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〖逆転の解〗
語り手:空知翔
顔。顔。顔。
知らない顔が押し寄せて、万人受けする顔の中へ叩き込むように絵を刻む。
混合した頭の中で笑った助け舟に手を伸ばしては解かれた呪いが悦に浸る。
●空知翔
23歳、男性。先天的な相貌失認(失顔症)持ちだった様子。
クルー射撃を得意とするような人だが、彼女も彼氏もいない。
一応、同僚は名札があるので名前は分かる。
最近は職務の後始末で空薬莢を片付けている。
●黒髪の密編みの眼鏡っ子ちゃん
実を言うと初登場以降、出ていない。
いつかは名前ができるかもしれない。
でもきっとない。そう、きっとない。
●地の文
地面に文章を綴るだけの|完璧変異体人間《パーフェクトミュータントヒューマン》で|超宇宙英雄王《スーパーギャラクティックヒーローキング》。
嘘です。
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「………………」
従業員室の中で虚ろな瞳で虚空を見つめる松林。
後ろには申し訳なさそうな顔をした一護が行き場のない手を右往左往としていた。
「……あの…も、モデルを断ったのはすみませんけど……黒髪なら他にいるんじゃ…」
「…純粋無垢っぽい黒髪はね…あんまりいないんですよ。あんまり!いないんですよ!!」
「んなの知りませんよ……そもそも、俺そんなに顔整ってないんで…」
「平凡に需要があることをご存知ない?」
何かと騒ぐ松林を横目に室内の椅子に置かれた名簿に“|白札蘭世《しろふだらんぜ》”と“|出水鈴《いずみすず》”の欄にチェックがされていることを確認する。
他の3名は休みのようで、別の部門の欄にも“|日村遥《ひむらはるか》”の名があるが、チェックはされていなかった。
要するに元消費者以外で現在いるのは|橘一護《たちばないちご》、|空知翔《そらちしょう》、|柳田善《やなぎだぜん》、|松林葵《まつばやしあおい》の4名で、出水に至っては午前3時までだったが夜勤前に上原に文句を言いに行き、そそくさと帰ってしまった。
現在の時刻は午後12時の立派な夜勤で、閉店の午後9時から午前6時までの通常なら9時間労働という労基が黙っていない時間である。
そもそも、一護や空知、柳田に至っては昨日も夜勤で正しくは休日を取らねばならないが、そもそもマネージャーである上原が10時間以上はデスクワークをしている為、文句に関してはあまり言えることではない。
しかしながら、たとえマネージャーよりはマシな勤務時間といってもこの奇妙な同人作家と同じ部屋で待機し続けるのは堪えるものがあった。
「……あの…夜勤なので寝たくて…ちょっと横になっていいですか?」
「寝顔のスケッチを取っていいってことですか?」
「肖像権で訴えますよ」
すっかり元気そうにスケッチブックと鉛筆を取り出し始めた松林を無視して、連なったパイプ椅子の上で横になった一護と対比して、きらきらとした瞳で楽しげに手を動かす松林。
室内では小さな寝息と、紙と鉛が擦れる音だけが響いていた。
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白髪の上で白狐の面をつけた青年が、同じく白髪の男性である空知の目と鼻の先に札を突きつけられている。
札が触れている様子はないものの、空知に関しては倉庫にある段ボールの壁に身体を押しつけて首筋には汗が滲み出ていた。
「……は、はは…ちょっと下ろしてくれない、かな…お札…」
「何故です?」
「いや、ちょっと…流石に怖いというか……」
「貴公は随分と臆病なようで」
「…貼って数秒で四肢が爆散するお札なんか、誰だって怖いよ」
そう言われて渋々、札を下げた蘭世に代わって緊張が解かれたように空知がその場に座り込んだ。
本当に怖かったらしい。
「……それで、仕事は空き段ボールを片付けるだけですか?」
「ああ…夜勤の仕事にしては過酷?」
「いえ、能力ならすぐに木っ端微塵ですので」
「絶対ダメ」
蘭世の顔がやや、曇りを帯びた。
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「人がいなさ過ぎる」
そんなことを言われても…そう頭の中で手を休めずに文句を垂れた。
パソコンのデスクトップには“セール”の文字が浮かび上がっている。
「…もう2時ですし、寝てる人もいるんじゃないですか?」
「仕事でこんな早くから寝るのか?」
「仕事だからです」
「話にならないな」
セールの文字と睨めっこしながら、こちらを睨んだ上原に自販機で買った珈琲を渡して資料だらけの椅子に座る。
そのままポケットにある金色の猫のマークがあるライターを取った。
「まだ、口寂しいか?」
「僕が?ただの趣味ですよ、上原さん」
「へぇ…こっちは単なる口寂しさに吸ってたんだが」
「そんな理由でお高そうなライターを?」
「……無料で貰った奴に言われることじゃないね」
「そうかもしれません」
そのままキーワードで指を踊らせる上原を見ながら監視カメラを見た。
毛量が多く、右に分かれ気味の白い短髪に紫の垂れ寄りの瞳と眼鏡と黒のハイネックの上に上下ともに白いジャージを着込んだ上、フードのついたピステを更に着てスニーカーを履き、両手の黒い手袋が目立つ見覚えのない男性。
そんな男性がカメラに映り、廊下に飾っている掛け軸の達筆で描かれた『お客様は神様です』という文字に触れた途端、ミミズが走ったような文字で『従業員は奴隷です』と描かれた掛け軸に変化する。
「………上原さん」
顔をあげた上原に「いいものでも見つけたのか、柳田」と返された後、カメラ映像を見た彼が勢いよく部屋から飛び出していった。
直後にジリリリリとしたお馴染みの警報音が鳴り響いた。
何日投稿してなかったんだろうなぁ…そう思って、2000文字ほどで終えました。
ある程度の目安が立ったので回復して行くと思います。