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桃源郷で、2人
長い廊下の先には、何があるんだろう。
いつかあの子とそう言って笑っていた気がする。と言いつつ、カラフルなステンドグラスが施された窓の白い家にその子は、いなかった。一体どうして、人生とはこうも難しいものだろうか。差し込む日の光は無常にも彼女の頭を熱く照らした。左半分しか当たっていないのだから、頭の片方だけが、燃えている。
白き波紋も、届かず。私は桃色の景色が見たい。桃源郷へ行きたい。これはあの子…ミレイユと語った夢の端っこ。
またミレイユと会えたら、もう一度あの夢を叶える為にトンネルを潜ろう。誰も知らない秘密の橋を渡り、私達は桃色の海を白いワンピースで駆け抜けるのだ。何度も思い描いてきた。
白い孤児院を出てからミレイユとは離れ離れになってしまった。都会に降りてからというもの、肩にぶつかる他人が、転んだ時の周りの目が、どうにも肌に合わない。やりにくい。私には丘の上の孤児院で子供たちと戯れる方が性に合うのだ…そう考えついてからは早かった。今は思い出の孤児院で働いている。
ミレイユの性格ならば、ここに居ればすぐに再会できると思っていたのに…何故だろう、私はどこか間違えてしまっただろうか?あれからもう十数年が経ち、そろそろミレイユの顔も、声も、忘れてしまいそうで、恐ろしさに身が震える。
ここで大人しくしていれば良かったのかもしれない。
青空のように浮いた気持ちで軽快なステップを踏みしだき、トンネルへと向かう。トンネル、というよりもそれは私とミレイユの間の秘密の合言葉のようなものだ。実際は孤児院の誰も入ったことのない扉だった。職員となった私でさえ。その扉には今まで見ていた景色とは違うものを感じた。心の中のあの扉はこんなにも黒く青かっただろうか?こんなにも寂れていて、まるでここには私しかいないみたいで、気味が悪い。単に年季が入っただけだろうか。それとも、この奥に桃源郷があるなど、所詮子供の夢物語に過ぎないと、半ば諦めていた故の視界なのだろうか。どちらにせよ、好奇心というものは単純なのだ。私はドアノブに手をかけた。
白、というのは染まりやすい。あの時の約束と同じく白いワンピースで来たというのに、扉の先には長い暗い廊下が続いていた。とにかく酷く暗くて、抜けた時には私は黒いワンピースに早変わりしてしまいそう、なんて。
実はミレイユと一度この扉を開けたことがある。その時初めて、この扉の先が廊下であることを知った。それから私たちはこの廊下の先の世界に夢を膨らませてきたのだ。
長い廊下の□□は、何がある□だろ□。
記憶が霞む。早いところ潜り抜けて、この夢を終わらせたい。そうは言っても長い長い廊下だ。ヒタヒタと裸足で踏みしだく廊下はどこかべとべとしてして、私の静かな息遣いさえ奥へ響き渡った。そもそも先などあるのだろうか?
□□廊下□□□は、何□□□んだろ□。
もう何分歩いたのかも分からないが、やがて廊下の先に光が見えてきた。それは桃色…に近い、虹色のような光を放っていて、暗い場所で歩いてきた私の目に差し込み少し痛む。まるで私の名前のよう。オーロラのようだ。
足がどんどん痛みを感じるようになって太ももが爆発しそうだ。光という明確なゴールが見えるのに辿り着けない。重い足取りが深淵のような深い床に吸い込まれ、音さえ私の耳に届かない。だんだん、どんどん、記憶が霞む。私が何者であったかさえ、ぼやけてきた。
□□□□□□□□、□□□□□□□□。
辿り着いた。そこが桃色かも、分からない。
長い廊下の先なんて、知らなくてよかった。
ただ一つ、白色のワンピースで中心に倒れ込むあの日の親友と。ディストピアで、2人。
お久しぶりでした ふと思い浮かんだため!