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第ⅩⅡ話「ちいさな嘘と大きな罪」
Ameri.zip
この物語はフィクションです。また、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
「だからぁ!アンタがボスの同級生だって聞いたから!ボスのこと知ってそうなアンタに教えてほし~の!__ちょ、フーゾ邪魔__」
「あーーーすいませんすいません本っっ当に、あの一回ちょっっっと今の発言は忘れてくださると有り難いですあの本当に申し訳ないです……!!!!!__シイは一回下がれ!!__」
今にも駆け出して相手との距離をぐいぐいと詰めてしまいそうなシイを、必死に引き留める。やはり実戦経験はシイの方がずぅっと上なので、抑えるのも一苦労だ。現に、今も足がズリズリ引きずられている。
何故俺がここまでシイを必死に抑えているのかというと、シイが飛びかかりそうな相手がかの有名なオルカ・オルクスその人だからだ。オルカ・オルクスと言えば、メーラサルペ国の総統であり、心優しく義理堅いと有名な御仁である。
記憶力が良い方なら覚えているかもしれないが、メーラサルペは過去…というかついこの間の俺が死んだ戦争で、一応敵国だった国だ。…国の長がいるので、あくまで「一応」と付けさせていただく。
まぁもう戦争は終わったし、普通に何事もなく交渉しているから敵国云々は問題ない。問題は、相手が敵国を抜きにしても「国の長」という立場であることだ。
…さすがに、他国の総統に詰め寄るのはヤバイ。特に、敬語も気も使わないシイとなると、ワンチャン首が飛ぶかまた戦争になるだろう。それだけは避けたい。なので俺は今シイを抑えている。
そして何故シイが|総統《クリスさん》のことを知りたがっているのか。それは遡ること……えー、1日以内の話だった。
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空回りしまくって、シイ含めた皆に迷惑も心配も心労もわんさかかけた俺は、あの後多方面に謝罪をしに行ったのだ。
総統や榊くん、リンくんなんかはちょっと呆れるくらいで最後は笑ってくれたけど、ウチの隊の奴らはめちゃくちゃ泣いてた。ちょっと不謹慎だけど、自分の慕われ具合が分かった気がして、少し嬉しかったり。
今はとりあえず無断欠勤による謹慎処分という名の休暇を与えられ、シイと久しぶりにのんびりと家で過ごしている。二人でゆっくりしていると、突然シイがかかっていたブランケットをはね除けた。
「…なんか、変!!!」
「…それは家?それとも絵?」
「?いんや、あの戦争がね」
突然ベッドから起き上がって考え出したシイに、賢者タイムの来訪を感じつつ相槌を打つ。こういうことはよくあるし、この時のシイはなかなかに冴えている。接し方の分からなかった相手のあしらい方も、行き詰まった政策も、仕事の資金繰りの仕方も、大体ここで思い付いているまであるのだ。
さぁ今回はどんなもんだと聞けば、どうやらシイはこの間の戦争に違和感を抱いているらしい。…この間の戦争というのは、俺が死んだ思い出深い戦争のことだ。
ま~確かに戦争に至るまでがちょっと強引というかこじつけというか、あと諸々の期間も短すぎた。普通なら戦争のキッカケなんて周囲から見ても一目瞭然な何かがあるはずなのに今回は無かったし、準備期間も戦争自体の期間も少なすぎる。
一つ一つだけなら「まぁそんなこともあるか」程度だが、集めれば何らかの策略が見えそうだ。面倒なので見ないが。
「ア!!!!!そういえばボスがめっっちゃヘンなコト言ってた!!!!」
「その心は」
「えーーーーなんだっけ、なんか、詮索したらぶっ殺されそうになった。あとあとあと…ア、暗殺隊ニートだったし」
「それは怪しすぎるな…」
