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余命宣告された公爵令嬢は何もかもを捨てて旅に出る①
おかあさま、みてください。おかあさまのえをかいたのです。
_ああ、そう。上手いわね。でも、今はマリーの看病をしないといけないから、ごめんなさいね。
おとうさま、わたし、さいきんべんきょうをがんばっているのです。
_ああ、そうか。すばらしいことだ。だが、今はマリーが風邪で辛いのだ。だから…わかるね?
お母さま、私、昔みたいに二人で劇を見に行きたいです。
_マリーが寂しいと泣いてしまうから、それはできないわ。
お父さま、マリーみたいに私もお父さまと遊びたいです。
_マリーは体が弱いが、お前は丈夫だし外に行けるだろう?友達と遊んできなさい。
お父様、お母様…。私を見て下さい。
_………
ーーー
両親と妹が出掛けに言っている間、私は自室で静かに本を読んでいた。ペラリ、とページをめくる音だけが聞こえる、穏やかで寂しい時間だった。
ふと喉が渇いて、ティーカップに手を伸ばす。指で取っ手をつまんで口に運ぼうとすると、急に手の力が抜けてカップが落ちた。
「レミリア様!?」
陶器が割れる音を聞いて、扉の外にいた護衛騎士が部屋に入って来た。
「アレ…ク」
その名前を呼ぼうとしたが、胸が苦しくなって喋れない。激しい痛みに苦しみながら、私は倒れた。
ーーー
運ばれた先の病院で、私は医師と向かい合っていった。ひとまず意識は取り戻したが、頭が少しぼーっとする。さっき飲まされた薬の影響もあるだろう。
「先生、話って?」
「落ち着いて聞いてください。…貴方は、大変重い病気を患っておいでです。既に病気が進行していて…直すことは、不可能です」
気まずそうな医師の話に、頭を殴られたような衝撃を受けた。何か話そうと口を開いても、言葉が喉の奥につっかえて出てこない。
「ど、どういうことですか!?そんなのまるで…レミリア様が…」
横に控えていたアレクが叫んだ。が、その先を言えずに黙り込む。
「…持って、四年でしょうか。症状を和らげる薬はありますが、それもいつまで効くかどうか」
四年。それは思った以上に短い時間だった。
「どうにかできないのか!!」
アレクの口調がいつもより荒いものに変わった。私以上に私の悲報を重く受け止めてくれているらしい。
「すみません…」
医師のその一言で全てを悟った。私はもう生きられないのだ。結婚も、出産も、母が語る「女の幸せ」のどれか一つでも私が叶えられることは無いのだ。そう分かったのに、あまり悲しくはなかった。今までの人生で楽しいと思えることが極端に少なかったからかもしれない。
ーーー
私は十八年前、フローリー公爵家の長女として生まれた。両親は私のことも、妹のマリーのことも、とても可愛がってくれた。それが崩れたのは私が九歳で、妹が七歳の時だった。
ある時、妹は病気にかかった。数日間ずっと高熱が出て、医師から「このまま熱が下がらないと命が危ない」と言われるほど症状は酷かった。なんとか熱は下がり一命は取り留めたが、妹はそれ以来少し体が弱くなってしまった。
大切な娘が死ぬかもしれないという恐怖を三日三晩味わった両親は、妹を過剰に心配するようになった。最初のうちは私も仕方ないことだと思っていたが、時間が経つごとに自分と妹の間に明らかな扱いの差が生まれてきた。
例えば。私が数か月前から母と約束して楽しみにしていたミュージカルの予定が、妹が微熱を出したことで当日に取り消しになったり。なのに私が熱を出して唸っていた時は、両親は妹とピクニックに出かけたり。もっと酷いのは、誕生日に父からもらうプレゼントが、私はいつも勉強用の図鑑一冊なのに対し妹は煌びやかなドレスを一着仕立ててもらっていたりすることだ。
それを訴えても、帰ってくるのは「お姉ちゃんだから」「あの子は体が弱いから」という無慈悲な言葉の数々。ついに私は両親に期待するのをやめてしまった。
そんな辛いときに傍にいてくれたのが、護衛騎士のアレク。彼は私が十二で学園に通うタイミングに雇われた、専属の騎士だ。五つ年上で私よりだいぶお兄さんだからか、いつも彼にだけは甘えることができた。
私が泣いているときも笑っているときも、ずっと一緒に居てくれた彼は、私にとって世界で一番大切な人だ。
だから。
「そんな顔をさせたくは無かったのだけれど。」
病院からの帰りの馬車で、私は向かいに座るアレクを見つめて眉を下げた。彼の澄んだ青色の瞳からは涙がとめどなく溢れ続けている。
「レミリア様…。私を置いていかないでください」
「それは無理みたいね」
「ならばレミリア様が亡くなったその瞬間に、私も首を掻っ切って死にます」
「お願いだからやめて」
さっきからアレクはずっとこの調子だ。私を大切に思ってくれるのは嬉しいけれど、体は大事にしてほしい。
「貴方には私の分まで生きてほしいの。おじいちゃんになるまで幸せに生きてほしいのよ」
「レミリア様が居ない人生で、幸せになれる自信が全くありません」
「…そう」
意志は固そうなので、私は一旦アレクの説得を諦めた。とりあえずこれから考えるべきは自分の余生についてだ。
「もうあの家には居たくないわ」
「同感です」
アレクによると、家に帰ってきた両親は私が倒れたと知ってもあいつは丈夫だから心配ないと相手にしなかったらしい。いつの間に、彼らにとって私はそれほど低く扱っていい存在になっていたのだろう。期待しているつもりはなかったのに少し落ち込んでしまった。
「どこか遠くへ行ってしまおうかしら」
冗談のつもりで呟いてみると、我ながら名案だと思った。いっそ逃げてしまうのも、悪くない気がする。なんせ私は余命四年。家に居ても迷惑なだけだろう。
「…ねえ。私が今から旅に出たいって言ったら、どうする?」
「レミリア様がどこへ行ったとしても、お傍にいます」
その答えを聞いて、私の中で覚悟が決まった。
「今夜、準備をします。明日には出発できます」
アレクは私の顔を見て淡々と言った。この一瞬で色々なことを察したらしい。全く、有能なんだから。
「行きたい場所はありますか?」
「…そうね。自然豊かなところがいいわ」
「かしこまりました」
ーーー
翌日、フローリー公爵家の長女レミリアが、護衛騎士と共に姿を消した。一通の手紙を残して。
何話かに分けて更新していきますが、短めに終わる予定です。
手紙を読んだ両親視点の話も書くつもりです。たっぷり後悔してもらいます。
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