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嘘嫌いと四月馬鹿
この物語はフィクションです。また、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
《人物紹介》
リン・ヌール…今作での語り手であり、齢19の青年兵。前衛武具隊の副隊長で「他人の嘘が分かる」という能力を持つ。
落安 零…リンの友人で、猫好きの猫アレルギー。旧世界という大昔の時代からタイムトラベルをしてきた。
シイ・シュウリン…リンと同じ軍に所属する、一部隊の隊長兼プロの殺し屋。飄々として明るい態度から、人に好かれやすい。
隊長…リンの上司で、煙草が好きなサボり魔。
突然だが、俺は嘘が嫌いだ。それは正義感から来るものではなく、呆れに近いもので。どうして無駄なことをするのだろう、だとか。なぜ自信を持って、砂上の楼閣のようなすぐバレる嘘をつけるのだろう、そんな呆れから来ていた。
嘘なんてすぐにバレる。バレれば相手も、最悪の場合自分ですら良い気持ちにはならないだろう。なのにどうして人は、ヒトと言う生き物は嘘をつくのだろうか?
それが俺には分からなかった。分からないものは、理解できないものは好きになれない。理解できないから呆れるし、嫌いになる。
でも、俺が嘘を嫌いなのはそれだけじゃない。
いつの日か、俺は俺に嘘をついた奴らに「何故、嘘をついたのか」と問うた気がする。それは幼い俺なりの嘘への歩み寄りで、当時は理路整然とした回答を期待していた。
結果として、ある女は「嫌われたくないから」と宣った。ある男は「その方が都合が良いから」と宣った。挙げ句の果てに、いつぞやの誰かは「特に考えてない」だって。……本当に、ふざけている。
その答えを聞いたとき、当時の俺は確かに憤慨した。何が軽い嘘だ、何が愛のある嘘だ。相手のことを想ったと言えば、どんなに酷い嘘をついても許されるのか、と。
傲慢だ、アイツらは相手の気持ちも知らないくせに、相手のことを考えるフリをして嘘をつく。そう、怒り狂った。
嘘は時に深く相手を傷つけるのに、そんなときに限って奴らは相手のためを想ったという仮面を被る。理解できないほど傲慢で、理解するつもりもないほど愚かで。どうしようもなく憎たらしい。
だから、俺は嘘が嫌いなのだ。
--- 【嘘嫌いと四月馬鹿】 ---
---
「オレね、猫を飼おうと想ってるんだ!」
「………本当に、何が何でだよ」
目の前の|ドアホ《シイ・シュウリン》を眺めながら、大きくため息をつく。俺よりも大きいシイを下から睨み付けたのに、ソイツは気にもせずになおのことニコニコと笑っていた。
耳の奥で響いた言葉に、違和感が灯る。《《俺の能力》》が発動した合図のそれは、俺をさらに呆れさせることとなった。何で、わざわざ|この馬鹿《シイ・シュウリン》は俺に嘘をつくのだろう。
「いや~昨日猫拾ってさ!可愛かったから飼っちゃお~と思って!」
「何から何まで大嘘じゃねぇか。何で《《よりにもよって》》俺に言うんだよ」
「あ!リンくん、もしかして今日が何の日かご存じないな~?由々しき事態ですぞ!」
木刀の交わる鈍い音や、勇ましい雄叫びを気にもせずシイは明るくふざけたことばかりを口走る。耳鳴りのように響く能力の気配と、あまりにもアホすぎる奴の発言に眉を潜めた。こっちだって暇じゃないのに、なんだコイツ、と。
その日は珍しくシイが軍に訪れていて、さらに珍しく俺ら前衛武具隊の訓練の様子を見に来ていた。
シイは軍人でありながら、特例で殺し屋の業務を優先することが認められている。奴は売れっ子だし、さらに殺し屋ギルドの経営者としての面もあるのだから、その多忙さは俺の想像を楽に越えるだろう。