ウチの総統は、自慢だがわりと部下に優しいと思う。今回みたいに何か物事が起きた理由を聞けば丁寧に教えてくれるし、字の読み書きができないヤツらに向けての講習会を主催しているのも彼女だ。…ウチの国は就学率がとんでもなく低く、字の読み書きができないヤツが多いためであるが。
分からないことは教えてくれるし、シイみたいに礼儀の無いやつのことも笑って許してくれる。だからこそ、そんな彼女がたったそれだけのことで殺気を向けるのは不思議な話だった。
何より、戦争というのは大抵その集団の大将を取って戦意を削ぐか、脅して降伏を促すのが一般的である。そのためにシイの率いる暗殺隊は存在すると言っても過言じゃないのに、今回はミリも稼働されなかったらしい。
今回俺は医療隊で恐ろしく働かされていたからあまり彼女の様子は知らないのだが…話し半分に聞いている限り、それはもうほぼ確でクロだろう。
だが、それを知ったところで別にどうにもなるわけではあるまいし、どうにかしたいわけでもない。
それに、総統ってわりと何考えてンのかよく分かんないときあるし…終わったことを突っつかれたら、それは彼女にとっても良い迷惑だ。
「なんでこんなことしたんだろ…」
「なんでだろねぇ…あ、そういえば」
「フーゾ」
シイがこちらを振り向く。じっと橙赤色に見つめられ、思わずたじろいだ。ホント、キレーな目だな……轟々と燃える炎のような、暮れていく夕焼けのような瞳。先ほどまで潤んでいたが、今はそうでもないらしい。
すると目が弧を描き、顔全体がにぱっと笑みを浮かべる。あーーーイヤな予感。
「ボスに聞きに行こ!」
「コラコラコラコラ…」
「じゃ~聞き込み!!!聞き込みだ!!!」
「も~このお元気いっぱんわんこさんはさァ~…俺も着いてくからね!」
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と、いうことである。最初は同じ隊のヤツらや他の隊の隊長副隊長だったのだが、どこかでシイが「オルカ・オルクスは総統の学友である」という情報を掴んだらしい。
そこからはも~早かった。爆速でメーラサルペに移動し、爆速で手続きを済ませ総統との面会も押さえた。マジでどうやってやったのか分からないが、シイの度胸と愛嬌と行動力の成せる業だと思う。彼、俺の恋人なんですよ。どうすか、いいでしょう。
いや、それよりもまず困惑しきっているオルクスさんをどうにかせねばならない。だいぶかわいそうになってきたから。
「申し訳ないです、オルカ・オルクス総統…コイツ気になるとすぐ突っ走る性格で…」
「ああいや、構わないが………その、君……」
良い言い方を探しているのか、オルクスさんが言い淀む。どうしたのかとシイと顔を見合わせると、意を決したように彼がこちらを向いた。
「…その、君はフーゾ・ギディオンだよね?クリスの補佐官の」
「ああ、申し遅れました。私は混乱的城市軍医療隊隊長兼総統補佐官のフーゾ・ギディオンです。こっちは暗殺隊隊長のシイ・シュウリンですね。…その、どうかしましたか?」
「いや、一応先の戦争によって殉職したと聞いていたから…少し驚いていたんだ」
「ハハ、色々事情があったんですよ…」
「…そう…」
「あ~」と、納得する。そうか、確かにそちらに報告はしてなかった。てかする義理はないのだが。
だが、なんとなく妙な引っ掛かりを覚える。オルクスさん顔色悪いし、少し考え事をしているのか上の空気味だ。大丈夫かしら。
「それでええと、シイ…さんは、クリスの事を聞きたいのかな?」
「そう!てかまず戦争の理由から!!」
「、…うーん、そうは言ってもなぁ…」
一瞬オルクスさんの言葉が詰まる。瞳孔が少し開いた、これは何かあるだろう。シイもなんとなく分かったのか、オルクスさんの瞳を観察するようにじっと見つめ出した。
