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雑文令嬢「悪役令嬢の役しかこない!」
Fランクから始めよう
私がとある商業小説家が出版したラノベ作品のサブキャラとして小説業界へデビューしたのが数年前。その作品は時流に乗ったのかそこそこの人気を博した。
でも、そこで小説家は頭に乗った。なんと次の作品もそのまた次の作品も令嬢モノだったのだ。まぁ、おかげで当て馬役として私も出させて貰えはした。それだけは感謝している。
だが流行は廃れるものだ。結局この作者が書く作品は段々人気がなくなり、最後は失意の内に小説家は筆を折った。
当然、私も廃棄処分されると思ったが、何故か私にスポットライトが当たる。そう、前の令嬢モノで演じた悪役令嬢役を読んだ別の作者からオファーが来たのっ!まっ、当然悪役令嬢としてだけどね。しかし私はいちもにも無くこの話に乗った。
だって主役だったんだもんっ!初めてだったんだもんっ!まさか私が主役を張れる日がこようとは思ってもみなかったんだもんっ!
そして何故か、これが大ヒット。そして時代は新たな悪役令嬢モノで一色に染まっていった。まぁ、ブームとなれば多くの作家がその後追いをするのは世の中の倣いだ。なので私は何件もの作品に対して掛け持ちをしてその需要に応えた。
しかし、だからなのか気付くと私には悪役令嬢の役しか回ってこなくなった。
これはまずい。非常にまずいわ。確かに私は悪役令嬢を演じているけど別にそれしか出来ない訳じゃないのよ?確かにキャラ的には一番しっくりくるのかも知れないけど、可憐なお姫様だって演じれるのっ!いえ、強気なツンデレだってイケると思うわっ!
でも、来る話、来る役、全て悪役令嬢・・。しかも、なんか件数は一時に比べ右肩下がりだし・・。ああっ、ブームが去ってしまう。そうなったら誰も私を使ってくれない。
違うのっ!私は出来るのよっ!何でも演じれるのっ!だから誰か私を悪役令嬢以外で拾ってちょうだいっ!
そしてここはとあるネット上に投稿された素人投稿小説の控え室。作品が投稿される前にキャラたちが集まる場所です。
「あら、えっちゃん早いのね。さすがは主役を張っている人ね。私たちとは意気込みが違うわぁ。」
いつもの様に一番で控え室にて待機しているとサブヒロイン役のキャラクターさんが入ってきた。
「あっ、おはようございます。三笠先輩。こちらへどうぞ。お茶はいつものダージリンでいいですか?」
「ふふふっ、悪いわね。本来なら主役さんにそんな事させられないんだけど、えっちゃんは率先してやるから断れないわ。」
そう、この人は私の先輩にあたる人だ。えーっと、こう言ってはなんだけど地で悪役令嬢が出来る人である。つまり、意地悪な人だ。今日も会うなり軽くジャブをお見舞いされた。でも私は慣れているので気にしない。先輩も私があんまり動じないのでこの頃は別の新人にターゲットを変えたようだ。
「ああっ、この物語も後5話で終了ねぇ。本当はもっと続けるはずだったらしいけど、思ったほど人気が出なかったから打ち切りですって。」
「はい、すいません・・。私の演技が至らないばかりに先輩にまでご迷惑をお掛けします。」
いや、作品の人気がでなかったのは私だけのせいじゃないけど、一応主役を張っている身としてはそう言わざるを得ない。なんか大相撲人気が低迷していた時分の横綱の気持ちがわかるわ。
「ううんっ、えっちゃんのせいじゃないわ。えっちゃん、がんばっていたじゃない。悪いのはなんの捻りも無く普通のテンプレシナリオしか書かなかった作者よ。」
「はぁ、でも昔はこの程度のシナリオでも人気が出たんですけどね。」
