公開中
「県大会へ向けて」
負けた。
そんな言葉だけが、漣の頭を支配していく。
勝てるはずだったのに。
予選では、勝てたのに。
決勝の壁は重く、ずっしりと。
東里の前へ立ち塞がった。
表だけ見れば、準優勝——
県大会、出場。
輝かしい功績なのに。
先輩たちは…1年生たちは…
誰1人として、喜ぼうとしなかった。
あと1歩だったのに。
最終スコアは4-3。
勝てたはずなのに。
何をすればよかったんだろう。
俺の応援が足りなかった?
先輩の実力不足?
何もかも、考えたくない。
「おい!明日部活なんだから準備しろ!!」
階下からの母親の鋭い声で、漣はハッと我に返った。
部屋の明かりを消した暗闇の中、ベッドの上でぐしゃぐしゃに握りしめていた数取り器が、手のひらに冷たくめり込んでいる。
そうだ。明日も、部活はあるんだ。負けて、すべてが終わったような絶望の中にいるのに、夜が明ければまたあのコートへ向かわなければならない。
喜べない準優勝の賞状を抱えたまま、東里中学校ソフトテニス部の新チームは、否応なしに始まろうとしていた。◇翌日。うだるような初夏の太陽が、容赦なくテニスコートを焦がしていた。
「おい、新チーム! いつまで死んだ魚の目をしてんだ!」
コートに響き渡ったのは、引退を間近に控えた三年のキャプテンの声だった。県大会を控えているとはいえ、中総体決勝で奄美西に4-3の大接戦の末に敗れた傷跡は、三年生にも、そしてベンチで声を枯らしていた漣たち一年生にも、深く刻まれたままだ。
「三年はまだ県大会が残ってる。だが、お前ら一、二年生にとっては、もう秋の『新人戦』に向けたカウントダウンが始まってんだよ。二年の先輩と一年、交ざってペア組め。三年の俺たちがガチで球出ししてやる」
促されるようにしてコートに入った漣の前に、新チームでペアを組むことになった二年生の先輩が立った。
「漣、行くぞ。球、しっかり見てろよ」
先輩の声に、漣は「はい」と短く答え、ラケットを構える。
パァン!と、乾いた空気を爆破するような高音が響く。
三年のエース後衛が放った、手加減なしのシュートボールだ。
——速い!
野球のセンターだった漣の目は、打球の音と角度から、瞬時にその放物線を見抜く。
一歩目の踏み出しは完璧だった。しかし、軟式テニスのゴムボールは生き物のように変化する。太平洋からの海風に煽られ、バウンドした瞬間にグンと手元で伸びてきた。
「くっ……!」
合わせにいこうとしたラケットのフレームをボールが激しく叩き、漣の手首が大きくブレる。打球はコントロールを失い、大きくネットを越えてコートの外へと消えていった。
「どんまい漣! だけど今の一歩目は悪くねえ!」
ペアの二年生が声をかけてくれるが、漣は自分の手のひらに残る重い衝撃に唇を噛んだ。
昨日、決勝の3番手戦で、奄美西の精密機械のような前衛にボレーを叩き込まれたあの光景が脳裏をよぎる。
「甘いぞ新チーム!」
三年の先輩が容赦なく次の球を打ち込んでくる。
「今の球の威力、コースのえげつなさ、これが『奄美西』の基準だ。あいつらの新チームは、もうこのレベルのテニスをしてくる。今のままじゃ、新人戦で当たっても一ゲームも取れずにフルボッコにされるぞ!」
フルボッコ。その言葉が、漣の胸に冷たく突き刺さる。
でも、胸の中の黒い悔しさを振り払うように、目の前の先輩たちの打球を一本でも多く盗み取ろうと、泥臭く足を動かし続けるしかなかった。