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すばらしき頭脳
「……死のうかな」
動画のエンコードが終わった。
『削除覚悟』だの『陰キャ』だの、そういう言葉が入ったタイトルの動画はウケる。
『あるある』とかも今のところウケている。
ただ―――クイズ関係の動画は、ウケた試しがない。
「かつ丼の梅を一つ」
俺の声に反応して、AIが無機質な返答をする。
食事を待つ間、俺は部屋の隅の早押しボタンに目をやった。
それは何百回と使われた。だが、それが動画に出たのは十数回だけだ。
わかってる。好きなことだけで生きていけるほど、この世界は優しくない。
ただ―――視聴者のネタをそのまま紹介するだけの動画が、自分のすべてを注いだクイズ動画の200倍の再生数を持つ。
この現状を奇妙と言わず何と言おう?
「かつ丼でーす」
配達員の声が部屋中に響く。
クソが。置き配のはずだろ。
俺はドアを開け、目の前の男からかつ丼を受け取った。
―――ん?
「ご注文、ありがとうござい」
「君、なにかあった?」
玄関に、少しの静寂。
「は?」
男はわけのわからないといった顔でこちらを見つめた。
「脈が凄く早いや」
「そ、それがどうかしました?」
俺はちらりとエレベーターの方を見る。
「この階にエレベーターが止まってる。この時間に外出する人は、このマンションにほとんどいない」
「つまり、君はあのエレベーターに乗ってきたんだ」
男は苦笑いを浮かべて、困惑を隠そうとしている。
「ここは11階。君がマンションの入口にやってきてからここにたどり着くまでに、君の心臓は少し休めたはず」
「じゃあなんでこんなに脈が早い?」
男の表情に、焦りが見え始めた。
「考えられる理由は二つだ。一つは、君が俺に恋心を抱いている」
「もしくは……君はなにか、重大な事に直面している」
「ちょ、なんですかあなた!いい加減にしてくださいよ!」
かつ丼を強引に手渡し、男は去ろうとする。
―――ただ、その試みはうまくいかなかった。
「俺は『置き配』を指定したんだけど」
「……え?」
男は、足を止めざるを得なかった。
「いいのかな?このまま君の雇い主にクレームをつけても」
またしても、数秒間の沈黙。
そして、男はゆっくりとこちらを振り返った。
「なんなんですかあなた。何が目的なんです?」
「君の薬指には細い跡がある」
男の発言は、俺をすり抜ける。
「薬指にはめる細いものといったら、指輪くらいしかない」
男はまるでゾンビにでも出くわしたかのような顔でこちらを見る。
「仕事中は外す主義なのかな?それとも……相手がもういなくなったとか?」
「ちょっ、何を言って!」
玄関にテープとペンを常備しておいて本当によかった。
俺はテープを片手でちぎり、その上でペンを動かす。
「知ってるかな?青いペンと紫のペン。そしてテープを使えば、どんなライトもブラックライトにできる」
男はこの後に何が起こるのか、予想ができていないようだった。
「ブラックライトは人の体液を輝かせる―――例えば、血液とかね」
ライトのスイッチを入れる。
その瞬間、彼の右手が光りだした。
「どわっ!?なんだ!これ!」
俺は顔を近づけ、彼に言う。
「君、だれか殺した?」
「うわぁぁぁ!」
男はその場から走り去っていった。
普通の探偵サマなら、こっから驚異的な肉体で彼に追いつき、彼を懲らしめるんだろう。
ただ、俺は追跡は趣味じゃない。
あの配達員は、きっと神からのご褒美だ。
普段、好きでもない動画を作って『謎解き欲』を我慢してる俺への。
「今日はホットミルクでも作ろう」
きっと今日はよく眠れる。
俺の心は、少し軽くなった。