宇、本日のお帰り、十分遅かったですわ?まさか他の女の元へ…」
「いいえ!他の女の元へ行ってませんし、そもそも他の女なんていません!ただ、慶牙親王様と話してただけで…」
しづは大変嫉妬深く、少し帰りが遅いだけで、贈り物をもらってないか、女の香がついてないかなどと、帰る度に身体検査を行うのです。
それに近頃、私をものすごく頼りなさそうに冷ややかに見つめてくるんです。
(やはり、私は頼り甲斐もなく、父のように出世できる能力もない…しづがそうなるのも当たり前、か…)
そんなふうに思うようになったある日のこと。
私は親友でもある慶牙親王様を新居に招くために宴へ呼びました。
しづも恐らく、簾の向こう側から見ていたのでしょう。
慶牙親王様の妹君が、私のお酌ををしてくださった時です。
しづは、簾の奥から消え去ってしまいました。
妹君が恨めしかったのかも知れません。
それから、ここ数日なかなかしづに会えず、不仲だから仕方がない、と投げやりになっていた私のせいで、しづは帰ってくると涙を流してこう言いました。
「私がお酌したって、ああは喜ばないのに…左夜宇の…バカっ!」
「しづ…喜んでないですよ…!」
しづは私の言葉も待たずに、部屋に閉じこもってしまいました。
(私に嫁いだばかりに、しづを幸せにしてやれなかった…)
私は何度も悔やみ続けました。
しかし数日経っても、しづの姿は見えません。
それどころか、しづの部屋から物音もしないのです。
しづの部屋にはたった一人の侍女しかおらず、部屋は誠に殺風景でした。
その侍女が言うには
「しづ姫様は、公卿という男に連れられて、屋敷を去って行かれました」
という事なのです。
私はもはや、夫婦仲は治せないと開き直ったので、そのまましばらく一人で居ることにしました。
しづが望むなら他の男の元へ行っても構わないと、どうでもよくなったのです。
それから二週間ほど経った夜のこと。
もう帰ってこないのか、と思い、一人寝所に向かうとそこには、胸を刀で貫かれ倒れ込むしづの姿がありました。
「しづ…!?」
私がしづに走り寄った頃にはもうしづの息は耐えていました。
しづの白い肌や、艶やかな黒髪は、まるでしづが眠っているかのように生きた感じがあります。
それなのに、もうあの世にいる。
その事実が私を苦しめました。
「しづ!すまなかった!」
誰に殺されたのかはわかりませんが、自殺ではないことは確かでした。
公卿殿はしづが殺される二日前には、しづを帰らせたと言います。
私はしづの仇を討ってやると亡きしづに誓いました。
これが哀愁の我妻・しづの一生なのでした。
「しづちゃん…」
かづらは涙を拭いきれないほど流している。
「でもさ、元はといえば左夜宇のせいじゃないか」
宇京も同情の気持ちを寄せてはいるが、やはり左夜宇を非難している。
左夜宇は、顔を伏せ、その手の甲に雫がいくつかこぼれ落ちた。
その雫は、しづかがいた時の左夜宇の気持ちのように暖かい雫だ。
すると宇京の隣に座っていたはるあきが、宇京の腕を肘で突き、左夜宇を慰めるように優しくその背を撫でた。
「これは左夜宇殿のせいじゃない!悪いのは全て、しづだ!」
「お前なっ!」
宇京とはるあきが、ごちゃごちゃと騒がしくしていると、かづらから話を切り出した。
「左夜宇、悪いのは左夜宇でもしづちゃんでもないわ。でもしづちゃんが亡くなったのも事実。いつまでもそうやってしょげていると、しづちゃんも悲しむわよ」
それはいつものからかうような口調ではなく、弟を愛しく思う同情の言葉だった。
「しづ…」
左夜宇はしづの名を何度か口にし、すまない、と一生詫び続けるのであった。
はるあきと宇京の会話が地味にオモロい、、
結局、しづってどんな人だ…?