公開中
消えない線香花火の所在
**「燃えきってくれたほうが楽なのに」**
@ ジャンル
青春
「色見えで 移ろふものは 世の中の 人の心の 花にぞありける。はい、これ小野小町が書いたやつ。じゃあ皆ノートにメモってね。」
心無い筆記音が古文の浦辺の言葉に続く。書き終えて、少し指先を遊ばせながら天を仰いだ。
学校は退屈だ。規則にのっとり動いて、規則によって裁かれる。自分は多分そういうのに向いていない。しかし一学期に甘え過ぎた結果の出席日数はギリギリ、嫌でもこうして来なければいけない。
開けていた窓の隙間から、心地のよい風が入ってきた。暑苦しい現代の夏の終わりを告げている。
「あ、………」
視線の左端、校庭で動く人影に目が行った。否、行ってしまったの方が正しいか。体育の授業、皆が走り終え小さなコミュニティを作っているその奥に、人知れず立っているその男を、俺は見入ってしまっていた。
「こーら圭吾、お前本格的に留年したいのか?授業に集中しろ授業に。」
集中してなんかいられるか。
生真面目でぶっきらぼう、そして最高に酷い男を
俺は只、嵐を待つかのように恋しているのだから。
---
__キーンコーンカーンコーン__
放課後になり、沢山の生徒の足音が鐘をかき消していく。俺、圭吾もそこそこ混雑する廊下を歩きながら同じ階の教室を訪れた。
「秀哉ちゃーん、どーこでーすかー」
教卓から遠くの席にいる彼に向かい呼びかける。案の定きつく睨まれたが、席替えをされてたのでしょうがない。元同級生にも軽めな挨拶を済ませ、彼の所へ向かった。
「そんな拗ねんなって秀哉、一緒に帰ろーぜ。今日なんか用事あんの?」
「これから高橋先生と面談だ。多分だが長引く。」
「高橋めっちゃダルそーって、え?今ってもうそんな時期?」
「嫌ずっと前からそんな時期だが…俺は急遽だ。」
嗚呼そうかい、適当に相槌を打ち彼の席に座る。踏み込みすぎた。一拍、少しの間を置いた。別にそこまでがっつくほどではない。そう自問自答している内にも早く面談室への準備を整えたであろう秀哉は既に教室の出入り口に立っていた。流石優等生、準備の早さはピカイチだ。
「?でどうするんだ」
「ぁー…なら此処で待ってるからさ、早く終わらして来てよ。」
「ん、分かった。行ってくる」
人通りが少なくなった廊下に規則正しい足音が聞こえる。彼奴は何時でも決して走ったりはしない。肩にあったバッグを床に投げ捨て誰を居ない教室を一望する。
__「先帰っててとは言わないんだー……」__
流石に乙女すぎないか、俺。口から零れ出た戯言は何処へも行かずただ疲れた肉体と共に秀哉の机へと落ちていった。
いつからだろう、ずっとだったのだろうか
この胸の焦れったい火花が燃え続くのは。
俺達は所詮、クラスメイトに過ぎなかった。席が近い、家も近い、似ている条件が揃い過ぎてて其処から共に帰るようになり、今や友人とも呼べる関係に発展していた。まぁ、実際は過ごしていくうちに自分とは真反対な人間だと理解していったのだが。他にも仲のいい、それこそ秀哉よりも趣味の合う奴なんて居たのに、俺はずっと彼奴の隣に居た。事発端は一年生の夏休み後半、彼奴と花火をした。初めて秀哉から誘ってきた事もあり気分はうなぎ上り。だが花火大会の集団に入っていくことなく、自分の家の庭で淑やかにやる程度だった。ちりちりと、燃えては消える花火を見ながら彼奴は言った。「離れたって構わない、偽善で関わられるのは不快だ」其処から彼の生い立ちを聞いた、何とも普通の俺には想像の出来ない実体験を。その後はほんの小さく薄い膜が張られた感覚がした。次の日には何ともなく生活が続いていた。
(思えば、一目惚れ………嫌、そんなキモいことあるけないだろ。)
