公開中
#11:嵐の前の静けさ
真っ白い光が眩しい。
柔らかな自然光、ではなく人工の光で目を覚ました私は右腕の腕時計を眺める。18:54分。それがなめらかに55に変わり、たった今、スマートフォンのタイマーが鳴った。仮眠は終わり、これより本格的な仕事に入る。
大きく伸びをして、意味がないかもしれないけれど腕を十字にクロスさせて軽くストレッチ。それから、腰の辺りを確かめた。確かな重さを持つ、革製のホルダー。一応、訓練はした。それでも、未だ不安が残っていた。弾丸を打ち尽くしたらそれっきりだけれど、護身用としてはちょうどいい小型銃。
今のうちに祈っておく。
どうか、どうか、こいつを使いませんように。
---
事前に各自で確認しておいたルート、事前に確認しておいた路地。指定された地点、ポジションでの結界管理。同行するのは私が所属する課のサポーターたち、なんとなく顔を知っているウォリアー十数人だ。かなりの大所帯だ。それに、黒いスーツの人間が複数人、それから目立たないようにはしているが武器を携えた人々がどやどやと乗り込む。コスプレ集団で済ましていいものではなかった。ありえないと分かっていても、部外者に見られていないか、少し不安になる。
……そろそろ、出発だ。もし対処できない危険なことがあったら、予想以上に戦況が悪化したら、ここに戻ってくる。情報を得て帰ってくるだけでも、次の機会に繋がるからだ。
上層階、小さな窓から漏れだす光に背を向けて、一歩、また一歩と街へと踏み出していく。
静かだ。恐ろしいくらいに静かだった。ここは店がちらほらと見られる、そう小さくはない通りなのに、人っこ1人いない。「結界」の効果は絶大だった。代わりに、私の頭がくらくらしてたまらないけれど。
ピピッ、と耳元で電子音が鳴る。
『こちら情報通信課です。指定ポイントCの入り口まで100m。』
風に吹かれ、私たちを拒むような仕草をする木々。ちこり、ちこりと不規則に点滅する街灯。昼間は住民の憩いの場となっているものの、今は全てが不気味でしょうがなかった。それでも、ここから逃げることはできない。向かうしかない。
『サポーターはポジションを守って、決してギルティに1人で立ち向かわないこと、ウォリアーの対処を待つこと。生命を最優先にして、任務に当たってください。治療が必要な場合は医療課へ、機器に異常がある場合やギルト結晶などの資材がない場合は物資課へ、特異個体が見られた場合はすぐに情報通信課へ、通信終了。』
私が兎に襲われた時はきちんとした任務ではなかったので、こういった機器は持ち合わせていなかった。しかし現在は、本部と繋がっているので、いざとなったら救援を呼べる。
あまりやりたくはないが、最後に情報を残すことだってもちろんできる。支援は手厚い。
だからきっと大丈夫。大変なことにはならず、特に長引きもせず、仕事に関係ないくだらない話でもしながら帰れるはずだ。何も起こらないし、起こり得ないはず。
はずなのに、安心しきれないのはなぜなのだろう。びりびりと私の脳に静電気が走り続けているような、喉の奥に異物がつかえて出てこないような、どうにもできない痺れはいったい何なのだろう。
落ち着かないまま、私は公園の入り口、硬いアスファルトに立って、彼らを見送った。
「無理はするなよ!」
外に残るのは、まだ経験が浅い私のような局員だ。内側へと進むサポーターが、
「ありがとうございます!」
内側での戦闘サポート、および一般人を発見した場合の救助を担当するサポーターがだんだん見えなくなる。本格的に建物の明かりが届かない、暗い暗い森の中へと、足を踏み入れた。
さて、私も自分に割り当てられた仕事をこなさなくては。何度目かになる、1人きりでの起動。結晶ホルダーから適当な塊を掴んで、装置の蓋を開いてそれを放り込んだ。
金色の光が辺りを満たしていく。少し遠いところでも、ぼんやりと紅の光が蝋燭の炎のように揺らいでいた。
……やっぱり、静かだ。サポーターとの距離はある程度離れている。たまに外側のサポーターに異常はないか、ウォリアーが見回りにやってくるけれど、一言も言葉を交わすことはない。知り合いでもないので、話しかけることも憚られた。
じゅわっ、と物が燃えるような、焦げるような音がした。黄色の光が、か細く漏れ出す程度になっている。またホルダーから、ひとかけらつまんでセットした。黄色と紫色が混じって、完全な紫の光へと変貌する。
前より消費ペースが速い。兎をはじめとするギルティをより活性化させる。もしかするといるかもしれない、兎に関連する個体をおびき寄せるために。普段、人払いをする程度の濃度よりも高めているらしい。
果たして、兎関連の発見をするか単なる掃除が終わるまで持つだろうか。ホルダーを軽く振ってみれば、からからと乾いた音がする。まだ十分に中身はあるようだ。少し音が鈍いので、普段よりも多く持たせてもらっているのかもしれない。
光が弱まる。欠片を入れる。それの繰り返しだ。たまに兎(もちろん金色だ)が顔を出すことはあれど、すぐに槍やら刀やらハルバードやら、すぐに物騒なものに切り捨てられていくので、私に危害が及ぶことはなかった。
私には。
滑らかに、救急車がやってくる。サイレンの鳴らない救急車は、私たち特別保安局の救護にしか使われない。担架に誰かが乗せられたことは、遠目でも分かった。
誰かが、傷つけられた証拠だった。
プチ解説コーナー
現在登場しているサポーターさんの部署について
情報通信課→ギルティに関する情報を整理したり、一般人にギルティの存在を知られないように影で頑張っている。事務仕事はここ。作戦の際にオペレーターとして参加することが多い。たまに上層部から情報の揉み消しを命令される。
物資課→回収したギルト結晶の管理・流通を任されている。普通に戦線に出ることもあるが、クリエイターと一緒に後方に待機することも多い。元々はクリエイターに組み込まれていた。
(ちょうどいい名前が思いつかない)課
一番多い。亜里沙がいるのはここ。
「外回り」をよくする。一番危険な仕事であり、他の課に移る人も人生ごとやめる人も多いので入れ替わりが最も激しい。その分、揉みに揉まれて経験豊富なベテランが生まれる。
名前どうしよう……。
医局→附属病院で諸々の仕事をする。仕事の内容が離れすぎているので、他のサポーターとの繋がりは薄い。
部より課の方が語呂が良さそうだったのでこうしました。