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時を裁く者たち
その日、都市から鐘の音が消えた。
それは偶然でも故障でもない。
布告によって意図的に沈黙させられたのである。
書記官エティエンヌは、行政庁舎の高窓から、かつて聖職者が行き交っていた通りを見下ろしていた。
今、そこを占めるのは、徽章を付けた市民兵と、無言で紙束を抱える役人たちだ。
机上の文書には、こう記されている。
「本日をもって、旧来の歴を廃止する。時間の区分は理性に基づき、万人に等しく再編されねばならない」
時間──それは、自然現象である以前に、"支配の形式"であった。
1日の始まりを告げる鐘、祝祭日を定める聖曆、それらは王権と信仰が人々の生活を統御するための、静かな装置だったのだ。
数刻後、広場にて裁きが始まる。
被告は老いた時計商人であった。
彼の罪状は単純である。
──旧暦に従い、従来通りの時刻で時計を合わせ続けた。
「私は、昨日と同じ時を刻んだだけだ」
そう述べる職人に対し、裁定官は淡々と答えた。
「昨日は既に廃された」
刃が落ちる直前、エティエンヌは理解する。
これは人を裁く法廷ではない。
"過去を断罪する儀式"なのだと。
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**クイズ**
【問題】
この物語が描写している歴史的事件として、最も適切なものはどれか。
A.宗教改革期の神聖ローマ帝国
B.フランス革命期の急進的共和政策
C.ロシア革命後の社会主義体制確立期
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【正解】
B.フランス革命期の急進的共和政策
【解説】
①"鐘"と"曆"が意味するもの
鐘や曆は単なる生活道具ではない。
それらは、「何を祝うか」「いつ働き、いつ祈るか」「何が"正しい日常"か」を定義する、"統治の基盤"であった。
フランス革命政府は、王権と教会による時間支配を解体するため、「教会の鐘を停止」「キリスト教祝祭日の廃止」「新たな曆(共和曆)の制定」を断行した。
②"理性に基づく時間"とは何か
革命思想は、人間理性を最高原理とした。
そのため時間も、"自然に即し、数学に均等で、神学的意味を排した形"へ再構築される。
共和曆における10日制の週や自然由来の月名は、まさにその象徴である。
③なぜ"昨日"が罪になるのか
革命期、特に恐怖政治下では、"旧制度を支持する思想、従来の慣習への固執、中立的態度すら"「反革命」と見なされた。
つまり問題は行為ではなく、"時間感覚そのものが旧体制に属しているか否か"だった。
時計職人は罪を犯したのではない。
"新しい時代に同調しなかった"だけである。
革命とは政権交代ではない。それは、「何を過去と呼び、どこからを現在とするか」を強制的に再定義する行為である。
鐘が止まったのは、沈黙のためではない。"過去が切断された音"であった。
最後までお読みくださりありがとうございました。