「昔は昔。流行は移ろいゆくものよ。作者たちは人気商売なんだから常に流行の先を見据えて一歩先を歩いて貰わなくちゃ。」
「はぁ、話は変わりますが三笠先輩は次のオファーはあるんですか?」
私は先輩が昔話を始めないように話を反らす。だって先輩って古株だから話し始めると長いんだもの。私たちキャラは作品毎に設定が変わるから実年齢はあってないようなものだけど、初出の時が一応誕生日となっている。そして勿論、先輩の誕生年月日は最上級機密事項だ。
「ええっ、何件か話は来ているわ。でも、どれもいまいちパッとしない作品ばかりなのよねぇ。作者の方は人気が出る気満々なんだけど私に言わせれば全部ごみ。人気作品のテーマをパクってちょっと設定を変えただけの劣化コピー品よ。」
「あーっ、最近多いですよね。私も悪役令嬢役が続いたんですけど、最初の頃は悪役令嬢と言っても色々バリエーションがあったんですけど最近は安易なざまぁ系ばかりです。」
「まっ、それも読者の皆さんが望んだ結果だから仕方ないわ。それよりえっちゃんは次の仕事見つかったの?」
「えーっと、まだなんです。1本だけ話は来ているんですけど、それもまた悪役令嬢役なんでどうしようかなぁって。」
うんっ、本当にこの役しか来ないのよ。私、出演作品は10本ほどあるのだけどこの役しかやった事がありません。
「そうねぇ、役が貰えない人から見たら贅沢と言われそうだけど、確かに今更悪役令嬢はないかもね。」
「はい、どうも私のイメージが悪役令嬢で定着しているみたいで困っているんです。」
うん、だから今の流行が去ったら私に未来は無いかも知れない。いやはや、何れは『あのキャラは今!』みたいな番組に出れるかも知れないな。いや、そこまで売れていないか・・。
「そうかぁ・・、もし良かったら紹介してあげようか?」
「えっ、いいんですか?はいっ、是非ともお願いますっ!」
突然の先輩からのお誘いに私は一も無く飛びつく。いや、先輩は意地悪だから裏があるのかも知れないけど、私はそれくらい焦っているのよ。もしかしたらノクターン系かも知れないけどいざとなったらやってやるっ!・・いや、体はあんまり自信は無いんだけどさ。胸にもパットを入れているし・・。
「あんまりいい役じゃないわよ?所謂なんでも屋的なポジションだから・・。」
あ~っ、やっぱりそっち系なのかぁ~。でも断る前に一応聞いておこう。
「えっ、そうなんですか?う~ん・・、でもどんな役なんです・・か?」
「頭のネジがちょっと外れちゃった人工生命体なの。」
「あらら・・、もしかしてSFですか?」
私は別の意味でがっかりする。いくら悪役令嬢以外の役をやりたいといっても、今や斜陽のSFじゃなぁ。
「ううん、ジャンル的にはローファンに入るわ。でも、章ごとにテーマを変えているから実情はなんでもありね。」
「へぇ、今時テーマを絞らないで書く作家さんなんて珍しいですね。」
なんだ、場当たり的に流行の話を垂れ流す駄目だめ作家か・・。でも、先輩の紹介だしなぁ。無碍(むげ)には断れないな。
「うん、本当なら私も出てみたいなと思っているんだけど、この人、大人の女性が書けないのよ。さすがに私も女子高生役は卒業したいものねぇ。」
「あーっ、最近の高校生設定って、ぶっ飛んでますもんね。」
私はやんわり先輩のお歳では高校生役が似合わないんじゃなくて、今時分の高校生役に魅力が無いと匂わせて言葉を濁す。
「まぁ、紹介する役の年齢は女子大生らしいんだけど、実は別にヒロインがいるの。だからこの役は仮面女優として出ることになるわ。つまり、あなたはヒロインの影武者ね。」
「はぁ、そうゆう設定なんですか・・。」
う~んっ、よくわからん。
