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ep.12 思い出のマーチ
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--- 【現在時刻 10:15:31】 ---
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side 祀酒 みき(まつさか みき)
|契《けい》さんがドアを開けて少しすると、ドアが小さく、がりっ、と不快な音を立てた。
見れば最初「30」と刻んであった数字は、いつの間にか「29」になっていた。
、、、自然に、数字が変わっているのだろうか?
何ともざらっとした気持ちでドアを見つめたら、またドアから、がりっ、と音がして、数字は「28」に変わっていた。
「こ、これってもしやカウントダウン、、、!?」
そう言う私のざらつく気持ちと焦りを察してくれたようで、契さんは落ち着く声で語りかけてくれた。
「そう、みたいですね、、、。ペースは普通のものより遅いようですが、恐らく0になれば何か起こるのでしょう。皆さんにも早く出るように言っておいた方が良いかと。」
そう話す間にも嫌な音は数回鳴って、ドアの数字を着々と削っていた。
「皆さん!ドアの数字が0になる前にここから外へ!」
私たちは精一杯叫んだ。精一杯。それしかできる事がなかったから。一定のペースで数字の削れる不快な音に、かき消されてしまわないように。ただただ、目の前の命に向けて声を届けようとした。
何度も声がうわずった。掠れた。いがらんだ。その度に狂ってしまうような気がして、湧き出す恐怖をとにかくあらん限りの大声で塗りこめた。私も契さんも、訳が分からなくなっていた。
そんな私たちには、ものすごい勢いで流れる人々が、雄大な川の水一粒一粒のように見えた。
「僕らは邪魔にならないところで案内し続けましょう!」
「はい!!」
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「このフロア、もしかして終わりが近いのか、、、!よしいける、僕ならいける。待ってろよ、ゲームマスター!!」
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「いつの間にか前の方にいるじゃん、、、うおぉ、押される押される!自分で走るからさ、痛くしないでよね!?」
「ウザ絡み、押し問答と来て今度は走らなきゃいけないのか、、、どこまで疲れなきゃいけないんだよ俺!!」
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「あーもう、、、早く行けよ!! ほら、とろとろしてると死ぬかもしれないんだぞ!? 俺も出るからまずはお前らが早く!」
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「|爛雅《らんが》さんっ? あれ、爛雅さん!! どこにいるんです!?」
「いやあの、すぐ隣ですけど!?」
「ああそんなところに。すいません、走りましょう。」
「えっ、、、あぁそっか、なんか急いでるんでした!ありがとうございます!!」
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「きつねさんっ!こあらさんっ!だいじょうぶだよ、、、あとちょっとみたい!あゆといっしょに、がんばろうねっ、、、!!」
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「ひえぇ、すっすいません!? うぅ、頭痛ぇ、、、やっぱり人混みは苦手だ、猶更早くここを抜け出ないとですね。」
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「おい遠坂!なんかもうすぐみたいだぞ!ほらっ!!」
「わ、分かった分かったって!、、、ホントだ、もうすぐ階段? あ、痛い!ちょっと、引っ張るのはナシでしょ!?」
「だってほら、早くしないと!?」
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「早く出よう、|斎楽《せら》!手、離すんじゃないぞ!!」
「はいっ!、、、あ、あのっ」
「どうした?」
「、、、いえ、今は大丈夫です!」
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「嘘、、、何よこれ!」
全ての人がドアから出た、、、と思っていたから、通路の奥から声が聞こえてきて一気に体が冷えた。
