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第二話「褒め言葉」
隣家である北さん一家には、北信介さんという、私よりも一個年上の男の人が居る。私は高校二年生で、彼は高校三年生。高校は全然違うところだけど、信介さんとはたまに、家の前で世間話をする事があった。
信介さんは、稲荷崎高校という学校に通っているそうだ。部活は男子バレーボール部で、主将らしい。私は今まで、その情報自体は知っていた。
だがしかし、稲荷崎高校が全国でもトップクラスの男バレ強豪校である事、世間からかなり注目されている、あの宮ツインズが居る事は、全く知らなかった。昨日のテレビでそれを知って、私は今現在、かなり困惑している。
「まさか、稲荷崎高校があんなに強豪だったなんて……」
平日の夕焼けに照らされる、お買い物からの帰り道。昨日見てしまった稲荷崎のプレイの事を考えながら、私は帰路を淡々と進んでいた。
「次会ったら、北さん……、北さんにあれ凄かったって伝えよう……」
独り言ではあるが、呼び方にいちいち迷ってしまう。隣の家族は、もちろん全員の苗字が北だ。そんな中で北さんと呼ぶのは、いささか違和感を感じてしまう。だから、心の中では、私は彼の事を信介さんと呼んでいる。
でもしかし、信介さんは私よりも年上なので、直接下の名前で呼ぶ、というのは流石に失礼になる。そんな感じで、ちょっとごちゃついた迷いがありながら、私はぼーっと歩き、自宅の前についた。
「うーん、呼び方ってどうすればいいんだろう……」
家に入る前に、立ちながら呼び方について考えていた、その時だった。
「あ、#苗字#さん。こんにちは」
「えっ……、あ! こんにちはー……!」
噂をすればなんとやら、とでも例えるべきだろうか。家の前で佇む私にちょうど声をかけたのは、信介さんだった。この時間帯だし、おそらく部活帰りだろうか。
「お買い物帰りですか?」
「あ、はい……。北さんは部活帰りですか?」
「はい」
「お疲れ様です……」
「ありがとうございます」
普通の会話をしていると、自分が今、無意識に北さんと呼んでしまった事に気が付いた。今さっきまであれほど考えていたのに、実際に本人を目の前にすると、頭が空っぽになってしまった。というより、昨日のテレビを見てから、信介さんに対する印象が、私の中ですっかり変わってしまったのだ。前よりも、全然うまく話せない。
でも、言いたい事は思いついている。試合すごいですね、と言いたい。会話に段落がついて、信介さんが家のドアを開けそうになった時、私は恐る恐ると口を開いた。
「あ……あの!」
「はい?」
脳内で考えたより、声が大きくなってしまった。だが問題はない。
「北さんって、稲荷崎高校の男子バレーボール部、で合ってますか……?」
「そうですけど」
「き、昨日のニュースで、ちょっとだけプレイ見ました……。あの、本当凄かったです!」
その時、私達の関係が、何か変わった気がした。なんでもない、なんの変哲もない、ただの純粋な褒め言葉。単純な事だったが、確かにその瞬間から、私の中で、風が吹き始めた。
「……ありがとうございます」
信介さんは笑顔を作っていた。
「はい! 応援……応援してますね!」
私も、その時笑った。ずっとどこか憂鬱な生活を送っていたせいか、久しぶりに表情筋を動かしたな、と感じた。実際は多分、そんな事はない。
「それじゃあ、これで」
「はい」
少し時間が経ってしまえば、信介さんは家に戻っていった。ここでやっと、私は今日買ったアイスが、溶けかかっている事に気付いた。
「あ、やっちゃった! アイスが溶けちゃうー!」
焦って、ただいまと言いながら自宅の玄関に入り込んだ。そこで私のただいまに反応してくれる人は、今のところ、まだ居ない。
ハイキューの雑談になってしまうのですが、やっとゴミ捨て場の決戦を見ました。映画の方です。配信開始されてすぐ見たんですが、最高でしたね。皆さんも良ければ、ぜひご覧くださいませ。あと、映画とテレビ放送も決定しましたよね。めちゃくちゃ嬉しいです。それも見ます。ハイキューライフが楽しいです。