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寂しさに酔う朝、光に願う夜
電車の窓から見える眩い光たち
その一つ一つから
幸せが溢れていることを
願っています
朝、身支度を終えて玄関の扉を開ける時、「行ってきます」と声を発することもなく、ただ淡々と鍵を閉めている私は、周りから見るとどんなふうに思われるのだろう、と考えることがある。
眩しいほど光り輝く朝日は、私を追いかけてくることはあっても、決して近づくことはない。なんて薄情なやつなんだと、朝日という人間ですらないものに辟易としている自分を頭の中で笑い飛ばす。
朝日が、マンションの手すりに薄く広がっている砂埃を晒し出す。砂埃だとしても朝日に輝かされ、心なしか嬉しそうにしている。
なんて感じている自分は、どれほど寂しさに酔っているのかと不安を覚える。
スーツと制服が詰め込まれている箱の中に入り、私もこの中にいる人たちの仲間になったという、喜んでいいことなのかもわからない複雑な気持ちのまま、電車が動き出す。吊り革を握りしめながら、意味もなく広告たちを見つめる。広告の中に写っている人は皆、渾身の笑顔を作っているというのに、細かい振動に揺られる私たちのなかの一人も笑顔でいる人がいない。そのコントラストが可笑しく思えてくる。
そんなことを考えているうちに、会社の最寄駅に電車が停車する。誰へともなく、ただ「すみません」という言葉を宙に浮ばせながらホームに降り立つ。少し速足で駅の階段を登り、改札を通る。
駅からさほど遠くもなく近いわけでもないという、微妙な立地にある会社への恨みつらみを頭の中で反芻させながら歩き出す。
自社のオフィスに足を踏み入れ、これまた誰へともなく「おはようございます」と呟く。そんな声に返事が返ってきているのかいないのか、そんなことも気にせず自分の席に着き、デスクトップ画面を立ち上げる。
繁忙期というわけでもないが絶妙に多い仕事量に、今日も残業だという事実を確認しながら淡々と仕事をこなしていく。
後輩や上司、誰からも話しかけられない日は、自分が一日何をしていたのか一瞬わからなくなる。キーボードを叩き続ける指をとめ、デスクトップの画面に小さく表示される時刻に目を留める。22:03と表示された文字に、残った仕事を明日に回すという決心をし、ようやくタイムカードを切った。
会社のロビーを出ると、少し冷えた風が私の頬にまとわりついてくる。朝は春らしくぽかぽかしていたというのに、まだ春になりきれていない風の冷たさを感じつつも、駅に向かって歩き出す。
途中寄ったコンビニで比較的健康そうな弁当と、明日の朝ごはんを買って駅に向かう。
改札を通ると、電車が停車していた。少し速足で電車に乗り込み、座席シートの角に陣取る。数分後、電車が動き出し、心地よい振動を刻み始める。
窓から見える多くの光たちに、幸せな顔をした人々の生活を想像してしまうことが、数年前までは苦痛で仕方がなかった。
けれど今は、自分の生活に満足しているし、これが私なりの生活というものなんだろうと腹を括っている。
だから私は、毎日のように見るこの光景、
たくさんの眩い光たちから、多くの幸せが溢れ出していることを願っている。