「パニックになって他の人たちといったん上の階に逃げて、静かになったなぁと思って下に降りたらなんで誰もいないの!?」
姿は見えないけれど、通路を通ってこちらに来ているのは分かった。
「こ、こちらに出口があります、早く!!」
私がそう叫ぶのと同時に、彼女の姿が見えた。安堵に泣きそうな表情をしている。
「あぁ、、、ありがとう!」
彼女がどんどん近づいて、こちら側に手を伸ばす。
「あ、早く!そうじゃないと、、、」
手遅れだった。
がりっ、と嫌な音が今までより一層大きく響いて、刻まれている数字が「0」になる。
ばんっっ、とオーバーな音を立ててドアが閉まった。今までは奇妙な程静かに閉まっていたというのに。
ドアの向こうにいる人は、もう助からないのだろう。ドアの前まで来たあの女の人の最期の顔が、驚き、喜び、そして少しの絶望が、脳の中に刷り込まれていて取れない。
はい、もう終わりですよ。過去のことなんか忘れて、さっさと進もうね。
そう嘲笑うゲームマスターの声が、聞こえた気がする。
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side 御野々 宮司(みやの きゅうじ)
オレがあの時感じていた違和感は、やはり的中していた。
走り終わって、斎楽の、、、いや、彼女の頭上を見上げると、こう書いてあった。
<空間 清李(あきま すがり)>
年齢 : 16
健康状態 : 一時的な心拍数上昇、呼吸の乱れ
特異症状 : Null
「あ、あの、、、」
「もう分かってるよ。俺の人違いだ、すまなかった。」
「ああいえいえ、いいんです。偶然とはいえ助けてくれてありがとうございます」
「いや、その、、、、いいよ別に」
妙~に照れくさい。やめろ表情筋、ニヤニヤするんじゃない。今は違う。
「左手首にあざがあるじゃないか。強く握りすぎた、すまない」
恥ずかしいのを相手の身の心配で無理やり覆い隠した。
「あ、、、うそ、うそっ!?」
急に清李さんが焦り始めた。尋常じゃない焦りようだ。何ならドアの近くに連れていかれそうな時よりも激しいけんまくだった。
「ど、どうした?」
「わ、私の大切な写真が無い!!」
「写真!?」
聞けば彼女は好きなアーティストの写真を落としてしまったらしく、左手に何か持っていないと落ち着かないそうだ。
「いつからだ、、、オレが手をつかんだ時にはもう何も握ってなかったが。」
「じゃ、じゃああのドアの向こうに!探さなきゃ!!」
ドアの向こうって、さっき閉まったあのドアの向こうだろうか? だとしたら無謀すぎる。閉じたドアが開くかも分からないし、開いたとして先に待っているのが通路である保証もない。
「危なすぎる!自分で死にに行ってるようなもんだぞ!? 命より大事なものがあるか!!」
「分かったように言うのはやめて下さいっ!大事なものなんです、命と同じくらい!取り返さなきゃ、取り返さなきゃいけないんです!!」
彼女の声は周りを突き刺すように響いた。何故かこの階に留まったままの沢山の人々が、こっちを気にし始める。
「行かなきゃいけないんです!」
この少女、見た目は斎楽に瓜二つだが、中身は、、、すぐ取り乱す所や握った手の強さ、あたたかさは斎楽と似ても似つかなかった。
彼女のうわずる声に気がふれてしまったのか、喉から飛び出したのはこんな言葉だった。
「あぁもう分かった!! オレも一緒に行くからさ、心配だし、右手はつないでおいてもらうからな。絶対に離すなよ、オレの手」
「!! すいません、ありがとうございます!」
そうして何故か初めて会った少女と手をつなぎながら、さっき出てきたドアの向こうへと足を進めようとしていた。何してるんだろう、オレ、、、
「後悔しても知らないからな?」
「あの人のせいで後悔するんだったら、むしろ嬉しいくらいです」
彼女がいきなり、ずいっと前に出て勢いよくドアを引いた。
その奥に通路は無く、赤黒い空間が広がっていた。
「あっ、、、」
彼女が、清李さんが、ふっと振り返って、そう声を漏らした。
彼女の体が向こうへと傾いてゆく。
つないだ手のぬくもりが、強さが、だんだんと薄れて、、、しまいにはするりと、オレの手から抜け落ちた。
斎楽と最後に手をつないだときと、ぴったり重なった。
オレが手を伸ばした時にはもう、ドアが彼女の背を包みこもうとしていた。
音もなく、ドアが閉まる。
見えなくなった。
ああ、斎楽。違うあいつは斎楽じゃない、いや斎楽だ!斎楽!! 何故オレから何度も離れていくんだ、、、!? 「大好きだよ」と囁いたその顔に、別人とは思えなかったさっきまでの手のぬくもりに。何故オレは別れを告げなきゃならないんだ、何故あの時引き止められなかったんだ!?