だからこそ、そんなアイツが軍基地に訪れるなんて滅多にない。どうせ来たならこき使ってやろうと思って声をかけたが、どうやらそれは間違った判断だったようだ。
ダル絡みに近い拘束時間に、隊長からの目配せが俺を刺す。あれは別に「サボるな」という視線ではなく「もうそろそろタバコ休憩行きたいから変わってほしい」という意味だろう。
ふざけやがって、こうなったらシイの話に付き合った方がマシだ。そう判断して、シイの方を向く。こうすれば奴はさらに調子に乗って話し出すはずだ。
「お、聞く気アリと見た!じゃあリンくん、今日って何月何日か分かる?」
「馬鹿にするなよ。4月1日だろ」
軍人という職業柄、今日が何月何日何曜日かなんて嫌でも頭に入っている。というのになんだコイツ舐めやがって。
幼い子供にするように頭を撫でる鬱陶しい手を、敢えて痛みを感じるように押し退けた。が、特に奴がそれを気にする様子はない。むしろさっきより笑みが深くなった。
シイはよく、俺を子供扱いする。そら俺はまだ19で、シイは277なんだから歳の差を考えれば当然のことだ。でも社会の常識として「19歳は立派な大人」とされているのに、さも8歳児のように扱われるのは癪だった。いくら反抗しても怒鳴っても突き放しても、子の世話を焼く親のようにシイは付きまとう。
そんな子供扱いの一つとして、シイの「教えたがり」がある。これは言葉の通りで、奴は何かにつけて新たな知識を与えようとするのだ。
まだこちらが何も知らない幼子のように話すものだから、当然こちらは不愉快になる。時には本気で怒って、ナイフすら持ち出したことだってあった。
それなのに、奴は子猫に威嚇されたときのように気にせずにただ笑みを浮かべるだけなのだ。それはつまり、俺のことを子供だと見下しているということで。それに俺が腹が立たないわけがなかった。
そんなわけで、シイのことはハッキリ言って苦手だ。嫌いと言うほどではないが、顔を見て「げ」とノータイムで出てくるくらいの苦手意識を持っている。……のに、コイツはどうしても俺に構いたいらしい。
「そう!んで今日は『エイプリルフール』って言うんだって!」
「えいぷりる、ふうる……?ハ?」
「そんな怪訝な顔しない!ちゃ~んとオレが教えたげるから、ね!」
もう既に話が長くなりそうだ。いや、絶対にこれは長くなる。シイが何か新たな知識を与えようと奮起した場合、それが手短に終わった試しなどない。
これならまだあの隊長に変わってもらって、タバコ休憩を与える方がマシ。そう考えて隊長を探す、が…一向に見つからない。
どうやら勝手にヤニ摂取に行ったらしく、隊員たちもしばしの休憩に入っていた。長い話になることを察知したのか、それともヤニ切れが相当堪えたのか……どちらにしたって、俺がふざけやがってあのヤニカス野郎と毒づくのは自然なことだ。
教えたがりのシイが言うには、4月1日は旧世界において「エイプリルフール」という行事がある日らしい。その日は誰も傷つけないような嘘ならついても良いとされており、シイもその行事に興じたようだった。
旧世界というのは本当に変な行事が多いが、特にこのエイプリルフールとやらはより一層意味不明だ。
旧世界の人間どもは、その日以外一切嘘をつかなかったとでも言うのだろうか?いや、どうせ年中嘘だらけに決まってる。それなのにさらに嘘をついても良い日を作るだなんて本当に意味が分からなかった。
「つーか、旧世界の行事をこっちに持ち込むなよ。歴史好きか古本の虫以外誰も分かんねぇだろそれ。真に受けたらどうすんだ」
「え~そしたらそれはほら、ネタバラシするに決まってるじゃん!てか沢山の奴に言ったけど、真に受けた奴一人もいなかったし!」
「…それはそれでどうなんだよ」
