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**伝えられなかった言葉**
金曜日の放課後。
教室にひとり残っていた柚子月は、机の上に肘をついて、空っぽの心をぼんやり抱えていた。
今週、蓮とまともに会話したのは10分にも満たない。
LINEは返ってくる。でも、どれも簡単な挨拶と進捗の話だけ。
そこに「私」という存在が、本当にいるのかどうかも、わからなくなってきた。
“蓮くん、最近ちょっと変わったよね。”
そう言ったのは、クラスメイトのことりだった。
にこやかな顔をしながら、悪意のない好奇心で続けた。
“向日葵さんのこと、ちょっと後回しにしてる感じしない? ……ごめん、気に障ったら。”
(気に障ったよ。でも、当たってるって思っちゃった。)
柚子月は鞄からスマホを取り出して、メッセージの画面を開く。
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「明日、少しでもいいから会えないかな?」
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そう打って、送信。
けれど、1時間経っても既読はつかず、胸の中がどんどん冷えていく。
夜。
雨が降り出した。
窓の外で雨粒がガラスを叩く音が、やけにうるさく聞こえる。
ピロン。ようやく届いた通知。
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「ごめん、明日は朝から打ち合わせ。来週までバタバタしそう。」
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その瞬間、柚子月はスマホを机にそっと伏せた。
指が震えていた。
会いたい。顔が見たい。声が聞きたい。
なのに、それを口に出すことすら“面倒な彼女”になってしまいそうで、怖かった。
――でも、どうして?
こんなに好きで、こんなに想ってるのに、
なんで私はいつも、あなたの“後ろ姿”ばかり見てるの?
ついに涙が溢れた。
音もなく、ぽろぽろと頬をつたう。
蓮は悪くない。
夢を叶えるために、今を懸命に走ってる。
でも、置いていかれるみたいに感じる自分が、どうしようもなく惨めだった。
“ねえ、蓮くん。私、今でもちゃんと“特別”でいられてるの?”
その言葉は、喉の奥で何度もこぼれそうになったけれど、最後まで飲み込まれてしまった。
そしてその夜、柚子月ははじめて、“会わない選択”を自分からした。
スマホの画面に、蓮からの短い「おやすみ」の文字が届く。
でも、彼女は返信しなかった。
静かに、夜が明けていった。
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次回「雨上がりの約束」
すれ違いのまま迎えたある雨の日、ふたりはもう一度、紫陽花の坂道で向かい合う。
伝えられなかった言葉が、やっと、溢れ出すーー