当のオルクスさんは…ま~頑張っている。目線は左上に意図して上げているし、腕は組んでいるが親指に力が入っているから、きっと腕を抑えているのだろう。本当はどこかしらを触りたくて堪らない筈だ。
嘘をつくのに慣れている…とは思うが、如何せん場所が悪い。座った状態で交渉をすることが多いから、立っている時だといつものように誤魔化しづらいだろうなぁ。
ただ、そこから吐かせるまでが難しい。オルクスさんたぶん凄い根比べ強いし、逆にシイはだいぶ飽きっぽい。押せども簡単には動かないだろうけど…どうするんだろうか。
ちらと横を見れば、自身ありげなシイがこちらをにまと見つめている。……ああ、その手があったか。
「なぁ、アンタ」
「…どうかしたかな?シイさん」
シイがオルクスさんの方をゆらりと見上げ、目を細める。オルクスさんも負けじと余裕な笑みを浮かべてはいるが、うっすらと汗をかいている…この勝負、決まったな。
「リンくん、呼ぼっか?」
「っ……それは反則だろう……」
(ま~嘘が分かるリンくんがいっちゃん手っ取り早いからなぁ…オルクスさんはまだまだ若いねぇ)
がっくりと項垂れるオルクスさんを横目に、シイがテレポート布の方へと駆け出していく。後はリンくんが、大人しく来てくれれば良いんだけど…まぁ、そこは引っ張ってでも連れてくるのがシイだ。任せよう。
シイが去ったあとに、オルクスさんに促されて椅子へと座った。特に話したいこともないので部屋を見渡していたが、飽きてオルクスさんの方をちらと見やる。
気まずそうな顔をしている彼は、どこか諦めたような、でも清々しい顔をして、窓の外から海を眺めていた。
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彼女は…そうだな、強いひとだ。学生時代、飛び級で私と同学年になっていたし…それを良く思わない人達に嫌味を言われたりしても、ちっとも落ち込む姿なんて見せなかった。それどころか、そんな環境でも成績はトップで…嗚呼でも、惰性でルールを守るのが嫌いだったから保守的な教師陣からは嫌われていたなぁ。
私は…彼女とは少し話す仲だったんだ。本当に、少し。友達かと言われると自信はないし…きっと彼女はそうは思っていなかっただろうから。
…昔っから、人間のことが好きだったよ。私にはその感覚はついぞ分からなかったが…今も変わらないらしいから、呆れたものだ。ああでも、醜い所ではなく醜いなりに足掻く姿を好んでいたよ。
戦争?ああ…まぁ、一応士官学校だったからね。その話題が出ることも多かったよ。でも…彼女はあまり好んではいなかったな。非効率的だ、阿保らしいと…
その後?その後は……
「彼女は…行方不明になったよ」
「「行方不明~?」」
「オイそこの二人、その前にさっきの長語りについていくつか突っ込みてぇから待て」
じと、とリンくんがオルクスさんを見つめる。今の話に何か違和感は無かったが…きっとリンくんの能力に引っ掛かったんだろう。少し言葉を纏めるためにリンくんが黙りこくって、こちらに対し口を開いた。
「まず、嘘は無かった。それは良い。そこじゃなくてだな、なんだ……こう……文量が…多くないか」
「あ~ね」
リンくんの言う通り、俺らはオルクスさんに必要最低限の情報さえ話してもらえれば良いと思っていたのだが。……なんだか妙に解像度が高いというか、この人さてはウチのボス好きなんじゃないのか?と思うレベルの文量だった。
「あと、引っ掛かるところ。今のボスと少し違う点がいくつかある」
「違うとこ?オレ分かんなかったわ」
「俺も」
「…それは、人間が好きな理由と戦争に対する考え方…で合っているかな?リンくん」
ああ、と腑に落ちる。なるほど、違和感無かったから気がつかなかったが確かに不思議だ。
あの人はヒトの欲が好きで、だから戦争も好きだとよく語っているのに。オルクスさんの言う通りなら、矛盾している。
