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【第伍話】望まれない存在
〜沙雪 side〜
冥嶽「お前たちの目の前にいる酒呑童子、灯和の兄だ。」
沙雪「…!!?」
脳の理解が追いつかなかった。
しかし、確かに見た目も背丈も似通っている。
その時、ずっと固まっていた灯和が口を開いた。
灯和「………今更僕に何の用だよ、兄さん……」
その声は低く、今まで聞いたことがないほどの緊張と警戒が混ざっていた。
しかし冥嶽さんはそれに動じることなく続ける。
冥嶽「何を言っているんだ。そんなことわかりきっているだろう?」
灯和「………………」
冥嶽「お前たちの存在は妖冥界を脅かすからな。消しに来た。」
『消しに来た』その言葉は、一瞬異国語のようにも聞こえた。
意味をようやく理解した時、私の体は知らない間に小さく震えていた。
私のそんな様子を見た冥嶽さんは、私の目を見て尋ねてきた。
冥嶽「……そうか。お前たちは何も知らないのだな。」
沙雪「な、何をですか…?」
冥嶽「灯和は、《《元々この国を私と統治させるはずだった、元皇子》》だ。」
竜翔「!?」
沙雪「え…!?」
(灯和が…この国の元皇子…!?)
灯和「……っ」
冥嶽「しかし灯和はこの国の鉄則を破り、人間界へと逃げたのだ。」
***「…そんな罪深き罪人を、生かしておける訳ないだろう…?」***
沙雪「!!」
竜翔「……!!?」
その地を揺らすような重圧感がある声に、私と竜翔は思わず後ずさる。
木々が大きく揺れる。まるで目の前の存在に恐れをなして震えあがるように。
灯和は金棒を片手に冥嶽さんを睨んでいる。
冥嶽「もちろん、その仲間であるお前たちも、見逃す訳にはいかない。」
そういうと冥嶽さんは、左手を体の斜め後ろへと下げる。
***ボワッッ!!!***
沙雪「!!」
竜翔「うわっ!?」
突然左手に紫の炎が巻き上がる。
炎が瞬間的に大きくなり、私たちへ火の粉が飛んでくる。
灯和「!!!」
**バッ!!**
その瞬間、灯和が私たちを抱えて大きく後ろへ飛び退いた。
沙雪「わっ!?」
竜翔「……!?」
体が大きく傾いた私と竜翔は、慌てて冥嶽さんの手元を見る。
その手には何か光るものが握られていた。
……それは、鈍く光る濃紺の刀だった。
異様な色の炎を纏い、空気をも歪ませられるような雰囲気だった。
冥嶽さんはそれを横に構えて、灯和に言い放った。
**冥嶽「………国のために、死んでくれ。灯和。」**
灯和の顔が僅かに歪む。
今まで見たことがない、苦悩に苛まれた表情だった。
口元に力がこもる。額に冷たい汗が流れる。
その時、灯和が私たちを手から降ろし、前を向いたまま静かに囁いた。
灯和「………竜翔、沙雪ちゃん、ごめん。巻き込んだ。」
竜翔「…気にしてないよ。」
沙雪「私たちはどうしたらいいの…?」
灯和「……っ…竜翔、今すぐに《《沙雪ちゃんを連れてここから逃げて》》。」
竜翔「!!」
沙雪「…!?な、なんで…!?それじゃあ灯和が
灯和「ごめん。今回だけは絶対に譲れない。《《沙雪ちゃんの命に関わる》》。」
沙雪「!!?」
灯和「兄さんは大嶽丸…別名『鬼神』。天候や神通力を操る、神に近い存在だ。」
「……沙雪ちゃんたちを、僕の勝手な事情で傷つけるわけにはいかない。」
沙雪「……っ!」
灯和「…何かあったら`|翠鈴《すいりん》`に強く願って。きっと助けてくれる。」
私は腰に目をやる。
そこでは、灯和にもらった刀が露草色に淡く輝いていた。
*ゴロゴロゴロッ……*
気づけば空は先ほどよりも厚い黒い雲で覆われていた。
私たちを中心に渦をつくり、時々重い雷鳴が響いてくる。
それを見た灯和は竜翔へ叫んだ。
***灯和「!竜翔お願いっ!!!」***
竜翔「…!うんっ!!」
__*ぐいっ!*__
その瞬間、竜翔は私の腕を引っ張って走り出した。
私は戸惑いつつも転ばないように走り続ける。
………その瞬間だった。
***ドカアァァァン!!!***
竜翔「わっ!!?」
沙雪「きゃあっ!!」
後ろから、耳を裂くような雷鳴が聞こえた。
突然の轟音に、私たちは二人揃って地面に倒れ込む。
しかし竜翔は素早く立ち上がって、私を抱えて走り出す。
沙雪「っ!灯和…!!!」
**竜翔「灯和ならきっと大丈夫!!きっと…っ!!!!」**
竜翔の剣幕に、私は何も言えなくなる。
私はその言葉を信じて、竜翔と共に森の外へと走った。
空に広がる雲は、ただ黒く染まっていった。
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〜灯和 side〜
灯和「っっ!!ゲホッ……!?」
__*ビチャビチャビチャッ……*__
口から吐き出した血が足元へ零れ落ちていく。
殆ど息ができず、必死に空気を吸う。
冥嶽「…ほう?彼らが受けるはずだった雷をお前が受けたのか?」
__灯和「…………はぁ…はぁ…はぁ…」__
冥嶽「どうせ彼らの命は長くないというのに…お前は変わっていないな。」
__灯和「…………それは…こっちの…セリフだよ………兄さんは…相変わらず…冷たいね…………」__
冥嶽「……その強がりが、彼らが逃げ切るまで持てばいいな。」
そう言うと兄は妖刀…`|宵闇《よいやみ》`を僕に向ける。
僕は崩れ落ちそうになる体に必死に鞭を打って、燈羅刹を構える。
冷たい風が間を通り抜けていく。黒雲の狭間が僅かに光る。
冥嶽「お前たちは望まれていない存在だ。だからこそ私がここで消さねばならん。」
灯和「………そんなこと…絶対にさせない…っ!!」
霧に覆われた森が、禍々しい紫の光で満たされていく。
そこにはただ、低く唸る雷鳴だけが響いていた。
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第伍話 〜完〜
宵闇
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翠鈴
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