公開中
まだ、何も見ていない。1
結羽さんのリクエストです。ありがとうございます!
オールインワンを着て,深呼吸をしながら扉の前に立つ。でも足が動かない。十秒くらい扉の前で立った後,どさりとベッドに倒れた。
一度休んでからというもの,学校棟に行けなくなってしまった。あの子,ずっと来なかったよね-そうやって悪口を言われると思うと怖くて仕方ない。
何十秒,ベッドにいたのだろう。スマホの着信音で私はむくりと起き上がった。
『スイさん,至急職員室に来てください』
送信元は担任の先生だった。休みすぎだと叱られるのか,それとも「みんな待ってるよ」などと嘘で固めた言葉を言われるのか。どちらにしても気が向かない。学校棟にだって行きたくない。でも,それ以外の選択肢はないから,仕方なくドアノブに手を伸ばした。
つい3ヶ月前は,毎日平気で歩いていた廊下。今は一歩進むごとに足が震える。生徒に会ったらどうしようとそればかり考えていた。
「ああ,ソラさん。おはよう」
職員室に着くと,先生が振りかえりながら挨拶をしてくれた。
「おはようございます。それで,どうしたんですか?」
なるべく明るい声を出そうとするけれど,自分でもか細いのがよくわかった。
「あのね…単刀直入に言うけど,人間界の修行に行ってみない?」
「へ?」
思ってもみないことを言われて,答える言葉がなくなった。人間界って,人間が居る場所のことでしょう?何で魔法使いの私が?
「今,魔法界でも人間界で修行する人は結構いるの。留学みたいな感じ。勿論,ソラさんが行くかどうかは決めていいのよ。ただね,ソラさんはこの学校に居づらいみたいだから,人間界に行って,周りとの関係を変えたり色々学んだり出来ると思って」
先生の物言いに違和感を感じる。きっと私を遠ざけてクラスの揉め事を減らしたいだけだろう。でも,私にも人間界に行ってみたい気持ちはある。
「じゃあ…行きます」
「あら,そんなにあっさり決めちゃうのね。わかった」
先生は微笑んで書類を手渡してきた。
「はいこれ,手続きの紙。親御さんの許可は取ってあるわよ。ここにサインをして,また私にくれればいいわ」
私は書類を受け取った。初夏の風が,窓から吹き込んでくる。
---
「え,ここ?」
先生に貰った地図を見ながら歩いてきたけれど,この辺りは森しかない。私は家を貸してもらうはず…。うろうろしている私に,ひとりの女性が声をかけてくれた。
「もしかして,新しい住人の方ですか?スイさんですよね。魔法学校さんから聞いてますよ。私は家を貸しているホノという者です。こっちに来てください」
ホノさんはずんずん進んでいく。木をかき分け,草むらを歩いた先に小さな集落のようなものが見えた。
「さあ,ここです。ソラさんの家番号は206です。入りましょう」
私の家は集落の奥にあった。扉の後ろから家の中を覗く。
「わああ!」
薄く光が透けるカーテン,アップルグリーンのベッド,木目が綺麗な時計。全てがやわらかくまとまっている部屋に私は見惚れてしまった。
「どうですか?ここ,造ったばかりなんですよ。素敵でしょう」
「ええ,とっても!」
「今から家のつくりを説明しますね。まずここが居間。キッチンがあります」
居間の階段をのぼると小さい部屋が幾つかあった。
「ここは自由に使ってください。これで説明は終わりです。何か質問はありますか?」
「いいえ,特にありません」
「じゃあ私は戻ります。今日はこの家に慣れてみてくださいね」
「はい。ありがとうございました」
ホノさんが玄関の扉を閉める音が聞こえる。これでこの家は私ひとり!
「うーん,今日は買い出しに行こうっと。その後はのんびりしよー!」
久しぶりに,弾んだ大きな声が出せた。
長くなると思います。これからよろしくお願いします。