恋、特定の人に強く惹かれ、心がときめいたり切なくなったりする情熱的な状態。国語の時に辞書で読み漁ったけどこれが一番今の状態に合う。なんて阿呆らしい少女漫画気取りなんだ。
あの頃からより一層胸奥の痛みと共に彼の近くに居るようになった。秀哉の自分に対する対応こそ変わらなかったものの高校二年生となった今はそれすらも良いとすら思える。
「関わりやすい」秀哉はよく俺にそう語る。あまり詮索しない所とか、そんな秀哉に興味なさそうだとか。………本当に友人として思ってんのか?これ。別に俺もこのことに関しては同意見。彼奴は冷たいが冷たいからこそ決して他人の境界線を見誤ったりしない(そもそも秀哉自身の境界線が厚すぎる)。その点を考慮して俺達は今日までこうしてやっていけていた。
(だからなんだろーなー、この気持ちが収まんないのも。)
境界線を引くのは最も楽で最も切ない関係だ。詮索しすぎないという点で仲良くなれてた面、より一層彼奴との溝が深まっていく。
沢山の想いはずっと自分の心に留まっていく。俺がもし本当の事を話せば、彼は受け入れてくれるだろうか。それとも、気持ち悪いと一蹴されてしまうのか。
(これでいい、やっぱ秀哉のいう通り俺馬鹿だからさ。)
「おい、…起きてるのか?」
「うわっ、なんだ秀哉か……起きてるよ。」
「待たせたな。少し手荒だが、話は済ませてきた。」
「おー、遂に秀哉も問題児リスト入りか、?オッケー、こっちももう準備は整ってるぜ。高橋に追いつかれる前にさっさと行こうぜ」
---
商店街を抜けると、人通りは少なくなり虫の活発になる音が俺と彼奴の二人を包み込む。秀哉は何時も歩くのが速い、なので少し俺が合わせて足を動かしている。お互い、別に過度のお喋りは興味ないので、ただひたすらと秋風が体に突き当たる。
「進路の話だったんだろ?どうすんの秀哉は。」
「成績優秀、顔もまあまあ、秀哉が行きたきゃ何処だって行けるんだろ?」
秀哉の手が少し揺れる。このくらいの好奇心は見逃せよ。そんな俺の我儘に気づいたのか、悪態を付きながら缶コーヒーを俺の頬に当ててきた。
「あっつ?!おい秀哉まじでさっ」
「俺はこの街に残る。職業は考えてないが…まぁ道なりに沿って生きていく。」
「はぁ?いつも生真面目な癖してこーゆー所は馬鹿だよなお前。」
「馬鹿はお前だ圭吾。地頭がいいのは知ってるが、内申点を侮るな碌な目に合うぞ」
だから誰のせいだよ
言ってしまいたい事は幾らでもあってもそれを口に出す勇気はない。やはり薄い膜は決して俺を近づかせない。ちりちり胸奥が焼けるのを感じる。
「秀哉ってさ、彼女とか作んないの?」
「考えたこともなかったな、いるだけ面倒だろ。」
「あっそ、じゃあ恋愛も?」
続けざまの俺の質問を変に感じ取ったのか、より一層眉間にシワが寄ってる気がする。
「…お前今日ずいぶん女々しいぞ。女絡みでなんかあったのか。」
本当にそうだ。女々しくて女々しくて本当に辛いよ恋する男っていうのは。
「俺はそんなチャラくありませーん。俺はただお前のこれからを心配してんの。」
お前の為、何とも薄っぺらいガードで自分を隠すものだ。どれだけ言っても、最後は自分のことしか考えてないくせに。
「これから、……な。」
秀哉がそう呟いた。
夏至が過ぎれば太陽なんて早く沈んでいく。何処を見るでもなく、ただ前を向いている。薄暗い帰り道の先には、家々の明かりがぽつぽつと灯り始めていた。夏の終わりを惜しむように鳴いていた虫の声も、いつの間にか少し遠くなっている。
「ならお前はどうするんだ。」
不意にこちらへ向けられた言葉に、少しだけ息が詰まった。
「俺?」
「ああ。お前の話だ。」
そう言って秀哉は、缶コーヒーを持ったままこちらを見る。
何だよ、急に。
