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六
「———俺は。」
ギイイ、と音を立てて裏口の閉まるのと同時に、レオは話し始めた。
「自分で魔力を切って捨てた。」
何の情緒も感じない、静かな声。
ドアを通ったときの体勢のまま、レオはこちらも向かず、俯いていた。
私の深いのか浅いのか分からない呼吸音がそっと鼓膜を|掠《かす》めては消える。
「これ以上は聞かなくていい。……とにかく、俺は自分で自分の魔力を捨てた。もう存在しないし、欲しいとも思わない。」
高貴な鉛のように、レオの声は 私の耳を通って胸に沈んでいく。
「魔力など要らない。想像されるのも不快だ」
突き落とすような声色だった。レオが振り返り、裏口のドアに手をかける。
「自分の黄金を誰かに与えようだなんて、考えるな。」
小さな声、でもよく響く音だけを残して、レオはドアの向こうへ消えていった。
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———数年前。
まだ俺が、魔力を持っていた頃の話。
当時、俺は魔術師として働いていた。
まあ、魔術師といっても、大したことはない。新しい魔法や呪文を考え、世の中に役に立つように応用する。いわゆる研究者のようなことをしていた。
そんなに魔力を持っているわけではなかったので、一般に『魔法使い』と言われるような、たくさんの魔力を必要とする職業に就けず、だがそれなりに給料も社会的地位も得られる魔術師になったのだ。
魔術師という仕事は、たいてい仕事場に泊まり込みである。何時間も経過観察しなければならない実験があったり、魔法使いから緊急で依頼が入ったりするからだ。
そして何より、魔術師という人種は基本的に面倒くさがり屋だ。家に帰ることさえ面倒くさがる。
そうはいっても、仕事場である魔術室——研究室のようなもの——は地下にある。さすがに地下の住人になるのは勘弁なので、月に一、二回くらいの頻度で外へ出た。
「さっむ……」
外に出る扉を押し開けた途端、氷を含んだ風が吹き込んできた。
しばらく中に閉じこもっている間に、季節はとっくに真冬になっていたらしい。なんとなく、外に出るたび出るたび、記憶喪失のジジイになっている気がしないでもない。
ぶるり、と体を震わせ、羽織っているコートを手で掴んだ。
行き先はだいたい決まっている。とある店だ。
「へーい、らっしゃい らっしゃーい」
チリンチリンチリン、とドアに取り付けられてある鈴が鳴る。それと同時に、その音色の美しさを打ち消しそうな 相変わらず変な掛け声が飛んできた。
「おー、レオさんじゃーないですか」
声の主は、レジのところにいた。椅子の上にどっさりと座って、やたら大きな新聞を読んでいる。
「お久しぶりですねぇ。最近はどうです? すっかり寒くなって参りましたが」
「そうだな。しばらく外に出ないうちに、すっかり冬になったもんだ」
店の中は暖かい。羽織っていたコートを脱ぎ、腕に掛けた。
「まーた魔術室の中に閉じこもっていたんですかい? そのうち|痴呆《ちほう》な|爺様《じいさま》になってしまいますよ」
「うるさい」
バサバサと読んでいた新聞を畳みながら、彼はよっこらせと立ち上がった。
「今日は何か買うんです? また物色したっきりでさようなら、なんてやめてくださいよ。」
それはどうだろうな、なんてテキトーな相槌を打ちながら、レオは店の中を見回す。
この店は雑貨屋だ。ハンカチなどの小物や香水から、よく分からないぬいぐるみ、ネックレスなどのアクセサリー、変な装飾の施された文房具、そしていつ作られたのか分からない菓子まで置かれている。
雑貨屋というには少し雰囲気が珍妙で、そのせいか客も少なく、いかにも店長が趣味でやっています というようだった。
まあ、そんなところが自分の好みだったりするのだが。
「どうせ趣味でやってんだろ。売り上げ考えるならもうちょっと……まあいいわ。これでも買っとく」
そう言って手に取ったのは、壁掛けフックだ。少しは生活に使えるだろう、と思ってのことだった。
「おお〜、お買い上げありがとうございま〜す」
陽気な声をテキトーに無視して、さっさと会計を済ませて腕に掛けたコートを羽織って外に出た。
チラチラと買った壁掛けフックを眺める。美しい銀色で、綺麗に澄まされていた。
鏡のように反射して、自分の着ている服や周りの景色を映す。
「鏡、か……」
魔法において、鏡は重要な要素だ。魔術室に置いていたら、研究に影響してしまうかもしれない。
もしかしたら、買い物に失敗したかもな。
そんなことを考えながら、レオは手の中のフックを覗き込んだ。
そこには、自分の《《黄金色》》の瞳が映し出されていた。