「ええ、代役ですらないから中々演じたがる人がいないらしくて・・。あなたも嫌なら断っていいのよ。私も探してくれって頼まれてはいるけど別に見返りがある訳じゃないから気にしないわ。」
先輩の言葉に私は暫し考え込む。役者には脇役やらモブ役やら色々底辺な役どころがあるけど、仮面女優は一番人気が無い。映像系ならひとり何役掛け持ちしても視聴者の人は見分けてくれるけど、小説ではそれがないからだ。
そもそも小説では言葉遣いや容姿もその役に合わせた設定になるから私が演じていると気付いて貰えないのよ。そうなると次のオファーにも繋がらない。日銭は稼げるがそれだけだ。
やはり、キャラとしては主役を張って代表作の一本も持ちたい。でも、私としては色々な演技がこなせる所を見せるチャンスとも言える。これは思案のしどころだ。
「分かりました、紹介してください。私、やってみます。」
私は決断した。このまま悪役令嬢オンリーでは先細りなのは目に見えている。なら、ここで初心に帰りドブ板営業をやるのも悪くは無い。
「そうぉ?なら連絡しておくわ。うふふっ、えっちゃんって器用だから喜ばれるわよ。私も鼻が高いわ。あの糞忌々しいくろの鼻を空かせるもの。」
「くろ・・さんですか?」
「あっ、それはこっちの話。ヒロインはとてもいい子だから安心して。」
「はぁ・・。」
「それじゃ、先方には伝えておくからよろしくね。」
その時、私たちがいる控え室のスピーカーから作品の投稿がなされたとの連絡が入った。なので私と先輩は一瞬で女優の顔になる。
「それじゃ、いきましょうか、悪役令嬢さん。」
「はい、お嬢様。今日もいっぱいいじめて差し上げます。」
「おほほほっ、そうね、裏を知らない読者の方は私を哀れんでくれるわ。だから精々、話を盛って更に騙して差し上げましょう。」
そして私たちは舞台に上がる。テンプレから一歩も抜け出せていないチープな物語だけど演じる私たちには唯一の場所だ。そこには作者の邪な思いなど介入できない。
ポイント?それって私たちになんの恩恵があるの?私たちは演じるだけだ。でも、私たちにも文字には現れない感情がある。それが作者の意図と合致すればよし。そうでなくても演じきって見せる。
何故なら私たちは女優なのだから。
そして私は今ここにいます。ここは今まで悪役令嬢として出演していた作品に比べるとアクセスなんかスズメの涙ほどだけど私は気に入っている。
だって、色々な役を演じさせて貰えるからっ!貴金属屋の受付からちょっとクールな高校生役まで本当に多種多様です。まぁ、世間的には雑用なんじゃないの?と言われそうですが、いいんです!私は気にいってるんですっ!
でも、今から思えば悪役令嬢役も悪くはなかったです。かなりメンタルを鍛えて貰いましたし。本当に人間のエゴって凄まじいものがありますからね。
でもここにはそんなものはありません。というか作者さんがそうゆうのが嫌いらしいです。常にハッピーエンド。どんなに過酷展開になっても無理やりハッピーエンドに持っていきます。時にはストーリーが破綻してでもやっちゃいます。だからたまにこの人、読者の事を考えてないなと思うくらいです。
でもやっぱり、小説のキャラクターでしかない私だって幸せになりたい。人を押しのけてまでは手に入れたくはないけれど、そこは複雑に絡み合ったキャラクター関係・・、私の見えないところで結果としてそうなっている可能性はあります。でも、知らないんだからしょうがないよね。
だから私は覚悟しています。いずれ誰かのせいで私の幸せが消え去っても文句は言いません。また初めからやり直します。だって、私には無限の可能性があるのだからっ!
はい、どんな役だってこなして見せます!目指せ!仮面女優!なので今日、あなたが読んでいる別の作品の脇役は実は私かも知れないですよ?
-完-