呑気にブイ、とピースするシイに呆れてまたため息をつく。それって信用がないってことだぞ、と暗に伝えようとしたが、そしたらもっと面倒になりそうで口をつぐむ。
なんだか今日は本当にため息が多い。全部コイツの、シイのせいだ。いらん知識を植え付けやがって。
きっとシイは俺が便乗して嘘をつくことに期待しているが、生憎と俺はそんな行事に参加するつもりはない。例え行事だったとしても嘘は嘘。俺は嘘が嫌いだ。他人の嘘を聞くだけでも腸が煮えくり返るのに、自分が嘘をつくなんて考えられない。いや、考えたくもない。
「俺は嘘、つかないからな。例え今日が嘘をつかなければ死ぬ日だったとしてもだ」
「実はそれが嘘だったり?」
「ふざけんなそんなわけないだろ俺を何だと思ってるんだ嘘つき呼ばわりしやがって」
「もー冗談だって!…リンくんが嘘嫌いなのも、それでも許してくれるのもちゃーんと分かってるよ。ありがと」
ぽん、とまた頭を撫でられる。さっきよりも優しくて、さっきよりもずっとムカつく撫で方だった。払いのけようとする気すら起きなくてそのままにしていたら、俺が言わずともシイが手を退ける。
「あ、ちなみにエイプリルフールのやつ軍中に広まってるから。相手がリンくんでも容赦なく嘘つかれると思うよ~」
「…は?」
それだけ言い残すと、シイはじゃあね~と言ってその場を去った。能力が発動していないことに絶望する俺を、いつの間にか休憩から戻っていた隊長が嘲笑う。
とりあえず隊長は一発殴る。その決意を嘘にしないために、俺はヤニ臭い奴へと向き直った。
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「僕、実は猫アレルギー治ったんですよ」
「…お前、なんでそんな、辛くなるような嘘を……」
「うっ…だってこれ以外思い付かなくて…」
違和感に不愉快さを覚えながら、目の前でしょんぼりした顔をする零を眺める。どうやら零もエイプリルフールに興じたようで、奇しくもシイと同じ猫繋がりの嘘をついた。
零は猫好きなのに猫アレルギーらしく、以前それを嘆いているのを慰めたことがある。コイツは相変わらず、自分が傷つくことが大層好きらしい。
「なぁ、旧世界の奴らはエイプリルフール以外に嘘をつかなかったのか?」
「…いえ、めっっっっちゃ嘘ついてました。むしろエイプリルフールの方が正直でした」
「ひでぇ話だな。いっそ真実しか言えない日にすれば良いのに」
「真実を嘘と思うより、嘘を真実と思う方が悲惨ですから……少なくとも僕は、そう思ってます」
しみじみと語る零に、こんな奴も騙されたことがあるのか、と少し驚く。お人好しで、ひねくれてるが俺ほどじゃない、この世界では結構な"良い奴"に分類されるコイツを騙すような人間がいることが、少し信じられない。
零は旧世界の人間だ。最近多発している、リミネストとやらでタイムトラベルして来たようで、それ故に世間知らずなところが多い。こっちに来てしばらく経ったはずなのに、未だにジェネレーションギャップを受けるような奴である。
そんな零から旧世界のことを聞くのが好きだ。時代も、人間の性能も、価値観も、地理も、文化も何もかもが違う時代は、まるで異世界のように感じるから。
そう伝えたら、零は俺に対して「リンくんはきっとSFが好きですよ」と言った。全く意味が分からなかったが、とりあえず本心からの言葉なのは分かった。どうやら俺はえすえふ?が好きらしい。
「リンくんは本日も正直者ですね」
「そうだな。……別に俺を騙そうとしてる訳じゃないのは分かってるが、嘘をつかれんのはムカつく」
「…すいません、悪ノリしちゃって…」
「いいよ。嘘ついてるってバレバレだしな」
「えっ」
