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鉄路行き行きて。(二話 行き行きて戦場へ)
実在した歴史、兵器の類を基にしていますが、実際にあったものではございません。また、専門用語が多数使われています。できる限り解説は致しますが、ご了承ください。
命令文の通り、出撃した。緊急出動なので隊長の訓示も無く、石炭、水を炭水車にぶち込み、弾薬もありったけ持っていく。皆、覚悟を決めていた。帰って来れぬ事を。食料に酒、飲料水もありったけ持っていく。車庫から入り乱れるように車両が出ていき、整備士たちは出ていく車両に、兵士たちに帽子を振った。笑顔で。編成の終了した装甲列車から出撃していく。全速で。俺も火砲車乙の側面にあるスライド式のドアを開けて、動き始めた列車に飛び乗った。既に島田少尉はそこにいた。
「おせーよ佐竹。」
「すんません。」
「こっちも帽子振るぞ。」
ドアから見えたのは、帽子を振って見送る整備士達であった。白い制服が太陽を反射してキラキラ光っている。因みに、彼らは国鉄や満鉄から徴用された人達だ。戦争が無ければいまごろ車庫の機関車を整備して平和に暮らしていただろう。ああ、彼らを守るのが俺達の責務なのだ。そして、いつか帰って来るぞ、哈爾浜に!!そんな思いを込めて電灯の点いていない暗い車内から緑色の帽子を振った。試製九四式装甲列車の六両目、機関車から石炭の煤煙が立ち、じょじょに速度を速めた。
「帰って・・・来れますかね?」
つい、自分の口から不安が漏れ出てしまった。
「知らん。戻れんかもな。」
「戦闘前から縁起でもない事言わないでくださいよ、島田はん。」
島田少尉の旧友である田代軍曹が突っ込んできた。この人はややひょろっとしているが、何処にでもいそうな近所のお兄さんのような風貌をしている。この人も人が良く、未だに夢を追う、年齢に相反した少年心を抱いた人である。だが、冷静沈着。
「・・・・・・・しかし、露助はどんな連中なんですか?」
俺は、戦う前に少しは敵の事を知っておこうと初の本格的対ソ戦、俗に言う「ノモンハン事件」の戦場にいた島田少尉、田代軍曹に聞いたみた。
島田軍曹は、「そうだなぁ、あの時は戦車だけで突っ込んできたから対戦車砲で吹き飛ばすのが楽だったなぁ。戦車は車内からの視界が悪いから隠蔽された俺達の砲を発見できなかったからだ。だが、恐れも知らず突っ込んでくる様子は怖かった・・・・・。」
と苦笑して語っていた。
一方の田代軍曹は、「だけど、あんときと戦い方、兵器の性能はここ数年で変わる。だが、こっちの砲があの時と変えられていないには問題だな。こっちの大口径砲も過信は禁物。あの時とは別の敵の認識すべきだ。のう、島田はん。」
「お、そうだな。」
車内に少し笑いが漏れた。笑いが途切れた時、ふと車外へ首を出した。
「うおぉ・・・」
「こりゃ壮観だなぁ。」
「ファ?!」
その声にびっくりして後ろを見上げると、長坂上等兵がいた。彼は帝国大学に通っていた知識人だが、「戦地へ行くのは貧乏人の行くことだ」と言う金持ちたちに蔓延する考えに疑問を持ち、志願して入ったらしい。(実家も典型的な金持ちだったと自身の口から言っていた)近眼のため、かけている丸眼鏡が知識人の雰囲気を彩っている。
俺達の視線にあるのは、装甲列車の大群だ。(本車以外は臨時装甲列車だが。)
「満州中の装甲列車がかき集められましたからね・・・・。」
「そう、だな。心強い・・・・か。」
俺達に手を振ってくる臨時装甲列車の連中がそこにはいた。「ようやく我らの出番だ」という、万遍の笑みで。
「島田、分かってるだろ。なんで皆に言わないんだ?」
田代軍曹が弾薬箱に座って煙草を吸う島田少尉に上から語り掛けた。
「へへ、あの奉天からの命令か?」
「あの意味、分かっているだろ。お前。」
「ああ。奉天の連中は俺達の戦力で三百万人の大軍団を撃破できるはずがないと思っているんだろう。要するに・・・」
「時間稼ぎだろ。」
「そうだ。きっとあいつら主力を連れて朝鮮半島へ逃げ込むだろ。戦略上は正解だが・・・」
「民間人の満蒙開拓団、俺達は見捨てられるんだな。」
「まぁいいさ。戦場でできる限りのことをするのみだ。俺達は。」
変に冷静な島田少尉を見て、長年の友であった田代は不自然に感じていた。
「島田、それだけではあるまいな。俺も例外じゃないが・・・・・家族だろ?」
島田少尉は煙草をまた咥え、特有の臭いのする煙を吐いた。
「満蒙開拓団・・・・それも国境近くの地域に配属されたからな・・・・。どうなったかは知る由もない・・・・・。悲しいな。」
「俺にも煙草くれ。今日買う予定だったのが狂っちまったぜ。」
「ほれ。」
人差指と中指で銜えられた煙草をそそくさととって、火を点けて田代軍曹が煙草を咥えた。外を見てはしゃぐ佐竹軍曹と長坂上等兵を見ながら島田は語った。
「あいつらは・・・・咲く桜だったのが飛んだ早咲きどころか咲く前に枯れるのか・・・。」
「また、縁起でもねぇ事言いやがって島田よ。」
「島田少尉!・・・ゴホ・・・・ゲヘ・・・。煙草吸ってたんですか・・・・煙たいと思ったら。」
「少尉殿、煙草一本くだせぇ。」
「長坂・・・・やだね!!田代に一本あげたんだ!!」
「じゃあなんでくれないんですか?!くださいよ少尉殿!!」
子どもの様に突進してくる長坂に何があろうとも煙草を渡さない気概(すごいね。人の欲って)で島田少尉は箱を渡さない。その時、吹っ飛んだ煙草の箱を俺が拾って銘柄を見ると、あらびっくり。
「これ、うちの農園で作ってるやつですよ!!」
うちの家族は大丈夫かな・・・・・。そんな考え事もよぎったが、まぁ、生存能力が何気に高い親父たちだ。大丈夫だろう。そして今,もう一つ疑問が浮かんだのだが
「煙草って、美味しいの?ただ臭い煙を出す物体としか思えんのだが。」
この時、奪い合っていた二人も動きをピタリとやめ、満場一致で
『美味い!!』
なんでだよ・・・・。
戦闘開始まであと二日。
長坂軍曹が、アメリカ映画の「プラトーン」の主人公に経歴が似ていることについて。やっぱり、金持ちとの隔壁は昔からあるのですね・・・。因みにプラトーンは良い映画ですけどグロに耐性無い人は見るべからず。
次回、最前線へ。