普段なら適当に茶化して終わらせるところだった。お前に話すようなことなんてねえよ、とでも言えばいい。そうすればいつも通りだ。秀哉はそれ以上踏み込まないし、俺も踏み込ませない。なんだ、簡単じゃないか。
「ないね~、もしかしたら成人まで生きられなかったりして。」
「……」
秀哉が黙る。
今日の秀哉は本当にデリケートだ。
「いや、冗談だって。」
慌てて笑い直す。しかし秀哉は笑わなかった。
「本気でありそうだと思った。」
「やっぱり失礼だわ~、秀哉ちゃん。」
「お前は何時もそうやって大切なところを近寄らせない。」
「俺は少しでもいい、お前の話を聞いてみたいんだ。」
足が止まりそうになった。
心臓が、一拍遅れて大きく鳴る。何でもないことのように言われたその一言が、胸の痛みを燃え上がらせる。
聞いてみたい、秀哉が、俺のことを。
そんなこと、今まで一度だって望んだことはなかった。いや、本当はずっと望んでいた。
もっと俺を見てほしい。
俺のことを知ってほしい。
俺だけが知っている秀哉の一面があるように、秀哉にも俺しか知らない俺を知ってほしい。
そんなことを、何度も思っていた。
俺は、お前のことが好きだ。
その一言を言ってしまえば、今まで積み重ねてきたものが全部、別の名前を持ってしまう。俺達は男同士、そして何より秀哉には既に背負っているものがある。あの夏の日、花火の明かりの向こうで聞いた話を、俺は今でも覚えている。あれは、普通の人間が簡単に触れていい過去じゃなかった。だからこそ思う。俺までそこに乗っかってしまったら、こいつは一体いくつのものを抱えればいいんだろう。同性愛なんて、きっとその中でも特に厄介だ。珍しいとか、普通じゃないとか、そんな言葉を今更気にするほど子供でもない。けれど、世間一般から見れば、余計なものを一つ増やすことには変わりない。
他人と関わることを避けてきた。そんなこいつに、俺の感情まで背負わせるのは。
あまりにも、酷すぎる。
「……本当の本気でさ、ないのよね。」
一言で感想を言えば失敗。
気がつけば、口が勝手に溢れていった。
「秀哉みたいにさ。目標とか、将来とか、なーんも考えてない。」
笑いながら言ったつもりだった。なのに、自分の声が思ったより乾いている。オヤジと喧嘩してたときのほうがもっとマシな声してたのに。
「だから今が終われば、俺は消えるかもしれない。」
夕暮れはとうに過ぎていた。空にはまだ僅かに橙色が残っているのに、辺りはもう夜の色をしている。
「その方が俺が俺らしく、完結する。」
「……」
「どう? お前のよく言ってた通り、馬鹿らしいっしょ。」
秀哉は何も言わなかった。いつものように「馬鹿だ」と笑うこともしなかった。ただ、俺を見ていた。その目が妙に真っ直ぐで、耐えられなくなって視線を逸らす。
なんだよ。
そんな顔すんなよ。
俺は今、適当に自分を笑いものにして終わらせたかっただけなのに。
胸の奥が、また痛んだ。でも今度の痛みは、恋だとか、失恋だとか、そういう簡単な名前ではなかった。きっと俺は、この瞬間に諦めたんだと思う。秀哉との関係が壊れることを。俺達が今まで積み上げてきたものを、俺自身のくだらない恋で壊してしまうことを。
だからこれでいい。これで、全部終わる。俺が一人で勝手に好きだったことも。言えなかったことも。いつかは、笑って思い出せる。
そう思った。
思ったはずだった。
「当然とした事実だが。」
秀哉が口を開いた。
「俺は今まで、人との関わりを避けてきた。」
静かな声だった。
「お前みたいに寄ってきた奴は居ても、所詮同情か、他グループのノリで来るからな。」
「でも、お前は違った。」
「……」
「お前は本当に、どうでもよさそうだった。」
「は?」