零は嘘が下手だ。いや、少なくとも俺には嘘が下手に見えているというだけだが。嘘をつくときの動作がワンパターンだし、嘘をつくタイミングもどこかおかしい。
そして俺は、嘘が下手な奴は嫌いじゃない。だからと言って嘘をつかれても良いわけじゃないが、能力が無くたって嘘だと分かる嘘には、不思議とそこまで嫌悪感を抱かないのだ。
「変だよな。見え見えの嘘はそんなに嫌いじゃないんだ。ちょっとムカつくだけで」
自分でもビックリするくらい、穏やかな声が空を撫でて溶けてゆく。零は少し驚いたようにこちらを一瞥して、前へと視線を戻した。零が人をジロジロ見るのは良くないと言っていたのを、ふと思い出す。
何でこんなことを言ったのか、俺でもよく分からない。零が答えを知っているわけでも無く、俺も答えを知りたいとも思ってない、はずなのに。
「…リンくんはもしかしたら、騙されて傷つけられることが嫌なんじゃないでしょうか。その、僕が分かった風に言うのもあれなんですけど……」
「……」
「僕はリンくんの過去を知りません。詮索をするつもりもないです。でも……リンくんがもし過去に、騙されて傷ついたんだとしたら。そしたら、嘘が嫌いになるのは、少し…分かります」
岩の隙間から雨が染み込むように、耳に零の声がクリアに響いていく。
心を揺さぶるほどの激情も無ければ、納得するほどの自信も欠けている。それでも、零に言われたならそうなんだろうと、俺の耳はコイツを信じたらしい。違和感なく届いた言葉に、俺は静かに耳を傾けていた。
「嘘にどんな意図があったって、嘘であることに変わりはないです。騙された人が、意図を汲み取れずに傷つくこともあります。だからこそ、受け手に解釈を委ねるような嘘が、嫌なんじゃないでしょうか。過去にされたように、自分が嘘で誰かを傷つけるのが、嫌だから」
「…」
「もしそうだとしたら、分かりやすい嘘が嫌いじゃないのは……きっと、騙されないからなんじゃないかな…って、思ったんですが、その……出しゃばっちゃいましたね」
照れくさそうに頬を搔く零を、じっと見つめる。耳に響く音はずっと綺麗なまま、それが零の本音であることを証明し続けていた。
出しゃばりじゃない、と呟くことで精一杯なほど、今の俺の頭は零の言葉を噛み砕いて理解しようとしている。それは俺が俺自身に歩み寄っているということであり、零の話にちゃんと向き合っているということなのだろう。
こんなことは初めてだった。誰かに嘘嫌いを解析されることも、俺への理解を受け入れることも。今日はなんだか、俺が俺らしくない。…全部、全部エイプリルフールのせいだ。
下らない嘘をついたシイに蹴りを入れなかったのも、頭を撫でるシイの手を叩かなかったのも、俺が穏やかなのも、全部。
「…そう、なのかもな。俺は、俺が何をしたいのかも、どうなりたいのかも分からないが……そんな気がする」
「そうだったら、嬉しいですね」
「……誰も傷つけない嘘、か」
まだ、嘘をつく奴らの心理は分からない。俺が嘘を見抜けるのに嘘をつく奴らのことなんて、特に理解不能なままだ。嘘は相変わらず嫌いだし、それを治そうというつもりも毛頭無い。
それでも、俺が嘘嫌いなことに寄り添おうとする奴がいる。歩み寄ろうとする奴が、受け入れようとする奴がいる。その事実が、何だか酷くむず痒い。
俺は嘘が嫌いだ。だからこそ、本当はただ自分が傷つくのが怖いだけのガキなのに、嘘が嫌いと嘘をつく俺が嫌いだ。自己防衛のための嘘が、一番嫌いで反吐が出る。
でも今日だけは、エイプリルフールだけは、誰も傷つけない嘘なら許されるから。だから俺は、四月馬鹿らしくうそぶいた。
「……まぁ、誰も傷つけないなら、嘘も悪くないかもな」
__らしくない行動も、響かない違和感も。今日だけは全部、エイプリルフールのせいにしてしまおう。
fin.