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〖毒を喰らわば皿までと〗
語り手:上原慶一
誓約書や履歴書を確認しながら一本の電話を取れば、苦情がオフィスに木霊する。
もう必要のない灰皿の底を見ながら適当に対応に当たっていく。
この時ばかりは、事務仕事が憎いと思わざるをえないのだ。
●上原慶一
29歳、男性。既婚、妻子持ち。(異譚集楽:26歳)
元新聞社勤務。最近の趣味は履歴書の確認(要は仕事)
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「おはようございまーす!」
一護が従業員専用の休憩室の扉を勢い良く開くと、金髪を後ろに一くくりにし、青い瞳に火傷のような跡のある男性が柳田の頭に顎をのせて作業をしていました。
1カメ。
一護の後ろ姿と柳田と二人機織りをするような形の上原慶一。
2カメ。
一護の驚いた顔と柳田と上原の後ろ姿。
3カメ。
柳田の頭に顎をのせた上原が金色の猫のマークの入った年季のあるライターにオイルを入れる姿。
4カメ。
驚いた顔から真顔になる一護。
5カメ。
一護のずっと後ろから空知が見覚えのある複数の人物と談笑する姿。
そして、6カメはいつもの風景に戻ります。
「えっと...う、上原さん...?」
二人機織りの状態で柳田だけが一護に応えました。
「おー...早いね、翔は?」
「ああ、それなら廊下で新人?の方と話して...いや、その絵面はなんですか?」
「上原さんにライターのオイル入れて貰ってるよ。簡単らしいんだけど、よくオイル溢しちゃうから...」
「はぁ...わりと器用なイメージがあったんですが...」
「ん~...結構不器用だとは思うけどね...?」
軽めに笑う柳田とは裏腹に少し難しい顔をした上原がオイルを入れ終えたのか、柳田から離れる。
オイルの匂いがする手で一護に手を差し出そうとしたところで、後ろから空知が挨拶した。
「おはようございま...うわ...」
挨拶というより、嫌悪を表しました。秒で上原が反応します。当たり前です。
「うわ、ってなんだよ」
「いや...いると思わなくて...大抵、オフィスの方で事務仕事じゃないですか...」
「誰の為に事務仕事してると思ってんだか...それで?話はついたのか?」
「ええ、まぁ...」
というわけで、
「何がというわけで、だ。とっとと出せ」
はい。
空知の後ろから、憑依霊歌、立花心寧、遅れて出水鈴が顔を出しました。
「?...出水さんは臨時じゃないのか」
上原の文句には柳田が「状況によっては必要になるかと思いまして」と理由を述べました。
「と、すると...改めて挨拶だな」
おっさん感あるなぁ。
「茶化すな」
でもね、上原さん。ここの店員になる人、もう少しいるんですよ。
「人手が多いのは良いことでは?」
さいですか。
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「私は憑依霊歌です」
「私、立花心寧...よろしく」
「出水鈴...」
何かを言いかけて、止まりました。
「油臭っ!」
上原さん、手を洗ってないから...。
「俺のせいか?」
あら違うの?まぁ、どうでも良いですね。
各々が挨拶をする中、心寧だけが柳田、空知、一護のいつもの三人を睨みつけて嫌悪感を示しました。
「...翔、何かやった?」
柳田が小声で空知に訊ねた。
「いや...何も...初手で話し始めた時から、当たり強くて...同期と後輩っぽいのには優しそうだから、そういう人なんだと、思う...けど」
苦悶の表情を浮かべる柳田と苦笑する空知。一護に至っては不思議そうな顔をしています。
上原さんは知らぬ存ぜぬとばかりに事務仕事を始めました。
こういう時に上の人間が見ている中で仕事をするのって、キツいですよね。
「あ...俺、橘一護です、よろし_」
「......うるさい」
ただの挨拶に五月蝿いとレッテルを貼られる一護君。困りましたね。
見かねた柳田が空知に会話方法を聞き出します。
「翔、心寧さんとどうやって話したの?」
「話すも何も...ずっとネガティブなこと言われましたよ、そこそこ楽しかったです」
それ、会話してるって言うんですかね?
ただしかし、心寧は霊歌と鈴とは楽しく談笑しているようです。それもハツラツとした可愛らしい声で。
「...ひ、ひとまずは大丈夫そうかな...?」
柳田が苦笑しつつ、グッドサインを出しました。
いけます?本当に?
「アイツがいけるって言ったらいけるだろ」
謎の信頼感を醸し出す上原。なんだお前。
「...どうでも良いんですけど、上原さん...今日はずっといるんですか...?」
空知が恐る恐る、作業をする上原に訊ねます。
若干、不服そうな顔をしつつ、上原が「念のためにいるんだよ」と口を開きました。
空知の顔がひきつりました。
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「それで、そのチョコレートを綺麗に並べてね」
柳田が霊歌、心寧を一護の時のように指導をしていました。
「アヒル...アヒル...?...アヒル...???」
空知が後ろでうわ言のようにアヒルと呟いていますが、無視で良いでしょう。
「...アイツはアヒルと何があったんだ?」
事務仕事の休憩でしょうか。上原が一護の近くにきて、本音をこぼしました。それに一護だけが答えます。
「さぁ...よっぽど、嫌いなんじゃないですか?」
そう言った時の一護の顔は少し笑っていました。
その笑い顔がすぐに驚いた顔になり、顔の横をチョコレートの箱が掠めました。
目をやるとチョコレートの箱が浮いています。こう、ふわふわと。綿菓子みたいに。
空知の瞳に黒い靄のようなものたちがチョコレートの箱を持っているのを映しました。
「へぇ...こりゃ凄いな、人を従えでもするのか?」
上原が呟いた台詞に一斉に黒い靄が振り向いて、何も言いませんでした。
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ジリ...リリリ、ジリリリリリと警報音が少し柔になって響き渡る。
「おい、何にもないじゃないか!これ、壊れてるぞ!!」
「昨日までは普通だったのに...」
「上原マネージャーが来たからじゃ?」
「いや、新人...なわけないか」
口々に惣菜部門で働いている従業員が一応、避難の為に荷物をまとめながら話します。
そんな中で遥だけが瞳を細めて、窓の外を見ました。
青と緑。青空の下に広がる青々とした芝生の中に点々と毒々しい液体が垂れて、焦げていくような溶けていくような音がしていました。
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瞳が映る。
水が怒る。
霧が笑う。
花が踊る。
毒が泣く。
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警報音には誰もが気づいていました。
臨時だからと帰宅準備をしていた出水鈴ですら、霊歌と心寧に教えていた柳田ですら、アヒルを嫌悪しつつある空知ですら、会話する一護と上原ですら、気づいていました。
でも、毒が近づいていることには気づいていませんでした。
毒のようで毒じゃないものを皿を溶かすように喰らって、喉の奥に通し続けました。