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#01
--- 中学1年の夏、8月 ---
蝉しぐれが降り注ぐ中、教卓に立つ担任の先生が朗らかな声で告げた。
「はい、みんな静かにしぃ。今日は転校生が来とるで」
(こんな暑い時に転校生て、珍しいやんか)
窓の外にぼんやりと視線を向けていた簓は、ふとそんなことを思った。教室のざわめきがドアのほうへ向かう。
「さあ、入ってきて」
ガラガラとドアが開く音に、クラスメイトの視線が一斉に注がれる。
「初めまして、琥珀です。よろしくお願いします」
入ってきたのは、まるで天使のように透き通った髪を持つ、穏やかな雰囲気の女の子だった。夏の日差しを反射して、少しだけ輝いて見える。
「じゃあ琥珀さん、白膠木さんの隣の席へ」
「へ?お、俺!?」
突然の指名に、簓は素っ頓狂な声を上げた。
「だって、今空いてる席はあんたの隣しかないんよ」
後ろの席に座っていた同級生が面白がってニヤニヤとからかってくる。
「せ、せやけど……」
簓は少しむすっとしながらも、妙な緊張感を覚えていた。
--- 午前の授業が終わり、昼休み ---
静かに昼食を広げている琥珀に、簓は勇気を出して声をかけた。
「なぁ、名前なんていうん」
「あ、えっと……|白膠木 簓《ぬるで ささら》やで」
「白膠木くん、よろしく」
「…よろしゅう」
気まずい沈黙が流れたとき、琥珀の視線が簓の鞄に付けられたキーホルダーに留まった。
「そ、そのキーホルダーって……もしかして、『もうかりまっか本舗』の?」
指を差されたキーホルダーを見て、簓の目がキラキラと輝き出す。
「え!あんたも分かるんか!?」
「う、うん。いつも家族みんなで見てたから……。特にあのコンビが面白くて」
そこから二人の会話は止まらなかった。お互いがお笑い好きだと分かった途端、簓は身を乗り出して熱心に話し始める。
--- そして30分後 ---
キーンコーンカーンコーン、とチャイムが鳴り響く。
「まさか琥珀ちゃんも好きやったなんて、思いもよらんかったわ〜!」
「ふふ、こっちこそ。あんなに熱く語れる人が身近にいるなんて思わんかった」
初めて会ったばかりだとは思えないほど、二人は楽しそうに笑い合っていた。
「いつか、あの人たちみたいに舞台で人を笑わせる芸人になるのが夢なんや」
目を輝かせて夢を語る簓に、琥珀は優しく微笑んで言った。
「…きっと、なれるよ」
その言葉に、簓は顔を赤くして、そっと視線を逸らした。
ーー転校して数日後、放課後の教室ーー
「そういえば、琥珀ちゃんって好きなタイプとかあるん?」
と、仲良くなった同級生の女の子がニヤニヤと聞いてきた。
「///急になんや」
琥珀は頬を染めて、口元を隠す。
「ふふ、あるってことでええんかな?」
「う、流石に一つや二つはあるわ」
必死に取り繕う琥珀の様子が面白くて、簓は思わず聞き耳を立ててしまう。
「じゃあ、どんな人がタイプなん?」
「うーん……おもろい人、かな」
琥珀の言葉に、簓は一瞬だけ胸が高鳴る。
「じゃあ、白膠木くんぴったりじゃん!」
女の子の言葉に、琥珀は真っ赤になって否定した。
「はぁ!?// あんなアホそうな奴のこと、好きになるわけないやろ!」
「はいはーい、そう言ってぇ好きなんやろぉ?」
からかわれて、琥珀は口を尖らせる。
その日、初めて自分の心に芽生えた特別な感情に、琥珀は気づいたのだった。
--- その日の夕方 ---
「可愛くて、大好きな女の子」
簓は、自室のベッドで天井を見上げながら、そう呟いた。
琥珀と出会って数日共に過ごす時間が増えるたびに、琥珀のことが頭から離れなくなっていく。
(他の男には絶対取られたくない)
心に強く誓った簓は、告白することを決意した。
---半年後の春休み---
「なぁ、琥珀ちゃん。伝えたい事あるんやけど、ええか?」
公園のベンチで話していた簓が、真剣な顔で琥珀に声をかけた。
「ん?どうしたん、簓くん」
いつもより少し大人びた声に、琥珀はドキリとする。
(伝えるんや…ちゃんと)
緊張で声が震えそうになるのを必死に抑えながら、簓は琥珀の手をそっと握った。
「初めて出会ってから、ずっと……その、琥珀ちゃんのことが好きや僕と、その…付き合ってくれませんか?」
簓の精一杯の告白に、琥珀は少し驚いた顔をした後、ふっと笑った。そして、ぎゅっと簓の手を握り返す。
「うん、いいよ。私も、簓くんのこと、ずっと好きやった」
「えっ…ほんまに!?ほんまにええの!?」
簓の目は、まるでヒーローが夢を叶えたかのように輝いていた。
ーー付き合って半月後ーー
待ち合わせの公園で、簓の姿を探す琥珀。
「簓、どこにおるんやろう…」
キョロキョロと周りを見渡すと、遠くから弾んだ声が聞こえた。
「琥珀!ここや!」
琥珀を見つけた簓が、大きく手を振って駆け寄ってくる。
「あっはは、琥珀は相変わらずかわええな。まるでべっぴんさんや」
「もう、簓のばかぁ…///」
琥珀が照れて口元を隠した瞬間、簓は琥珀の唇にそっとキスをした。
「ん…//」
「それ以上は聞かへんで」
耳元で囁かれた言葉に、琥珀は顔をさらに赤くする。
「もう、知らん!はよ行こ!」
繋いだ手を引き、琥珀は走り出す。
「せやな、行こか」
二人の手は、春の優しい日差しの中で、しっかりと繋がれていた。