リンくんによれば、以前何故ヒトが好きなのか聞いたときに嘘はついていなかったらしい。つまり、ボスが学生時代に嘘をついたかはたまた心境の変化があったかのどちらかだ。そして、心境の変化があるとすればそのタイミングは…
「…行方不明」
「そう、行方不明についても、だ。…アンタ、何を隠してる」
ピリ、と空気が硬くなる。当のオルクスさんは目を細めて俺達を、リンくんを見据えた。彼は手元にあったコーヒーを手にとって、口へと運ぶ。
「………お手上げだね。黙秘権はあるかな?」
「ねぇ。黙って聞かれたことに答えてろ」
さらに殺伐とした空気になり、さすがに少しなだめるべきかと悩む。するとオルクスさんは息をゆっくりと吐き、何か覚悟を決めたように顔を上げた。
「…行方不明と言ったが、それは表向き、なんだ」
「表向き?そりゃまたなんで」
「……彼女…クリス・ウィルダートは、
--- 数年前、死んだよ。……私の手によって」 ---
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「一体君は何者なんだ」そう強く問いかけた筈なのに、当の本人はきゃらきゃらと無邪気に笑っている。
何がおかしい、そう聞けば彼女は「それを聞いて何になるのだ。どうせこの見た目の私には何もできないクセに」と馬鹿にしたようにこちらを見上げた。
「私はクリス・ウィルダートだよ。お前が数年前に犯した、忌々しい罪の中にいる女だ」
「ああそうさ。私は学生時代に君を《《突き飛ばして殺し、海の中にその死体を葬り去った》》はずなんだ。…なのに、何故生きている。君は…お前は一体何者だ」
にた、と気味の悪い笑みを浮かべる。思い出の中の彼女とは、似ても似つかない笑みだった。上手く模倣していても、いずれはボロが出ると思っていたが…本当にそうらしい。
「質問を変える。何故、なぜクリスなんだ。なぜ彼女の姿をしている?なぜわざわざ彼女を選んだんだ。そうでなければいけない理由があったのか?」
「何故、か。強いて言うのであれば、そこにあったから、だな」
眉を潜める。どうやら、寄生先を探していた時に偶然打ち上げられた彼女の死体を見つけたらしい。結局見つかってしまったのか、とどこか呑気な落胆が訪れ、次に後悔がやって来る。
あの時、彼女を海に沈めていなければこんなことにはならなかったのだろうか。いや、彼女を殺さなければ、あるいは。
「ああ、一応言っておくが、別に何か企みがある訳ではないぞ。ただ、一番手っ取り早くヒトの欲を味わえる立場にいれれば、それで良いんだ」
「ヒトの欲を、味わう…?」
「私はね、ヒトの欲が好きなんだ。愚かで醜く、最も人間らしい部分だからね」と笑う彼女に、頭がおかしくなりそうな感覚を覚える。あの日の美しい彼女の姿で、彼女が言わないことばかり宣う。胃液を抑えながら、深くなる眉間のシワに気づかないフリをした。
「そういうわけだから…正体を言うつもりはないが、私は特に直接危害を加えたりはしないよ。約束だってして良い」
「約束なんてお互いの信頼の上にしか成り立たない砂上の楼閣だろう。私はお前を信用しない」
薄笑いを浮かべる彼女を睨み付ける。当の本人は全く効いていないようで、わざとらしく肩をすくめただけだった。
「冷たいな?まるであの日の海水のようだ」
「つまらないジョークだね、君にしては三流以下だ。脳は別物を使っているのかな」
「ふふ、ご想像にお任せするよ。…ああそうだ、君に聞きたいことがあったんだ」
「…なんだい?」
はぁ、と心底面白そうに息を吐いた金色の目がこちらを射抜く。満月が半月へ、そして三日月へと欠けていくような笑みで、彼女は口を開いた。
--- 「この体の記憶を見ても、一切分からなかったんだが…何故、私を殺したんだい?」 ---
◇To be continued…
次回予告
「…おつかれさま、シイ。また明日」
「あなたは、元の世界に戻りたいと思うことはありませんか?」
「僕は、この先にある幸せを信じます」