思わず顔を顰める。俺が顰めるところなんて見たことなかったのか、秀哉は少し鼻で笑う。
「何それ。褒めてんの?」
「褒めている。」
「いや絶対褒めてないだろ。」
少しだけ、秀哉の口元が緩んだ。
それだけで胸がまた痛くなる。
「あの話を聞いて、少しお前は変わった。」
「そんなことねえって。勘違いしすぎ。」
「対応が変わったというより、お前自身の何かが。」
「……」
今度は否定できなかった。確かに、あの日から何かが変わった。秀哉のことを知ってしまったから。
知ってしまったからこそ、今までなら気にもしなかったような仕草や、言葉の一つ一つが妙に気になるようになった。
秀哉はそれ以上追及しなかった。この環境が気まずく俯くと小刻みに震える秀哉の手を見つける。
嗚呼、此奴も怖いのか。
「でも、言わせてくれ。」
この今が崩れることが。彼奴の胸にも、俺と同じ様に存在するか。
「俺は心の底から、お前を親友だと思ってる。」
秀哉は今、過去よりこれからを選択しようとしてる。
「他から見たら、冷めてるように感じるかもしれないが……」
「心底、お前と過ごすときが、楽しいらしい。」
__「はっ、なんだよ、それ……」__
笑った。
笑うしかなかった。
胸の奥が、ぐしゃぐしゃになった。
俺はこいつにとって、ちゃんと特別だったんだ。それだけで嬉しいと思ってしまった自分が、どうしようもなく馬鹿だった。
でも、俺が欲しかった特別は、こんなものじゃない。もっと近くて、もっとわがままで、もっと自分勝手なものなんだ。
この心はこれからも消えることはない。なんならもっと燃え上がってる気がする。救いようがない。叶わないと分かった途端に消えてくれれば、こんなに楽なことはないのに。
この花火というものは、何とも長く燃え続けるものだ。むしろ、叶わないと知ったことで輪郭がはっきりしてしまった。
何度でもいう。
好きだ
どうしようもなく。
「……いよっし、決めた!」
突然声を上げた俺に、先程の顔とは一転怪訝そうな顔を向ける。
「何をだ。」
「今日の夕飯。」
「お前、本当空気読めないな。」
「うるせー。今日くらい好きなもん食わせろよ。」
再び帰路には沈黙が訪れる。圭吾が早足で歩くのに対し、秀哉も、少し遅れて隣を歩き始めた。
夕飯なんて、どうでもよかった。
本当は、別のことを決めた。
消えないのなら、消さなくていい。
俺がこいつを好きだということも。
この胸の奥に残り続ける痛みも。
きっと秀哉が生きている限り、消えることはないのだろう。
なら俺も、消そうとするのをやめよう。
この恋を背負ったまま、こいつの隣にいればいい。
いつか、今よりもっと燃え上がってしまったら俺は焦がれて死ぬかもしれない。それでも、それすらも、俺自身の一部だと笑える日が来るのだろうか。
ただ一つ分かるのは、今日まで消えなかったものを、明日になったからといって急に捨てられるほど、俺は器用じゃないということだけだった。
家へ向かう道が二つに分かれる。いつもの場所だ。
「またな。明日、高橋に気をつけろよー。」
「じゃあな、圭吾。」
秀哉が先に歩いていく。
その背中を、少しだけ眺める。
遠ざかっていく影は、あの日の花火よりずっと静かだった。花火はもう、とっくに消えている。
それでも俺の中には、まだあの夜の光が残っている。
何処にあるのかは、未だに分からない。
胸の奥なのか。
記憶の底なのか。
それとも、今こうして歩いている、この帰り道の途中なのか。分からないままでいい気がした。
どうせ明日も、こいつに会うのだから。
@ 人物紹介
・秀哉 ー 常に冷徹、生真面目に生きる孤高の男
過去の影響から周囲との交流を避ける。
・圭吾 ー 楽観的で付かず離れずの距離を保つ男
秀哉に対する関係性の靄を抱えている。