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いつもよりちょっと、
何も普段と変わったことはなかった。
いつもよりちょっと、私がオカシかっただけで。
朝目が覚めた途端に分かった。「オカシな日が来てしまったんだ」と。
何故かわからないが、1日中、心が痛くて苦しい、そんな日が時々来る。
ベッドから出るにもいつもの倍以上の時間がかかる。
やっと出られたと思ったら、次は洗面所までの道のりが遠く感じる。往復してる間に弟の蒼太がご飯を食べ終わるぐらいには時間がかかる。
制服のブラウスのボタンを閉める手、スカートのチャックを上げる手。まるで重りでも付いてるかのように動かない。普段はカップラーメンが出来上がる前にできるようなことに10分も時間がかかる。
その時点で自分のことが嫌になる。なんで早く動けないんだろう、と。
「結!まだそんなことやってんの?もう蒼太家出たけど、大丈夫なの?取り敢えずご飯食べなさい」
ガチャと扉が開くと同時にお母さんが話し出す。普段は何とも思わない「?」がついてるけど質問の時間をよこさないしゃべり方にもイライラする。
「わかった。先ご飯食べる」
そう言うと、お母さんはブツブツと「蒼太はあんなにできるのに、結は大丈夫なのか」と言いながら階段を降りていく。
私の弟の蒼太は、何でもできるクラスの中心的立場で、私が幼稚園受験で落ちた難関校に難なく合格している。
親が蒼太のことを贔屓するのはいつものこと。きっと当然のこと、誰だってするだろうに、今日はいつもより胸が苦しくなる。
「結、おはよー!」
肩を叩かれ振り返ると、友達の柚が居た。
「おはよう、柚ちゃん」
2人で話しながら学校へと向かう。
「あたし今度、北海道行くんだぁ!」
「旅行いいね。いつもの女旅?」
「そう!夏休みめっちゃ楽しみ!」
「楽しそー!でも、この季節に北海道って珍しくない?冬のイメージある。柚ちゃんみたいな旅行通はあえて真夏に行ったりするの?」
我ながらいい質問だと思った。自分の疑問と相手への尊敬を込めた。
なのに、柚ちゃんの顔色は暗くなってしまう。
「ホントは冬行こうとしたけど、ホテルとか飛行機とかいろいろチケットとるの難しかっただけだよ」
柚ちゃんは無理に笑っています!という顔で話を続ける。
「そういう疑問は、黙って聞き流せばいいの!ホント結ってばそういうとこだよ!」
なんで私がそんな風に言われないといけないんだ。
その言葉が最初に出てきた自分に嫌気が差す。
でも私は黙ってる時間が苦手な柚ちゃんのために、興味ない旅行の話聞いてあげたのに。
体育のバスケの授業。今日、1番憂鬱なこと。
運動ってニガテ。球技なんて特に。
でも、勉強できないから。体育での「積極的な行動」である程度いい成績取っておかないと。私は蒼太みたいに出来ないから。
「こっち!こっち!」
必死にボールを追いかけ声を出すが、いっつもみたいにパスをくれない。なんで?私こんなに頑張ってるのに。なんでなんでなんでなんでなんで。
次第にどれだけ走ってもボールに追いつけなくなる。
こんなに頑張ってるのに。みんな私を見てくれない。
そんな事を考えながら走っていると、頭に酸素が回らなくなる。
ヤバい。これ、ちゃんと死ぬやつかも。
そう思うが走るのをやめられない。今日のオカシな私が思いついてしまったから。
このまま走り続けて倒れたら、みんな私を見てくれる、心配してくれるって。
だから走った。途中で意味わかんない加速と減速を繰り返したりもしてみた。
2、3分もすると視界が狭くなっていく。
もうそろそろ大丈夫かな。ドン!と派手な音を立てて倒れ、目を閉じる。
案の定みんなが私の方に寄ってくる。「大丈夫?」「誰か保健室連れてって!」とか。
みんな見てくれて嬉しい。
そこで私は眠りについた。
目が覚めると保健室の天井があった。
誰かが運んでくれたんだ、ありがとうって伝えないと。
外を見るにもう夕方。倒れたのは4時間目とか。思ったより寝ちゃってたんだな。
しばらくぼーっとしていると、養護教諭の杉野先生がやってきた。
「あ、起きた。おはよー。まだしんどいとかある?」
「いや、無い、です。ありがとうございました」
早く一人になりたい、そうじゃないと誰かにこの感情をぶつけてしまうから。
カバンを持ち、素早く帰ろうとするも、杉野先生の「待って待って!」という声で立ち止まる。
「何か?」
苛立つ気持ちを必死にこらえる。でも、ちょっと言い方きつかったかも…。
「昼過ぎてもなかなか起きなかったから、さすがに親御さんに連絡させてもらったの。そしたら、お母様が起き次第迎えに来るって。今から電話してくるからちょっと待ってて」
そう言い杉野先生は、職員室へと向かった。
こんなに寝るつもりじゃなかったのに。
いつもよりちょっと、みんなに見てほしかっただけなのに。
思ってたより、代償が大きかった。
ベッドでひとり反省会をしていると保健室の扉が開き、お母さんの「結〜!」という声が聞こえ、リュックサックを背負い、仕切りのカーテンを開ける。
「あんた倒れたんだって!?大丈夫なの?なんで倒れるまでやるわけ?蒼太みたいに何事も器用にやりなさいよ」
「まぁまぁ、おか母さん。結ちゃんも頑張ったんですから」
あまりに語気が強いお母さんの言葉に杉野先生がフォローしてくれる。
「…うん、ごめん。これから気をつける」
杉野先生に感謝を込めてお辞儀してから保健室を出た。
お母さんの車の助手席に乗ったが、会話は無い。
気まずさを紛らわすためにスマホを開いてみるとみんなからのメッセージが目に入る。
これを求めていたはずなのに、なぜか嬉しくない。
スクロールしていると、うっかり誤タップで柚ちゃんのメッセージに既読をつけてしまった。
それに気づいたのか柚ちゃんが電話をかけてくる。
出ればいい。そうすれば気まずさを紛らわせることができる。
それなのに、出る気にはなれず、切ってしまう。
そんな自分にまた自己嫌悪する。
走ってる車から飛び降りたらどうなるんだろ。死ぬのかな。
今の私はオカシイから、そんな事を考える。
だけど、考えるだけ。さっき、思ったより代償が大きかったから。それに、さっきのより簡単に死にそうだから。飛び降りるほどオカシくはない。中途半端なオカシさ。
それから夜ご飯食べてる時も、お風呂に入ってる時も、勉強中も、好きなものを見ていたって気持ちは晴れなかった。
「明日には治っていますように」
一言呟き目を閉じた。
なんか、碧さんにしては暗いお話ですね。
あたしよくあるんですよ。
普段は気にしないような言葉も、気にしてしまったり、そのせいで注意力が散漫になってしまって、相手を傷つけるようなことを言ってしまったり。
それを、結ちゃんにぶつけてみました。
みなさんはそういうのありますか??
ぜひ教えてほしいです!