「、、う、うぁああああぁぁぁっ!!!」
体の芯が保てなくなってゆく。床に手をついてはじめて、オレは泣いていたことに気づいた。
もう何をしていいのか、何を感じていいのか分からなくて、気づけば今まで感じたすべてが叫び声になっていた。
はい、もう終わりですよ。過去のことなんか忘れて、さっさと進もうね。
そう嘲笑うゲームマスターの声が、聞こえた気がする。
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side 終町 脱奈(しゅうまち つな)
痛ましい叫び声がざわつきを破って、主人公に成り上がったみたいに反響する。
もしいつもと同じ状況だったらボクはそんなこと気にも留めないだろうし、なんならちょっと面白いな、くらいに思っていただろう。
でも今は違った。
声の理由を、この目で見てしまったから。
ドアに落ちる少女と、それを見て泣き叫ぶ青年。
それによく似た光景が、ボクの中に前からずっと佇んでいる。
無視しちゃいけない。無視なんてできない。
青年の痛みが分かる。それはもう、こっちまで痛み出すくらいに。どうしてくれるんだよあいつ。痛いのを思い出させられて、挙句あいつを助けたくなっちゃったじゃないか。
声を掛けるのはもう少し後にする。あんなにびいびい泣き叫んでいるんじゃこっちの声なんて聞こえるはずないし、何しろ邪魔だろう。声を掛ける側が恥ずかしい。
やることを持て余してきょろきょろとしているけれど、そういえば一向に階段から人が下りない。暑いから早くしてくれ。
と思ったら、階段はよく見ればガラスかなんかで遮られて通れないようになっていた。数人の人が「早う開けろ」とでも言うようにガラスを叩いている。、、、ちょっと楽しそうかもしれない。
「ありゃりゃ、通りたいからって割っちゃいけませんよ~」
いきなり場違いに朗らかな声が響いた。
「やぁ~、というわけで7階!おつかれさまでしたっ!まさかパニックが脱出の糸口になるとはねぇー、そんなん思いつかなかったよ、わくわくするね!! まぁ7階はチュートリアル的な感じで進んでまいりましたけども、階段を下りる準備はできてますかい?」
緊張感のないふざけた口調で放たれた言葉に、周りは一斉に沸き立った。
「チュートリアルってなんだよ!!」
「ゲームだとでも思ってるの!?」
「人が死んでるんだぞ、何人もの人が!」
確かにそうだ。チュートリアルでプレイヤーが死んだらゲームが破綻してる、、、。
「まぁまぁまぁ落ち着いて。そりゃまあご愛嬌ですよ、死にたくなかったら歯ぁ食いしばっとけ、ってトコなんですけどね、、、ともかくみんないいね、階段開けますよ!? 過去のことなんか忘れてさっさと進もうねっ!それじゃ行ってらっしゃい!!」
すらっ、と音がして、ガラスの壁が天井に引っ込んでゆく。
階段へ沢山の人が飛び込んだ。
過去のことなんか忘れてさっさと進もうね。
その言葉が地味に引っかかって、ボクが一歩先へ踏み出すのを留めていた。
何か嫌な空気が漂っている。
階段の下に待っている「未来」が、どうか残酷な「過去」になりませんように。
--- 【生存人数 241/300人】 ---
--- 【現在時刻 10:31:26 タイムオーバーまであと 13:28:34】 ---
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